5-3 【視点A】アドベントショットヘンゼルナツネギアンドキャベツエキスホイップタイガーキャベツソースラムソースチョコチップチョコレートクリームフランボワーズ

「ここね……」


夜更けの歓楽街の一角。私とラノ君は、黒金の獅子団のリーダーとの待ち合わせ場所であるバーの入り口まで来ていた。とは言っても、ラノ君は私の頭の上で、小さな銀色のカメに化けている。


「それでは勇者様、後は手筈通りに」


コウモリじゃなくてカメなんだ……と思ったけど、ラノ君的に一番実用的なのが、カメだったらしい。


「……さっき言ってた知り合い、ちゃんと来てるか確認しないで良いの?」


ここから先、ラノ君とは少しの間別行動になる。その間に何かあれば、ラノ君の知り合いが助けてくれることになっているらしい。ラノ君って、知り合いいたんだ……。


「魔力の気配でわかります。もう呑んでるみたいですが……。あくまで保険ですから、頼りにはしていません」


「そ、そっか……」


安心できる要素が一つもない気がするけど、そもそも今夜のことは、ラノ君に気づかれるまでは一人でどうにかするつもりだった。味方がいるだけでも、全然違う。


「獅子団の連中も馬鹿ではない。人の多いところで、面倒は起こしたくないはずです。きっとうまくいきますよ。そういう訳ですので、後は手筈通りに」


ラノ君は頭と手足を甲羅の中にしまうと、回転しながら闇夜に消えて行った。なんか昔テレビで見た、UFOみたい。


「……よし」


緊張がほぐれたところで、女優の仮面のスイッチを入れる。アイドル活動を始めてからは、女優の仕事を何度かさせてもらったことがある。悪女の役ばっかりで、ヒロインを演じることは結局なかった気がする。でも、演技とは言え悪女の役が楽しくなりかけていたのは本当だったと思う。もちろん、その時期のSNSは絶対見ないようにしていたけど。


「……」


重い扉を押し開ける。中は薄暗くて、煙草の匂いがした。


「いらっしゃいませ……おっと、これはこれは勇者のお嬢さん。お待ちしておりました」


店の奥にいた店員が振り向く。それとほぼ同時に、店内の視線が私に集まったのがわかった。まるで品定めでもされているかのようだった。


「ええ。約束通り、一人で、丸腰で来てあげたわよ?」


私は舐められないように、できるだけ強い口調で答える。


「当然でしょう。ここは庶民の憩いの場。凶器を持ち込むなど、言語道断ですから」


嫌味な店員が笑顔を作るが、その目は笑っていない。すると奥から、数人の男性がのしのしと歩いてきた。


「確かに、聖剣は置いてきたようだな」


「……久しぶりね。黒金の獅子団のリーダー、ミスターフォーボス」


ライオンのような髪型をした彼は、初めて会ったときと変わらず多くの取り巻きを連れていた。


「フォーボスさん、こいつ我々のことを騙そうとしてますよ」


「武器なんて、いくらでも隠し持てる」


「特にそのお召し物では……ねぇ?」


私は女神様の魅了の加護が暴走しないように、大きめの白いローブで身体を隠していた。


「身体検査が、必要のようだな?」


フォーボスが一歩前に出る。取り巻きたちが、私を取り囲むようにじわじわと距離を縮めてくる。


「……あら、こんなムードのないところで始めるつもり?」


「なんだと?」


「黒金の獅子団のリーダーともあろうお方が、こんな安っぽい酒場しか知らない、なんてことはないわよね?」


わざと嫌味な店員に聞こえるように言うと、フォーボスがニヤリと笑う。


「何が言いたい」


「私の身体を調べたいなら……もっと、良いところに連れて行ってもらえないかしら?」


彼らを、人気のない路地裏に連れ出すこと。それが私の、最大のミッション。今夜私は、この中の誰か一人の命を奪うことになる。


「……ほう」


マスターの旦那さんに呪いをかけた犯人が、この中にいるとラノ君は言っていた。そしてその呪いは、旦那さんの心臓から犯人の心臓に魔力を吸い上げ続ける呪い。どちらかの心臓が止まるまで、決して解けることのない呪い。どちらを生かすか、私が選ばなければならない。私は、勇者だから。


「さ、早く案内して?」


「確かに、ここは庶民の憩いの場。俺たちのような高貴な者が来るような場所ではないな」


「……そうよね?」


ひとまず話を合わせる。高貴……私はその意味をよく知らないけど、少なくとも目の前にいる人たちには当てはまらないことくらいはわかる。


「だが、この店はうちの傘下でね。俺なら、二階の個室が使える。そこで続きをしようじゃないか」


「……えっ?」


フォーボスが、私の腰に手を回す。まずい。


「なんだ? 早くしろと急かしたのはお嬢さんのほうだろう?」


「……そ、そうだけど」


「なら文句はないだろう」


フォーボスの手が、腰から下へと降りてくる。取り巻きたちが、出口を塞ぐ。ダメ、だった。


「……そうね。いきましょう」


でも、今回は仕方ない。ラノ君に話すまでは、最初からそのつもりだったし。次に会うときに、もっとうまくやれば……。


「おい! そこの女!」


「え?」


突然後ろから呼ばれた気がして振り返る。すると、カウンターに座っていた男が立ち上がっていた。


「……わ、私?」


「あ? お前じゃない! そっちの女だ!」


その人が指差したのは、カウンターの奥にいた店員の女の子だった。さっきの嫌味な店員とは違い、こんなところにいるのが不自然なくらい真面目そうな子に見えた。


「な、なんでしょうか……?」


「俺が注文したのはアドベントショットヘンゼルナツネギアンドキャベツエキスホイップタイガーキャベツソースラムソースチョコチップチョコレートクリームフランボワーズだ! アドベントショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースチョコチップチョコレートクリームフランボワーズじゃねえ!」


「す、すみません! ご注文はアドベントショットヘンゼルナツネギアーモンドキャラメルエキス……」


「ちげえ! アドベントショットヘンゼルナツネギアンドキャベツエキスホイップタイガーキャベツソースラムソースチョコチップチョコレートクリームフランボワーズだ!」


「すみません! アドベントショットヘンゼルナツネギアンドキャベツエキスホイップタイガーキャラメルソースモカソース……」


「ちげえ! アドベントショット……」


「……」


店内の時間が止まる。よくわからないし、店員の女の子には悪いけど、これはチャンスだ! いや、もしかしてあの子がラノ君の知り合いで、助け舟を出してくれてる? ラノ君の知り合いって、女の子だったんだ……。


「ミスターフォーボス? 二階にまで聞こえてきそうな騒々しさだけど、まさかこれ以上騒ぎを大きくするつもりじゃないわよね?」


フォーボスの取り巻きが動く前に、私はフォーボスを誘導する。


「……ちっ、新人が。とっととツレをくたばらせとくべきだったか」


フォーボスが呟くと同時に、彼の胸の辺りの魔力が高まるのがわかった。まさかリーダー自ら、呪いの魔法を……? あの店員の子の友達も、こいつの呪いに……? やっぱり今夜で、決着をつけなければならない。私は焦る気持ちを抑えて、フォーボスに迫る。


「さ、早く案内してもらえるかしら? 通り道は、騒がしくない静かな路地で、お願いね?」

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