第3話 幼馴染が部屋にいる
六華との思わぬ再会を果たしてから、数十分後。
「おーっ! 懐かしいですねぇ、テルくんのお部屋っ!」
六華は、俺の部屋の中を物珍しげに見回していた。
──こんなところで立ち話もなんですし、テルくんの部屋に場所を移しませんかっ?
再会の挨拶を交わしあった後、六華からそう提案してきたためだ。
昔だったら自分からそんな主張絶対してこなかったはずなのに、ホント変わったよなぁ……。
「懐かしいって、この部屋に入るのは初めてだろ」
密かな感慨のようなものを胸に抱きつつ、そう答える。
「まーそうなんですけど、部屋の雰囲気というか? そういうのは変わってないなーと」
「そう……か?」
言葉通り懐かしげな六華と共に、自分の部屋を改めて眺めてみた。
家具なんかの多くのは前の家から持ってきたものだし、確かにそう変わってないのかもしれない。
「さーて、それでは早速!」
六華は、そんな声と共にトトトッと軽快に部屋の奥へと踏み入っていく。
「六華ちゃんチェーック!」
そして、ベッドの下を覗き込んだ。
「……何やってんだ?」
なんとなく察しつつも尋ねる。
「いやー、一応お約束かなーと思いまして。エロ的な本は、特にないみたいですね」
「今どき、そんな典型的なとこに隠す奴がいるかよ……」
「ほほぅ……? ということは、所持していることは認めると……?」
ニマッと笑いながら尋ねてくる六華。
ここで慌てて否定でもすれば、それこそこいつの思う壺だろう。
「……まぁ俺らくらいの歳なら、ない方が不健康だろ」
ゆえに、俺もフッと笑いながら肩をすくめみせた。
にしても、ちょっとでもエッチなものを見ようものなら顔を真っ赤にしていたあの純情な六華ちゃんはどこに消え去ってしまったんだ……。
「小学生の頃にはどこ探してもなかったのに、テルくんも大人になったんですねー」
「……小学生の頃にも探してたのか?」
「……あっ」
俺の指摘に、六華は「しまった」とばかりに口を開く。
「ぐむむ、テルくんの巧妙な誘導尋問に引っかかってしまいました……!」
「ビックリするほどそっちから飛び込んできたんだけどな」
「まぁ、アレですよねっ! 女の子の方が、大人になるのは早いっていいますしっ?」
六華はウインクと共にそう言うが、だからなんだと言うのだろうか。
こいつ、さっきの口ぶりからして結構あちこち探してたっぽいよな……純情な六華ちゃんなんて、そもそもが幻像だったってのか……?
「………………」
「………………」
その後、どちからともなく黙り込んだためになんとなく気まずい空気が流れる。
いや、久々に再会した幼馴染とエロ本の話の次に話すことって何だよ……。
「……えっ、なんですかこの空気?」
「一から十までお前のせいだよ」
白々しく目をパチクリさせる六華にツッコミを入れる。
「まぁ、テルくんがエロいという話はともかくとして」
「概ねお前がエロいという話でしかなかったけどな」
俺の返しをスルーして、六華はベッドに腰掛けた。
意識してのことなのか無意識なのかかはわからないけど、かつて六華の定位置だった場所だ。
当時であれば、その隣が俺の定位置だったんだが……流石にそこを選択するわけにもいかないだろうと、俺は勉強机とセットの椅子へと腰を下ろす。
「確か今日、おばさまは夕方までお出掛けされてるんですよね?」
「そういや母さんもそんなこと言ってた気がするけど……なんで六華が知ってるんだ……?」
「おばさまとは、引っ越し後もずっと連絡取り合ってますので」
「えっ、そうなの?」
初耳だ。
「テルくんの近況も、随時教えてもらってましたし」
「そうなの!?」
初耳すぎるんだが!?
