2-2 【棲み分け】

「着いた……」


王都の東一帯に広がるその名も東町、通称ギルドタウン。冒険者登録をしている者たちが多く住んでいる地域で、冒険者組合の支部や武器屋に防具屋といった冒険者関連のお店や、それに付随する施設が所狭しと立ち並んでいる。僕も月に一度くらいは闇市へ素材を売りに訪れるが、治安はあまり良くない。


「今日は、やけに騒がしいな……」


ここ最近は一部の中堅冒険者が幅を利かせており、法外な依頼料を要求されたり依頼を独占されたりと、住人や冒険者たちの悩みの種となっている。


「もしかして、あいつらがいないのか……?」


その名も、黒金の獅子団。僕も一度絡まれて以来、人間というものが完全に嫌いになった。


「でも、アヤメさんたちの言った通りだ」


しかし今日は、そんな暗雲立ち込めるような空気は今のところ感じられない。それどころか、住人たちが活き活きとして見える。


「……いーち! にーい! さーん!」


待ち合わせ場所である広場の中心では、子どもたちが大縄跳びをして遊んでいる。


「……」


穏やかな昼下がり。この町にも、こんな日があるのか。


「……あれって、アヤメさんにルリさん?」


よく見ると、縄を回しているのは昨日の二人だった。子どもたちはみな笑顔で、その笑顔につられてか二人とも楽しそうに笑っている。


「……」


まるで、悩みなんて一つも抱えていないかのように。


「あーちょっと休憩、お腹痛い」


「えー、ルリ姉ちゃんもうバテたのー? アヤ姉ちゃんは?」


「私も、ちょっと休みたいかな……」


「アヤ姉ちゃんもかよ! 二人ともだらしないなー!」


子どもたちの笑い声が広場に響き渡る。僕は広場から少し離れたところにあるベンチへ腰掛け、唐傘魔鎧からかさまがいの目玉が入った麻袋を膝の上に置いた。


「……」


魔鎧まがいの討伐はすでに完了している。邪魔をする必要もないだろう。適当なところでその報告をして、素材を渡して帰るとしよう。彼女が国公認の召喚された勇者なら、きっと正規の値段で素材を買い取ってもらえるはずだ。冒険者の資格を持っていない僕がわざわざ闇市に出して、中抜きされる必要はない。


「休憩終わり! もっかいやって!」


「え、もう? 早くない?」


「……ルリ、やろう。ラノ君が来るまでの辛抱だから!」


なるほど、子どもたちとは僕が現れるまで遊んであげる約束になってるのか。じゃあ、しばらくこのまま眺めているのもいいか。


「……いーち! にーい! さーん!」


あの縄を回すのは相当な重労働だろう。遠巻きに見ているだけでも疲れる。しかもアヤメさんに関しては、黒っぽい長袖のシャツに紫がかった長ズボンと、昨日と打って変わって全く露出のない格好だった。


「アヤメさんも、チャーム持ちだったということか」


昨日の時点で、彼女からも魔力の波動、チャームは感じ取れた。チャームは身体の表面から発せられる魔力を使うため、会長の時のように素肌を見せる面積を増やすことで効果は強くなる。つまり昨日のアヤメさんはチャーム全開状態だったのだが、戦闘直後で魔力が枯渇していたようだ。


「でも暑いだろうに……」


素肌を隠すことでチャームを制御しているということは、後天的なものではなく、勇者特有の女神の加護みたいなものなのだろう。対照的に、ルリさんは僧侶の上着を脱ぎ捨て、袖を肩まで捲り上げている。


「もう無理! 私はギブ! あの説教コウモリが来るまで休憩!」


説教コウモリとは僕のことだろうか。まだ一回しか会ってないのに。ルリさんがその場にへたり込むと、アヤメさんは袖で汗を拭い、子どもたちに声をかける。


「みんな、そろそろお水飲んどこっか」


「えー、でもまだ元気だよ?」


「そうみたいだね……じゃあ、かけっこしよっか!」


「かけっこ?」


「うん。あそこの水飲み場まで、よーい……どん!」


アヤメさんが手を叩く。


「俺が一番!」


「あっ! ずるいぞー!」


「ほら、みんなも行っておいで」


子どもたちは一斉に走り出し、アヤメさんとルリさんだけがその場に残る。


「……」


異世界から召喚される勇者というのは、もっと猛々しい人かと思っていた。世界の命運を担うはめになった人間とは到底思えないほど、彼女たちは朗らかで、無防備で、甘い。


「まぁでも……わかりやすくて良いか」


彼女が元いた世界で何をしていたのかは知らないが、おそらく人の首を刎ねたことなどない、そんな目をしている。ただ彼女に、その力は必要ない。必要なのは生き残る力だ。少なくとも魔王城の大結界を破るまでは、絶対に生き残ってもらわなければならない。


「……」


だがもし、人の首を刎ねなければ生き残れないような状況になった時、彼女はどちらを選ぶだろうか。


「棲み分けは、必要だもんね」


いや、そんな未来は来ない。その時が来るずっと前に、僕がその役割を果たしているだろうから。

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