第26話 幼馴染と入部初日

 六華と話した翌日。


「東中出身、天野輝彦です! 中学でのポジションは、センターでした!」


 体育館にて、バスケ部の皆さんを前に俺は自己紹介していた。


 そして、その隣では。


「月本六華です。マネージャ経験はありませんが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」


 六華が、丁寧に頭を下げる。


 つまり、昨日六華が言ってたのはこういうことだったわけである。


 六華は、男バスのマネージャとして入部する。

 これで、峰岸と同じフィールで勝負することになるのです……とは六華の言だけど、本当にそうなんだろうか……?


「それじゃ、天野はアップした後に基礎練に混じってくれ。月本さんは、先輩マネから仕事教わってね」


『はいっ』


 顧問の先生からの言葉に、俺と六華は声を合わせた。


 いずれにせよ、入部したからには全力で打ち込もう。


「おいっす、久々だな天野ー」


「小林先輩……! ご無沙汰してます!」


 密かに闘志を燃やす俺の肩に腕を回してくる大柄な先輩は、同じ中学出身で俺の一つ上の代のキャプテンだった人だ。


「遅かったじゃねーかよ、待ちわびたぜー?」


「あっ、はいすみません。ちょっと、諸事情ありまして……」


 とはいえ、『諸事情』の部分は絶妙に説明しづらいな……そのまま言うと、『女の子と遊ぶのに忙しくて入部出来ませんでした』って感じになるわけだし……。


「ははっ、いいっていいって。ちゃんと聞いてる」


「えっ……?」


 聞いてるって……まさか、六華のことを……?


「入学早々に捻挫とは、災難だったな。まー新入生としちゃ入部すれば無理してでも張り切っちゃう部分もあるだろうし、治るまで入部を待ったのは懸命な判断だったと思うぜ」


 んんっ……?


 何やら誤情報が出回ってるようだけど、心当たりがあるとすれば……。


「にひっ」


 視線を向けると、鈴木がニヤッと笑った。

 やっぱ出所はお前か。


 入部の遅れた俺が悪印象を持たれないよう、言い訳を用意しといてくれたんだな……ありがたい気遣いだ。


「ぴゅ~♪」


 小さく手で謝意を伝えると、鈴木はわざとらしく口笛を吹いて関係ないアピール。


 まったく、気遣いの男って感じだな。


「天野、ついに来たかー」


「俺のこと、覚えてる? 中学最後にマッチアップしたんだけど」


「期待の新人だって聞いてるぜー、ルーキーくん」


 そうこうしているうちに、他の部員さんたちも集まってきた。

 全体的に好意的な雰囲気なのも、鈴木のおかげだろう。


 和やかな雰囲気で、しばらくアップしながらの雑談を交わしていたところ。


「ところでさー」


 先輩の一人が、何気ない調子で話を切り出してきた。


「天野って、月本さんとどういう関係なの?」


 その瞬間、場の緊張感が少し張り詰めた……ような、気がする。


「あっ、やっぱお前も気になる?」


「なんか、初対面って感じじゃなかったもんな?」


「それどころか、交わし合う視線には積み重なった絆が感じられたぜー?」


 やけに鋭いな……その観察眼、バスケプレイヤーとしても優秀なんだろう。


「えーと……中学は別だったんですけど、小学校が同じで」


「なるほど、幼馴染ってわけか」


「かーらーのー?」


「それだけじゃなくなーい? なんか、ただならぬ関係っぽくなくなくなーい?」


 マジで、ほとんど一目見ただけなのに鋭いな……あるいは、単なる野次馬根性でからかってるだけなのか……どっちにせよ、絶妙に答えづらいな。


 何しろ、ここはバスケ部。


「まさかのー? 『王子』に、ライバル登場ですかー?」


「まだ付き合ってないって聞いて不思議に思ってたけど……そういうことなーん?」


「つーか、『王子』のライバルたり得る女性が存在するとはな……」


「少なくともルックス勝負は互角? もはや好みの問題だよね」


 『王子』のお膝元である。


 例の告白の件は、当然伝わっているだろう。


「で、天野よ」


 ニヤニヤ笑いながら、小林先輩が俺の肩に回した腕の力を強める。


「実際のとこ、どっちが本命なんだ?」


 その質問に、全員の視線が俺へと集中した。


「それは……」


 この際だ。


 俺の立場はしっかりと表明しておくべきだろう。


「りっ……」


「おい馬鹿やめろ!」


 六華、と答えようとしたところ、なぜかやけに焦った表情の鈴木に口を抑えられた。


「小林先輩、ちょーっと天野お借りしますねー」


「んぁ? お、おぅ……」


 突然のことにキョトンとしている小林先輩から奪い去るような形で、鈴木は俺の肩に腕を回して皆に背を向ける。


「天野、あんま迂闊なこと言うもんじゃねーぞ?」


 そして、ヒソヒソと小声でそんなことを言ってきた。


「峰岸ファンクラブ『おめでとう王子! その恋、絶対成就させてね!』派に聞かれたらどうするんだ」


「何その初耳すぎる派閥……」


「当初優勢だった『王子は恋なんてしないよ!』派を瞬く間に吸収して今や最大となった派閥だ」


「どんな争いが行われてんの……?」


「何しろ、当人を見たら完全に恋する乙女しちゃってるからな……それを認めた上で今までとのギャップを楽しみつつ、王子の幸せを願おうって方針が主流になってるんだよ。そこをお前、実は月本さんが本命だって話が広まったらどんな過激派が生まれるかわかったもんじゃねぇぞ?」


「……なるほどな」


 鈴木の話は、普通に考えれば失笑モノの妄想である。


 だが……あぁ、認めよう。

 確かに、俺が迂闊だった。


 峰岸なら・・・・あり得る・・・・


 とはいえ……。


「それはまぁいいんだけど、お前なんでそんな詳しいの……?」


 鈴木に向ける目には、胡乱な色が混じらざるをえない。


「ふっ……何を隠そう、『おめでとう王子! その恋、絶対成就させてね!』派として暗躍して『王子は恋なんてしないよ!』派の皆さんを密かに説得して回ったのはこの俺だからな」


「お前なのかよ……」


 つーか、何してんの?


「ま、そんなわけでこの件については基本的に曖昧に誤魔化しとけ。さながら、ヒロイン間でフラフラ彷徨うハーレム漫画の優柔不断主人公のように」


「それ、俺の好感度的なやつ本当に大丈夫……?」


「それと、最後に一つ」


 俺の肩から腕を離し、鈴木はニッと笑った。


「そんなわけで俺は王子派なんで、一つよろしく」


 そう言って、鈴木は去っていた。


 ……何がよろしくなのか。


 つーか……俺らの周辺、なんか知らないうちに妙なことになってない?

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