「あっはー! でないと、ピンポイントでテルくんと同じ高校を受験なんて出来るわけじゃないですかー! もしかして、運命がもたらした偶然だとか思っちゃってました? いやぁ、すみませんねぇピュアボーイの夢を壊してしまいまして!」
言われてみれば、確かに。
しかし、母さんが六華とずっと繋がってたとは……そんな素振り全く見せなかった辺り、ウチの親もなかなかの役者だな……。
「まぁそれはそうと、
俺の内心を知ってか知らずか、六華はフラットな表情で問いを重ねる。
ちなみに陽向ってのは、俺の一つ上の姉の名だ。
「あぁ、みたいだな」
「ふぅん?」
意味ありげに呟いて、六華はペロリと唇を舐める。
妙に艶めかしく見えるその仕草に、ドキリと心音が高鳴るのを自覚した。
「つまり今、この家に二人きりということですか」
そして、続く言葉に更に心音が高鳴っていく。
六華が、ウチに来る。
かつては当たり前だったその状況に、ついつい昔の感覚で深く考えず了承してしまったけど……俺も六華も、もう小学生ではない。
「おろ?」
緊張する俺をよそに、六華の視線がふいに外れた。
「バスケのボールですか? テルくんの部屋で見るのは初めてですねー」
立ち上がって部屋の端に転がっていたボールを手に取り、物珍しげに眺める。
「随分と使い込まれているようですが……?」
再び俺へと向けられる視線は、問いかけの意だろう。
「俺、中学はバスケ部だったんだよ」
「へぇ、そうなんですか?」
六華の表情は、意外さに満ちたもの。
まぁ三年前の俺はバスケ部とは縁遠い存在だったし、そんなリアクションにもなろうってもんだろう。
というか、だからこそ俺はバスケ部に入部したんだ。
今までの自分と決別するために……減量と、あわよくば身長が伸びてくれればって願望があったのも否定は出来ないけど。
不純な動機ではあっても、どうにかこうにか三年間続けられた自分のことは褒めてやりたいと思っている。
「これでも、三年の時はレギュラーでキャプテンだったんだぜ?」
少しくらい自慢しても、バチは当たらないだろう。
「へぇ! 凄い凄い!」
六華は、こちらの期待通り……いや、期待以上のリアクションを取ってくれる。
パチパチと手を叩きながら微笑む様は、まるで我が事のように喜んでくれているように見えた。
「テルくん、頑張ったんですねぇ」
その微笑みを見ているうちに……ふいに、泣きそうになってしまう。
俺が変わりたいと思ったのは、徹頭徹尾俺のエゴだ。
それでも……六華に、胸を張れるような自分になりたいと願ったのが根底で。
まさか本当に六華に今の俺を見てもらえる日が訪れるなんて、思ってもみなかった。
俺は、なれているんだろうか?
六華に、胸を張れるような自分に。
「じゃあじゃあ、テルくんは高校でもバスケ部なんですねっ」
「ん……どうだろうな」
なんとなく今は六華と視線と合わせるのが照れ臭くて、顔ごと視線を外す。
「まだ、迷ってる」
バスケのことを、中学の三年間で好きにはなった。
とはいえ、練習がゲロ吐くほどにキツかったのも事実である。
比喩じゃなくて、何度も吐いたし。
当初の目的を一応達成したと見做して良いだろうことを考えると、二の足を踏んでしまう。
「えー? もったいなーい」
バスケットボールを床に置いた六華がズズイッと迫ってきて、また心臓が跳ねた。
「こんなに鍛えてるのに……わわっ! ホントにすごーい! めちゃ硬いですねぇ!」
ペタペタと俺の腕に触りながら、歓声を上げる六華。
「胸板も分厚くて……さてはテルくん、気痩せするタイプですね? 細マッチョってやつですかぁ……いいじゃないですかいいじゃないですか……」
さわさわ、六華の手が俺の胸元から徐々に降りていく。
なんというか、くすぐったい。
「腹筋も、とっても硬ぁい……はぁはぁ……」
ていうか……なんかこいつの手付き、いやらしくね……?
……って、なに考えてんだ俺は。
ほら、あれだ。
男だって、凄い筋肉を見たら思わず触りたくなるもんな。
これはそういう、人体の美しさに対する称賛のようなもので……。
「ふぅ……興奮したら暑くなってきちゃいましたねぇ……」
いや、興奮したって言っちゃったよ。
「というか今年の春は、ちょっぴり気温高めですよね」
なんて言いながら、六華はブレザーの上着を脱ぐ。
白いシャツが顕になり………………着痩せするタイプなのは、六華の方みたいだな?
「ふふっ……そんなにまじまじと見られると、ちょっと恥ずかしいですね?」
「っ!?」
指摘されて初めて、自分が六華……の
それでも、既に目に焼き付いている。
ブレザーの上からじゃイマイチわからなかったけど、小学生の頃からの『成長』が著しかった。
「あっ、ちょっと恥ずかしいだけで別に見られるのが嫌ってわけじゃないですよ? むしろテルくんに見られるのはウェルカムです! さぁさぁ、どんどん見てください!」
「自己主張激しいな……」
視界の端に、六華が胸を張る様が映る。
そうするとますます
「あー!? なんで余計に目ぇ逸らすんですかー!? テルくんの天の邪鬼っ!」
六華が俺の頭部を両手で挟み込む形でガッと掴む。
「こうなったら、意地でも振り向かせてみせますからねっ! あっ、ちなみに今のはダブルミーニングですので! 物理的にも精神的にも振り向かせるという!」
自分で解説しながら、無理矢理に俺の顔を自分の方へと向かせよう力を込める六華。
「二重の意味で無理だっ……!」
俺も、全力でそれに抵抗した。
六華を
「むー、またそんなこと言ってー! ぐぎぎ、まずは物理的に……っ、きゃっ!?」
六華の手に一層の力が込められたかと思えば、悲鳴と共にそれが消失する。
反射的に六華の方の方に目を向けると、その身体が不自然に倒れようとしているところだった。
「危ないっ!」
足元のバスケットボールに躓いたようだ……そう認識すると同時に、俺は咄嗟に六華の身体へと手を伸ばしていた。
腰に腕を回して抱きとめるも、無理な姿勢になって俺も体勢を崩してしまう。
結果、二人で一緒にベッドへと倒れ込むことになった。
「大丈夫か……?」
ベッドに手を付き上半身を起こしながら、尋ねる。
「あ、うん……」
俺の下で、六華は顔を横に向けながら小さく頷いた。
「そうか、良かった……」
ホッと息を……ん?
