2-5 【ラブコメマスター】

「喫茶バフォメット……?」


アヤメさんとルリさんに連れられてやってきたのは、町の中心部にほど近い喫茶店だった。店内は木目調でまとめられており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「お、アヤちゃんいらっしゃい。ルリちゃん、いつもの個室も空いてるよー」


「どもー」


「マスターこんにちはー。今日は三人でお願いしまーす」


「お邪魔します……」


勝手知ったる、といった様子で二人が店内を進んでいく。僕はというと、そもそも外食することがほとんどないのでひどく緊張していた。


「仮面の子は初めてだね、どっちの彼氏さん?」


女性店員の軽口に我に返る。そうだ、今の僕は一人ではない。ただの人見知りではいられないのだ。


「わ、我は傲慢な狂信者、サイコワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る、勇者アヤメ様の完璧な配下にして、唯一無二の絶対服従者。以後、お見知り置きを……」


「えーっと……つまり、アヤちゃんの彼氏さん?」


「勇者様の! 配下です!」


僕はできる限りの虚勢を張る。それが、今の僕にできる精一杯だった。


「……ねぇアヤちゃん、こんな子よくつかまえられたね?」


「あ、あはは……」


アヤメさんが苦笑いで誤魔化す。つかまえられたって、僕はモンスターか何かか?


「まぁいいや、私がここのマスターだよ、よろしくねー」


「よろしくお願いします……」


「さ、入って」


アヤメさんが扉を開き、僕たちを先に入らせる。中はこじんまりとした個室になっており、四人がけのテーブルに椅子が四つ。壁は一面本棚になっており、ぎっしりと本が詰め込まれている。そして一番奥には、小さな窓があった。


「どう? いいお店じゃない?」


「はい……隠れ家みたいで」


「でしょ? たまにね、ぼーっとしたい時とかにここに来るの」


こういう静かな場所は嫌いではない。うるさい店員さえ、いなければ。


「おーい、ご注文はー?」


扉の向こうから、マスターの声が聞こえた。


「アヤ、せっかく三人いるからシェアしない?」


「いいね! マスター、とりあえず本日のケーキセットの炎、水、草を一つずつで!」


「え、あ……」


「本日の炎水草をお一つずつねー、お飲み物はー?」


「ルリもアイスコーヒーで良い?」


「うん」


「飲み物はアイスコーヒー二つと、ラノ君は?」


「あ、ぼ、僕ホットミルクで……!」


「アイスコーヒーお二つとホットミルクお一つねー、以上でよろしいー?」


「はーい!」


「では少々お待ちをー」


瞬く間に注文が決まってしまった。何とか飲み物だけは自分の好みを主張できたが、食べる物は一体何が出てくるかわからない。


「……」


少なくとも、コーヒーなんて苦いものは僕には飲めない。するとルリさんが、僕のほうを見てくすくすと笑う。


「……なんですか?」


「ホットミルクって……かわいいかよ、久しぶりに聞いたし」


「そういえば、この世界にもホットミルクってあるのね……」


アヤメさんまで言うか。飲みたいもの飲んで何が悪い。


「お子様で悪かったですね」


「ごめんごめん、何か意外だっただけ。私も夜眠れない時とか、ルリに作ってもらったこともあったよねー」


アヤメさんは、昔を懐かしむように遠くを見る。つまりそれは、元いた世界での話なのだろう。


「……」


つまりということは、ルリさんも異世界の住人なのか……? 昨日ルリさんから感じた魔族の気配は、まさか……。


「……まぁ童顔だし、良いんじゃない? ていうか、食べる時もお面外さないの?」


一方ルリさんは当時の話をしたくないのか、話題を僕の仮面へとすり替えた。


「外しません」


「何で? 別にもう顔バレしてるのに」


「この面は、我が敬愛する大魔法使い、サイカ・ワ系初代魔導師、サイコー様が我に授けた、至上の面。たとえ女神であろうとも、これを汚すことは許さない」


「……そ、そう」


アヤメさんは若干引いていた。ルリさんに至っては、半笑いで僕を見ている。出任せじゃないし。本当に実在する人物だし。何なら、僕のばあちゃんだし。


「へ、へー、じゃあ、食べる時どうするの?」


「口の部分が、自動で開閉できるようになっています」


「食べる時のために?」


「本来の使い方は戦闘中、かみついたりビームを撃ったりするためです」


「び、ビーム?」


まだ一度も使ったことはないが、口からビームは男のロマンだ。異論は認めない。


「おまちどおさま、ホットミルクお一つとアイスコーヒーお二つね」


「どうもー! それじゃかんぱーい!」


店員が飲み物を運んできてくれたので、話は一時中断された。三人はそれぞれマグカップを持ち、その陶器を軽くぶつけ合う。


「それで、さっきの話なんだけど」


そしてアヤメさんが切り出す。ルリさんのほうを見ると、どうぞ、とでも言いたげに軽く頷いた。


「私たちが勝てない理由……だったよね」


「はい……ですがその前に、確認したいことが」


「確認?」


アヤメさんが首を傾げる。ルリさんはというと、ただ静かに僕を見つめている。


「ルリさん、あなたの正体を教えてください」


「え?」


アヤメさんが目を見開く。ルリさんは落ち着いたままだ。


「……どういう意味?」


だがその瞳には、わずかに不安の色が滲んでいるような気がした。僕はそれに構わず、質問を続ける。


「勇者様と同じく、あなたもこの世界の住人ではありませんね?」


「……」


ルリさんの動揺が手に取るようにわかる。この反応を見るに、おそらく僕の推理は正解のようだ。つまりルリさんも、召喚によって呼び出された人間なのだろう。


「……どうして、そう思うの?」


アヤメさんが僕の視界に割って入る。


「ルリさん、あなたから魔族の気配がしました。正確には、魔族側の魔法陣の気配」


アヤメさんの表情が凍りつく。


「ルリは……魔族側じゃない」


アヤメさんは小さく抗議するが、その顔には焦りの色が見て取れる。やはりアヤメさんも、ルリさんの正体は知っているのか。


「そうです。僕も最初は、あなたをただの魔族かと思っていました。ですが、お二人の話を聞いて一つ、別の可能性に思い当たりました」


「……別の可能性?」


アヤメさんが、僕の言葉を反芻する。


「異世界の記憶を持つ魔族がいるとしたら、それは異世界から召喚された、魔王側の勇者一行。つまり、魔王軍四天王です」


アヤメさんが目を逸らす。ルリさんは無言で俯いていた。


「四天王とは、魔王に仕えし四人の召喚者。そして、勇者一行と対になる存在です。噂によれば、それぞれ勇者一行が元いた世界の関係者が、魔族として召喚されるとか」


「……」


「例えば、戦士の幼馴染、魔法使いの恋人、僧侶の兄弟……勇者の姉妹」


最後の一言で、二人が同時に息を呑む。


「お二人は、元いた世界からの付き合いのようですが……それでルリさん、まだ伺っていなかったのですが……」


僕は仮面越しにルリさんを見据えながら、その名を問う。


「あなたの苗字を、教えてください」

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