【7/2】勇者一行の正体、最初の痴話喧嘩に至るまで

2-1 【サイカは暗躍中】

 今は初夏、賢暦けんれき千二十年七月二日の夜。世界一幸福な魔法使い、サイカ・ワ・ラノが、異世界から召喚された勇者と遭遇した次の日のこと。僕は一ヶ月ぶりくらいに、路地裏でいつもの取引相手を探していた。


「あ、いたいた。久しぶり、おじさん」


「……仮面のガキが。また、目玉でも売りに来たか」


僕はまだ冒険者の資格を持っていないので、魔鎧まがいの素材を売る時にいつもこの人にお世話になっている。


「今日はちょっと、買いたいものがあって」


僕は小さな革袋を取り出す。中には、ヒノトリの卵が四つ入っている。


「ヒノトリか。どこで仕入れた」


「鏡の森で飼ってるんだ。最近高騰してるんでしょ?」


ヒノトリの卵は、どんな衝撃を与えても火を通さなければ割れないのが特徴で、持ち運ぶのにとても便利な食材だ。ヒノトリの玉子焼きは、僕の好物の一つでもある。


「フン。それで何がいる」


「情報を買いたい」


「……」


「最近噂の、勇者様御一行のことは知ってる?」


「……ああ」


「彼女たちが、この町で拠点にしている宿の場所を知りたい」


すると彼は、苦虫を噛み潰したような顔で僕を睨みつける。


「……明後日で良いか?」


「明日の夜までに必要だから、今が良い。それに、物々交換は即日払いでしょ」


「なら二桁はいる」


「そう言うと思った」


僕はもう一つの革袋を取り出す。中には、ヒノトリの卵があと六つ入っている。


「チッ、これだからガキは」


彼は舌打ちをして、僕から革袋をひったくった。


「喫茶バフォメットの三階だ。一般客は入れん」


「ありがと」


取引成立。僕は彼に手を振って、足早にその場を離れた。なぜアヤメさんたちの宿の場所を知る必要があったのかというと、話は朝まで遡る。僕はこの日、アヤメさんたちが狩り損ねてきたという史上最弱の魔物、魔鎧まがいの討伐のため、学校が休みだというのに早起きをして一人、現地にいた。


「これは……闘技場か……」


第二次魔王城の出現により被害を受けたのは、大結界に飲み込まれた区域だけではない。その周辺の居住区も大結界から発生した魔鎧の巣窟となり、現在も奪還予定地のままとなっている。その一角、昨日二人から聞いておいた場所には、数え切れないほどの凍った魔鎧が溜めてあった。


「丸ごと、氷漬けになってるってこと……?」


ぱっと見ここには、凍った唐傘魔鎧からかさまがいしかいない。傘の形をした一つ目一本足の最もよく見る魔鎧で、その目玉が高く売れる。


「これ、本当にルリさんがやったの……?」


ルリさんは氷属性の魔法が得意らしい。何日分溜めてあるのか知らないが、僕からすればこの暑さの中、敵を倒さずに氷漬けにしておくほうが至難の業だ。これだけの力がありながら倒しきれないなんて、彼女たちは一体どんな戦い方をしているのだろうか。


「まぁいいや、さっさとかたづけて帰ろう」


本来なら、彼女たちと昼前に町で合流して、三人でここへ来る約束だった。でもせっかくの休日だ。勇者様の手を煩わせる必要はないし、丸一日潰す必要もない。さっさと終わらせて、さっさとおうちにこもるとしよう。


「ヒューマンケイン・レディ」


僕は処理した大量の唐傘魔鎧からかさまがいの目玉を麻袋に詰め込み、勇者一行との待ち合わせ場所へと向かった。

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