2-4 【勇者のお手並み】

「その杖は……」


僕にしか使えない、僕はその言葉を飲み込んだ。彼女の手元で、杖の魔力が正常に稼働しているのが見て取れたからだ。


「ヒューマンケイン・レディ!」


僕の呪文は、杖を構えてただ唱えれば良いというものではない。詠唱に合わせて、杖と自分と空気中の魔力の配列を逐一変更して、適切な魔法陣を描かなければならない。


「セット・ゾンビ・スカル・ゴースト・スタンバイ」


それを昨日たった一回見ただけで、彼女は完璧に覚えたというのか。


「サイカ・ワ系ヒール……ファイア」


赤い光とともに子どもたちの傷が塞がり、その目をさらに輝かせる。


「すっげー!」


「なんかぽわってなった!」


「体が軽い!」


アヤメさんはしゃがみ込み、子どもたちと目線を合わせる。


「もうどこも痛くない?」


「うん!」


「全然痛くなくなった!」


「そか! 良かった!」


「アヤ姉ちゃんありがとう!」


その時、町の中央に位置する時計台が鐘を鳴らし、正午を告げた。するとルリさんが、意気揚々とアヤメさんたちに近づいていく。


「よしチビども! ランチタイムよ! おうちにダッシュ!」


「ご飯だー!」


「お腹すいたー」


「ぺこぺこー!」


ルリさんの一声で、子どもたちが広場から散っていく。


「アヤ姉ちゃんまたねー!」


「ルリ姉ちゃんもまた遊ぼーねー!」


「仮面の兄ちゃんもー!」


僕はしばらくの間その光景を呆然と眺めていたが、ようやく麻痺状態から復帰して彼女たちに歩み寄る。


「……見事ですね」


「でしょ? 私って、結構才能あるかも」


彼女はそう言って、僕の杖をくるくると回した。


「あ、ごめん、勝手に使っちゃって」


「いいえ、杖も勇者様に扱われて本望でしょう」


僕はアヤメさんから杖を受け取り、鞘へと戻す。


「そ、そう? でも、子どもたちに喜んでもらえて良かった」


「そうですね……」


僕はまだ、アヤメさんに対しての接し方がわからないでいる。昨日と今日で、その強さ含め彼女に対する印象はだいぶ変わった。やはり彼女は、本当に異世界から召喚された勇者なのか。


「それじゃあ私たちも、魔鎧まがい退治の前に腹ごしらえね」


「あ、いえ、僕は……」


「ラノ君も一緒にどう? 付き合ってもらうお礼ってことで、私が出すから!」


「お供します」


そしてそれは、ルリさんに対しても同じことだった。特にルリさんからは、相変わらず魔族の気配を感じる。


「……どうかしましたか?」


隣にいた、若干引いているルリさんと目が合う。勇者様が奢ってくださると言っているのだ。断るのは野暮というものだろう。


「いや別にー? ていうか、氷属性の魔法は私の専売特許なんだけど。私の面目丸潰れなんだけどー?」


さっきのフローズンのことか。あれくらい、大量の唐傘魔鎧からかさまがいを氷漬けにしたルリさんなら造作もないだろうに。


「……何が丸潰れですか」


僕は唐傘魔鎧からかさまがいの目玉が詰まった麻袋を、二人の前にどさりと置いた。


「え、これってもしかして、魔鎧の……?」


「私たちが今まで溜めてたやつ、もう全部倒しちゃった……?」


アヤメさんは麻袋に駆け寄ると、その中を覗き込む。するとルリさんが少し驚いたように僕の手を引く。


「一人でやったの……?」


「僕はトドメを刺しただけです。下ごしらえをしたのは、あなた方だ」


ルリさんの表情が少し曇るが、僕はそれに気づかないふりをした。


「あなたの役割は僧侶でしたね。僧侶の役割は治癒の魔法。そして氷属性の攻撃魔法は、魔法使いの役割。僧侶であるあなたが、これだけの数の魔鎧を氷漬けにできれば上出来です」


「……」


「自分の役割だけ果たしていれば生き残れるほど、戦場は甘くない。あなたはそのことをちゃんと理解し実践している、なのに」


僕はそこまで言って、口を止める。彼女たちが何を思いどう生きてきたかなど、結局のところ、僕の知るところではない。


「勇者様御一行。なぜあなた方はそれだけの力をお持ちなのに、魔鎧に勝てないのですか?」

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