4-6 【女神によれば、現地主人公は異世界転生者だった?!】

「久しぶり、女神だよ。この世界の幸福を司る神様。君を、異世界転生させてあげた女神様」


「何……?」


「よしよし。ちゃんと忘れてるみたいだから、ちょっとだけ、お話ししよっか」


子どもが、ぱちっと指を鳴らす。すると周りの景色が歪み、一昨日訪れたファムファタール女学院の、生徒会室に変わった。壁のフックには武器らしきものがズラリとかけられており、床の中央には、白い大きな魔法陣が描かれている。


「ここは……」


恥ずかしい記憶が脳裏をよぎる。女神はなぜか僕のことを知っているようだし、自己紹介をする必要はないだろう。僕はいつの間にか椅子に座らされており、女神を自称する子どもは窓際の机に腰掛けていた。その手には、僕がつけていたはずの仮面がある。


「よしよし。あとは……」


彼女が机から降りると同時に、彼女の姿が歪み、その姿はさっきまで一緒にいた、アヤメさんの姿になった。


「な……?!」


アヤメさんの姿をした女神は、床の魔法陣から鏡台を引っ張り出すと、鏡に映った自分の顔を見て満足そうに頷いた。


「うんうん。そうこなくっちゃ。あ、今のボクはね、君の好みの、異性のタイプに見えてるはずだよ」


女神は鏡台を魔法陣の中に戻すと、僕に向き直り手を後ろで組む。


「……つまり僕の好きな女性のタイプは、勇者様そのものだと言いたいんですか?」


「その通り。ここ数日で君は、勇者の魅了攻撃を存分に受けてきたはず。本来ならもっとわかりやすくメロメロになってるはずなんだけど、この仮面が妨害してたんだね。だから、これは没収」


「え?!」


女神の手から、仮面が一瞬で消滅した。


「大丈夫。もっとボクに都合の良い仕様にした後、後日返すから。それより久しぶり。元気そうで良かった」


「あなたが、僕を転生させた女神……? さっき、僕のことを異世界転生させたとか言っていたけど」


「そうだよ。まあ、前世の記憶を持たない転生者って、あんまり意味ない気もするけどね。でも、忘れさせてくれと君が望んだんだ。よっぽど辛かったんだね、君の前世」


女神はアヤメさんの顔をしているが、その表情はアヤメさんよりも少し大人びていて、どこか見下されているような感じだった。


「……」


「覚えていないだろうから信じられないかもしれないけど、この世界では転移した者が勇者となり、転生したものが魔王になる。そういうルールなんだ」


女神は僕の向かいに椅子を持って来て座ると、アヤメさんの姿で足を組んだ。


「僕が、魔王候補……?」


「え、そうだよ? あー、勇者は何も伝えてないんだね。変なところで臆病だよね、彼女。君はこの時代三人目の魔王候補で、二人目の勇者の恋人候補なんだよ?」


「こ、恋人……?」


「そ。君が望んだのは前世の記憶の抹消だったけど、彼女が望んだのは、普通の恋愛をすることだったんだよ」


女神がアヤメさんの姿で、足を組み直す。


「恋愛って……よりによって、僕が相手か……」


「うーん、君が恋人に相応しいかどうかはともかく、勇者を守る守護者にはバッチリだったからさ。仲間の生に対する、君の執着ってえぐいし。それに恋愛初心者同士、仲良くできると思ったんだけど。君、色欲耐性が強すぎてつまんないよ」


「それはどうも……」


「ま、今日でそれも終わる。明日からは、勇者様にデレデレになってね!」


「……」


少なくとも、アヤメさんにデレデレはないだろう。魔法使いにとって、理性的であることは何よりも優先されることだ。僕の精神攻撃系の対抗策が、あの仮面だけなわけがない。


「用はそれだけ? 僕の仮面、なるべく早く返してくださいね」


「うん。七月七日。彼女の命日までには返すよ」


「え……?」


「元の世界での、ね。まぁ、この世界でも死ぬけど」


「……アヤメ、さんが」


死ぬ……?


「あ、ようやっと名前で呼んでくれたね。そう。私は、四日後死ぬ」


アヤメさんの顔で、女神が微笑む。しかしその言葉は、僕の顔から笑みを奪っていく。


「七月七日に私が死ぬ運命は、女神様でも変えられない。だから君が、変えてほしいんだ」


「僕が……」


「じゃあね、今日はそれを伝えに来たんだ。気持ちの準備には、時間がいると思ってね」


いつの間にか、周りの景色は元の会場に戻っていた。本物のアヤメさんたちは見当たらないが、女神の姿も元の子どもの姿に戻っていた。


「あ、そういえばさっき、勇者と魔力をぶつけ合ってたよね?」


「え、あ、あぁ……」


多分、千年魔書魔炉せんねんましょまろを使う前、路地裏でアヤメさんの魔力のイメージを見た時のことだろう。


「その時に君と勇者の魔力がちょっと混ざっちゃってさ。勇者のほうは、魔王軍の魔力をすでに使いこなしてるみたいだから良いんだけど」


多分、千年魔書魔炉せんねんましょまろでアヤメさんが使っていた、ルリさんの人狼の力のことだろう。使いこなせていたかどうかは微妙なところだが、勇者のアヤメさんが魔王軍四天王のルリさんと仲良くすることは、女神的には別に問題ないようだ。


「でも、魔王候補である君が女神の魔力を持つのは危険なんだ。だからボクの魔力も、返してもらうね」


その途端、全身に激痛が走った。


「う、あぁぁぁぁああああ!?」


内側から、魔力回路が膨張し焼き千切れるかのような痛みの中、僕の魔力は、半分以上女神に吸収された。


「これでよし」


「……っ! はぁ……はぁ……」


もう声も出せないほど、僕は疲れ切っていた。そんな僕とは対照的に、女神は元気そうに笑った。


「じゃ、またね」


その後のことは、よく覚えていない。気がつくと元の路地裏で、レンさんが僕の名前を呼んでいた。


「サイちゃん!? サイちゃん!!!」


そんな風に呼ばれた気がするけど、きっと気のせいだろう。僕のことをサイちゃんと呼ぶのはこの世でただ一人。サイカ・ワ系初代魔導師、サイコー様。僕のばあちゃんだけだ。


「……サイカさん、良かった、気がついたんですね」


一人目の勇者が鏡の森に攻めて来たあの日以来、行方不明になったばあちゃんは、そもそもこんなに若くないし、こんな風に肌を出すのも嫌いだった。


「新たな勇者を導く、女神に選ばれし賢者。サイカ・ワ・ラノ。何か、言い訳はあるか?」


そしてその直後、ばあちゃん……いや、レンさんの肩を借りて帰ろうとしたところを、その一人目の勇者に止められた。何を言われたかは、もう覚えていない。何となく罵詈雑言を浴びたような気はするが、防衛本能が記憶に蓋をしたんだと思う。言えることは、ただ一つ。


「……あいつ嫌い」


長い夜が終わりを告げ、レンさんに支えられた僕はその場を後にした。

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