第8話 幼馴染に対する想い①
とある平日の朝。
「ふぁ……」
あくび混じりに自宅を出る。
これまでの傾向……というか一〇〇%の実績として、平日は放課後に至るまで六華が突撃してくることはない。
六華といる時間が息苦しいとかそういうわけじゃ決してないけど、まぁ好きな子と一緒にいるとなんだかんだでそれなりに緊張するのは事実。
登校から下校までは、比較的気楽に過ごせる時間帯だ。
「おはようございます、テルくんっ!」
「ふぁっ!?」
と、完全に油断していたところに玄関開けたらすぐ六華状態でめっちゃビックリした。
「えっ、六華、なんで……?」
思わず尋ねてしまう。
「はいっ! もちろん六華ちゃんのラブをデリバリーしに参りましたっ!」
「意味がわからん」
そして、思わず素で返してしまった。
六華の言ってることがよくわからんのは、今に始まったことでもないけど。
「今日はおばさま、朝からお出かけしててお弁当作れてないんですよね?」
「うん、まぁそうだけど……」
我が家のスケジュール、駄々漏れすぎては……?
本人が漏らしてるんだろうけどさ。
「それだとテルくん、お昼にお腹をすかせちゃいますよねっ?」
「いや別に、購買か食堂に行けば……」
「お腹をすかせちゃいますよねっ?」
肯定以外の答えを拒絶する圧が凄いな?
「んふふぅ、というわけでぇ」
六華は、ニンマリと笑って自分の鞄に手を入れる。
「私が持ってきたもの、なんだと思います?」
うん、まぁ、ここまでの流れで流石に俺も察した。
「ヒント! 『お』で始まって『う』で終わるものです!」
「……お母さんの愛情?」
だけどなんとなくちょっと意地悪してみたくなって、あえてズレた答えを返す。
「んんっ、惜しい! ですが、かなり近いですよっ!」
「つまり、お父さんの愛情か」
「残念、遠ざかりましたっ!」
「わかった、お姉ちゃんの愛情だ」
「……実質無限ループに持ち込めるその構造、ズルくないです?」
ジト目を向けてくる六華。
「というか、もう完全にわかっててわざと言ってますよね? はぁっまったく、あの誰にでも優しかった純真なテルくんはどこに言ったというのか……」
「いねぇよ、そんな奴は」
ついつい、そんな言葉が口を衝いて出た。
だけど、事実ではある。
誰にでも優しい純真なテルくんなんて、存在しない。
「……あっ」
六華が、『しまった』とでも言いたげに口を開いた。
……?
なんで、六華がそんな苦しそうな表情になるんだ?
「今の、無しでっ!」
明らかに取り繕った笑顔で、六華は手で大きなバッテンを形作る。
「それより、正解はこちからです!」
それから、どこか焦るかのように再び鞄に手を突っ込んで『それ』を取り出した。
謎のゆるキャラが描かれた包み。
「『お弁当』、でした!」
まぁ、知ってた。
「ん……サンキューな、六華」
何にせよ、俺のために作ってくれたのは普通に嬉しい。
「いえいえっ! これも私の女子力アピールの一環ですのでっ!」
礼を伝えると、今度こそ六華も含みのない笑みを浮かべてくれた。
「けど、なんで玄関の前にいたんだ……? 普通に呼び鈴鳴らしゃよかったろ?」
「あーいえ、ちょうど着いたところでしたので」
「そうなのか……?」
そんな感じにも見えなかったけど……つーか、仮にそうだとしてもなんで玄関前に直なんだよ。
呼び鈴、門扉のところだぞ……?
と、ツッコミを入れようとしたところ。
「それじゃ、私はこれで!」
「えっ……?」
シュタッと手を上げて六華が踵を返したので、驚きの声が出る。
「一緒に行かないのか……?」
てっきり、そうするためにわざわざ家にまで来たのかと思ってたんだけど。
「実は私、本日は日直に任命されておりまして! これからダッシュで学校に行って、黒板を消したり日誌を書いたり黒板消しを綺麗にしたり花瓶の水を替えたり黒板に日付や日直の名前を書いたりしないといけないのです! あと黒板の溝の掃除も!」
「黒板関係多いな……」
つーかそれ、ダッシュで行ってまでやらないといけないことか……?
「そういうことですので!」
なんて考えている間に、六華は駆け出してしまった。
「あっ……」
なんとなく、追いかけるのも戸惑われる。
「まだ、急ぐような時間でもないよな……?」
念のため腕時計を確認すると、やっぱり始業まではかなり余裕のある時間だった。
「……姉ちゃんと顔を合わせたくなかったから、とか?」
考えられる可能性を口にしてみる。
こないだウチに来た時との違いといえば、姉ちゃんが家の中にいることくらいだ。
「おい、弟。無駄に図体デカくなったんだから、そんなとこにボーッと突っ立ってんじゃないよ。通行の邪魔でしょうが」
「いでっ!?」
折しもと言うべきか、姉の声と共に尻に衝撃を受けて半歩程によろめく。
どうやら後ろから蹴られたらしい。
「おま、口で言うだけで事足りるだろ……」
「ちゃんと靴履く前に蹴ってやったんだから、感謝しろよ?」
振り返ると、姉ちゃんは片足立ちになって靴下姿の足をプラプラさせていた。
確かに靴で蹴られるよりはマシだけど、感謝する謂れはねぇよ。
「……姉ちゃんってさ、もしかして六華に嫌われてたりする?」
「はぁん!?」
とはいえ姉ちゃん相手にいちいち抗議しても時間の無駄なので、代わりに疑問を投げるとものっそい顔をしかめられた。
「お前なぁ、そういうことは仮に思ってても本人に言うなよ! そういうとこがお前、ホント昔っからアレだよなぁ!」
「あいててっ!? す、すまん……!」
今度は靴を履いた状態で蹴られたけど、確かに正論ではあるので謝っておく。
「えっ、ていうかそれ、六華ちゃんが私のこと嫌いみたいなこと言ったわけ? だとすれば普通にショックなんだけど?」
「いや、そういうわけじゃなんだけど……」
「なんだよ脅かすなよ!」
「痛ぇ! とりあえず蹴るのをやめろ!」
「お前が悪いんでしょうが!」
「それは認めるところだけどその上でだよ!」
「つーか、さっさとどけっての! アタシは暇なお前と違ってこれから登校して学業に励むっつー重労働が待ってんだよ!」
「俺だって同じだわ!」
なんてギャーギャー騒ぎながら、結局その朝は姉ちゃんと登校することになった。
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