「っ! 悪い!」
「待って!」
六華を押し倒す形になっていたことにようやく気付いて慌てて立ち上がろうとするも、なぜか六華が俺の腕を掴んで止める。
大した力が込められていてるわけでもないのに、それだけで俺は硬直して動けなくなってしまった。
「あっ……」
当の六華も、なぜか驚いたような表情を浮かべている。
自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない、って感じだった。
「あ、あの……」
俺の顔、天井、壁、と六華は猛烈な勢いで目を泳がせる。
「んっ……!」
最後になぜか覚悟を秘めたような表情を浮かべたかと思えば、ギュッと目を瞑った。
それは、お前……まさか、
俺だって、男だ。
この状況に、少しも思うところがないわけじゃない……どころか、滅茶苦茶ある。
というか、このまま流れに身を任せてみたい気持ちが急速に膨らんでいた。
だけどそんな、再会したその日にって……いやでも、六華は俺を……で、俺も六華を……いやいや、俺が三年前したことを考えれば……。
なんて、俺の頭が混乱の極みに到達しようかというタイミングでのことだった。
「おぅ弟ー、漫画いくつか借りてくぞー」
バタンと乱暴に扉を開け、闖入者が現れたのは。
『っ!?』
六華と俺は、綺麗に揃った動きでドアの方へと顔を向ける。
「……あ?」
声を聞いた時点でわかっていたことではあったけど、そこにいるのは我が姉である
こちらを見ながら、訝しげに目をパチクリと瞬かせている。
「おっと、これはお邪魔しちゃったようで。しっつれーい」
かと思えば、ニマニマ笑いながら一歩下がってドアを閉めた。
「弟よー、ヤるなら
そんな声と共に、姉の足音が少しずつ遠ざかっていく。
──ドタドタドタッ!
かと思えば、猛烈な勢いで戻ってきた。
「って、ちょっと待て! お前、その子……!」
バタン! と、先程以上に乱暴にドアが開く。
「六華ちゃん……か……?」
……凄いな、この女。
さっきの一瞬でそこまで見抜いたってのか。
確かに六華は姉ちゃんともそれなりに仲良くしてたけど、あくまでそれなり。
俺の方が圧倒的に付き合いは深かったはずなのに……と、謎の敗北感のようなものが湧き上がってくる。
「あ、はい……」
眼下から、か細い声。
「あの……テルくん……」
「っ!? わ、悪い!」
視線を下ろすと伏し目がちな六華の顔があって、俺はようやく飛び退いた。
「ち、違うからな!? 今のはちょっとしたトラブルで、別にそういうことをしようとしてたわけじゃないから……! 誤解すんなよ……!?」
何も言われていないのに、姉ちゃんへの言い訳が口を衝いて出る。
い、いやほら、六華の名誉のためにもここはちゃんと説明しておくべきだし?
「ほーん?」
俺の説明を前に、姉ちゃんはニマニマと笑うのみ。
「マジで違うから!」
「……いや、わかってるっつの。流石のアタシも、ガチでそういう雰囲気だって察してたらこうして戻ってきたりしてないわ」
かと思えば、素の表情に戻ってひらひらと手を振った。
「お、おぅ……」
まぁ、それはそうか………………そうか?
「そんなことより……いやぁ、大きくなったねぇ六華ちゃん。って、ははっ。思わず親戚のおばさんみたいなこと言っちゃったわ」
カラカラと笑いながら、姉ちゃんは六華へと歩み寄る。
昔は姉ちゃんの方がだいぶ背が高かったはずだけど、今並ぶとほとんど同じくらいだ。
「イメチェン? いいじゃん、凄く似合ってるよ」
「あ、はは……ありがとうございます」
「その制服、ウチのだよね? なになに? 六華ちゃんもこっち越してきたってこと?」
「えぇ、はい、一応」
「へぇ、そうなんだ! じゃあアタシの後輩だね! 困ったことあったら、なんでも言ってよ! アタシこれでも、結構顔広いしさ!」
「はい、頼りにしてます」
「てか、おじさんのお仕事の都合か何か?」
「いえ、私一人だけこちらに来て親類の家にお世話になってるんです」
「なーるほどねぇ」
なんて二人の会話を、聞くともなしに聞く。
流石にさっきの出来事があったせいか、六華のテンションも少し鳴りを潜めているように見えた。
にしても、危なかったな……もし、姉ちゃんが来なかったら………………いや、ちゃんと自制してたよ?
自制してたとは思うけど……六華の方は。
恐らく俺が本当に
それまでのふざけたものともまた違っていた雰囲気から、そんな風に感じられた。
三年前の六華だったら、ちょっと手が触れた程度でも赤くなっておおげさに手を引っ込めていたっていうのに。
本当に人間、変われば変わるもんだなぁ……。
なんて、どこか感慨深いような気持ちを抱きつつ。
そんな六華の変化をどこか寂しく感じている身勝手な自分がいるのも、自覚していた。
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ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
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