2-3 【サイカは対人麻痺】
「……ふぅ」
アヤメさんはまた袖で汗を拭うと、シャツの胸元を摘みパタパタと風を送り始めた。
「アヤも汗だくじゃん、もう上脱いじゃったら?」
「んん……いや、大丈夫」
「また倒れても知らないよ? チビどもしかいないんだし、これだけ疲れたらチャームも切れてるって」
チャームの効果が疲労により弱まることは理解しているようだ。一般人がチャームを受け続けると、軽い魅了、洗脳状態になることがある。彼女はそれを良しとせず、普段はなるべく素肌を見せないようにしているのだろう。
「ほら、アイツが来る前に……」
どうやら、僕がいることに本当に気づいていないようだ。嫌な予感がした僕は、慌てて立ち上がり今来た風で近づく。
「遅くなってすみません。勇者様、もういらしてたんですね」
「うぇあっ?! あ、あんたいつから……?」
「ついさっきですよ」
ルリさんの反応は予想通りだった。だがアヤメさんのほうは僕が近づいても微動だにせず、汗に濡れた前髪から覗く瞳で僕をじぃっと見つめる。
「……勇者様?」
「え、ああ、ううん……ごめん」
慌てて胸元を隠してはいるが、彼女から恥じらいは感じられない。それどころか焦点の合わないまま、こちらを眺めている。
「アヤ、大丈夫?」
「うん……ちょっとぼーっとしてただけ……」
汗の量も尋常ではないし、目が泳いでいるように見える。これはおそらく、熱中症だ。
「はぁ……ヒューマンケイン・レディ」
僕はお気に入りの赤い杖を呼び出した。
「セット・アクアリウム・アイスエイジ・ソルティ・スタンバイ」
杖をかざし、魔力を込めながら呪文を唱える。空気中の水分が凍結し、空中に複数の小さな氷の塊が出現する。それらはその場でくるくると回転しながら、僕の指示を待つように浮遊する。
「なんだあれ!」
「すっげー!!」
子どもたちも気づいたようで、水飲み場からこちらに近寄ってくる。
「氷属性の魔法……?」
「きれい……」
その反応から察するに、これも初めて見る魔法のようだ。確か、勇者がいた世界には、魔法が存在しなかったはず。アヤメさんとルリさんはこの世界に召喚されてから日が浅いだろうし、子どもたちが魔法に縁のない生活を送っているのだとしたら、それはきっと喜ぶべきことだ。
「……ついでだ。サイカ・ワ系フローズン、ファイヤー!」
僕はその氷の塊をアヤメさんとルリさん、それから子どもたちの首筋にぶつけ、一気に魔力を流し込む。
「冷たっ!?」
「うひゃあ!」
全員の首筋から、白い蒸気が立ち上る。
「……あれ?」
「痛くない……?」
「でも、水浴びした時みたい!」
「さっぱりした!」
子どもたちは不思議そうに首をさすっている。アヤメさんとルリさんも、何が起こったのかわからず目をぱちくりさせている。
「すげー! 仮面の兄ちゃん魔法使いなのか!?」
「かっこいい!」
「もっかいやってー!」
子ども特有の好奇心旺盛な眼差しに囲まれ、思わずたじろぐ。
「え、あ……でも……この魔法は攻撃用の状態異常の魔法の威力を緩和したもので……複数回使用すると……」
「何言ってるかわかんなーい!」
「もっかいもっかーい!」
たじろぐどころではない。僕は子どもたちを前に、完全に麻痺状態になってしまった。
「あ、あの……あるいは……一定時間空ける必要が……」
「……ねぇ、つまりさっきの魔法じゃなかったら良いってこと?」
救いの女神の声が聞こえた気がしたので振り返ると、復活したアヤメさんが僕の袖をくいくいと引っ張っていた。
「え? え、えぇ……」
「そう……じゃあみんな、私が魔法使ってみるから、お兄ちゃんから離れてあげよっか!」
「やったー!」
子どもたちは一斉に僕から距離を取り、アヤメさんについていく。僕はというと、いまだに身体が麻痺して動けないでいる。
「今日はみんなたくさん遊んで、たくさん転んだりしたでしょ?」
「うん! でも、俺へーき!」
「こんなのかすり傷だって」
「私、ちょっとまだ痛いかも……」
「そっかそっか。でも大丈夫!」
いつの間にか、彼女の手に僕の杖があった。
「じゃあみんな、私の魔法見ててね。ヒューマンケイン・レディ!」
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