第28話 幼馴染と次の約束

氷高ひょうこうー! ファイ!」


『オー!』


「ファイ!」


『オー!』


「ファイ!」


『オー!』


「ほい、ラスト一周いくぞー!」


『オーイ!!』


 そんな風に、掛け声を上げながらランニングする男子バスケ部の皆さんを横目に見ながら。


「そろそろランニング終わるよ、ドリンクの準備はっ?」


「出来てまーす!」


「ねぇっ、テープ足りないんだけどー。買い置きってどこ置いてあったっけー?」


「こないだ棚の上で見かけた気がするけど、それじゃない?」


「すみません、データ打ち込み間に合いそうにないんでどなたか手伝いお願いできませんか!?」


「なんかパンツ落ちてたんだけど、これ誰のかわかる人いるー?」


 私たちマネージャもまた、そんな声を掛け合いながらバタバタと仕事に励んでいた。


「一年、体育館の準備行ってくれるっ?」


『はいっ』


 先輩マネさんの指示に従って、私を含む一年一同が体育館へと駆け足で向かう。


 モップ掛け、タイマーや点数板の準備、救急箱や各種道具の準備、等々。


 私たちも忙しく動いてるけど、もちろんそれ以上に動いているのは選手たち。

 ランニングから戻ってもダッシュとかフットワークとかフォーメーション確認とか、見てるだけでしんどそう。


 それらが終わった後、今日は紅白戦もある日だった。


 今回、私は点数板のところにもう一人──田中さんっていう、私と同じ一年生のマネージャさん──と控えて各種サポートに回っている。


「わぁっ……」


 隣から小さな歓声が聞こえてきたので田中さんの視線の先へと目を向けると、峰岸さんが先輩たちのディフェンスを掻い潜って見事なシュートを決めたところだった。


 男バス女バスの練習は、基本的に別々。

 ただ、今は両方が紅白戦のタイミングみたい。


 今回に限らず、峰岸さんの華麗なプレーは人の注目を集めがちだった。


 だけど、私の視線がついつい吸い寄せられるのは別の場所。


「おい天野ぉ! ポジション取り甘すぎんぞぉ!」


「っ……はい、すんません!」


「そっちにばっか意識割いてんなよ! 視野を広く!」


「は、はいっ!」


「リバウンドぉ!」


「うぉっ……!?」


 男バスコートの一部で、先輩たちに揉まれるテルくんのところだった。


 華麗さとは程遠いかもしれないけれど、私にとってはそんな姿も輝いているように見えてしまう。


 私がバスケ部にマネージャとして入部したのは、同じ場所で峰岸さんと対等に競うため。

 それは、嘘のない本当の気持ちだけれど。


 こうして、部活中のテルくんを間近で見られるから……っていう動機が全く含まれていなかったのかと問われれば、答えに窮するところかもしれない。



   ♥   ♥   ♥



「テルくん、今日もお疲れ様でしたーっ」


「あぁ……試合形式は基礎練よりは楽……そんな風に考えていた時期が俺にもあったよな……」


 その日の部活帰り、げっそりした様子のテルくんを労っていると。


「今日はテスト前ラストの練習ってことで、いつもより強度高かったよねー」


 そんな風に、峰岸さんが会話に混ざってくる。


 最近はそんなことも珍しくはないっていか、むしろ当たり前の光景になりつつあった。


「でさ、明日から部活休みでしょ?」


「……テスト前における部活の休止期間は、テストへの準備のために設けられているわけだが」


 何かを察したらしいテルくんが、どこか警戒した様子で峰岸さんに対応する。


「天野って普段から予習復習を欠かしてないし、テスト前だからってそこまで勉強量は増やさないでしょ?」


「まぁ……」


 むむぅ、またしてもなんか通じ合ってる感……。


「月本さんも、入試の成績良かったみたいだし。普段から授業ちゃんと聞いてるから、テスト前だからって焦ったりはしないんじゃない?」


「え? あ、うん、まぁそう……かな?」


 こっちに話を振られるとは思ってなくて、ちょっと挙動不審気味な返事になっちゃった。


「それじゃ、せっかくだしさ」


 いかにも良いことを思いついてます、って表情で峰岸さんはポンと手を打つ。


「明日、デートに行かない?」


 で、デートのお誘い……!

 しかも、この私の目の前で!?


 これは、まさかの二度目の宣戦布告!?


「峰岸、悪いけど……」


「おっと、勘違いしないでよ?」


 私の方をチラッと見て気まずげな表情になったテルくんに対して、峰岸さんは手の平を突き出す。


「これは、三人での・・・デートの提案だよ」


 その言葉に、思わず私とテルくんは顔を見合わせてしまった。


「単刀直入に聞くが……どういう意図だ?」


 私が抱いたのと全く同じ疑問を、テルくんが尋ねる。


「ははっ、やだなぁ勘ぐらないでよ。私は腹芸の出来るタイプじゃないって、知ってるでしょ?」


「それはまぁ……」


「純粋に、二人との親交を深めたいと思っているだけだよ」


 と、ウインク一つ。


「勘違いしてほしくないんだけど……私は別に、月本さんと敵対したいわけじゃないんだよね」


 そのあまりに真っ直ぐな瞳で見つめられると、生来の人見知りが復活して思わず目を逸らしそうになっちゃう。


「前にも言った通り、私は欲張りな女だからね。月本さんとも、引き続き仲良くしたいと思ってるんだ」


 私だって、峰岸さんとは仲良くしたいと思ってる。

 ……テルくんとのことを、置いておけば。


「いずれ訪れる、エックスデーまでは……ね」


 とはいえ、正直に言うと私はそこまで割り切れない。


 でもきっと、峰岸さんは違うんだと思う。

 本気で、私との仲も望んでくれている。


 だから。


「うん、いいよ。明日、三人でお出かけしよう」


 そう口にしたのは、反骨心から来たものに近かったのかもしれない。


「ありがとう! じゃあ、待ち合わせ場所はねぇ……」


 裏表もなく、素直に喜びを表現する峰岸さん。


 今の私には、それを真似することは出来ない。


 ……いや、真似する必要もないのかな。


 それは間違いなく峰岸さんの美徳ではあるけれど、当たり前なことに私と峰岸さんは別の人間で。

 必ずしも、同じ部分で競わなきゃいけないわけじゃない。


 だけど、正面から勝負を挑んだのは私の方だから。

 弱さを乗り越える時間を望んだのは、他ならない私自身だから。


 これは、良い機会だと捉えよう。


 三人での、デートで……峰岸さんに負けないくらい、テルくんにアプローチするんだから!

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