3-2 【視点R】 ソランケンシュタインの衣装
「遅かったじゃないですかー、ルリパイセン」
アヤの気配を追って辿り着いた路地裏の入り口で、私はそいつと再会した。
「ソラ……!」
八雲ソラ。私やアヤと同じ、
「この世界では初めまして、ですかね? 魔王軍の、勇者様」
「さすがはキュアソルのブレーン。そこまで調べがついてるのね。そういうあんたは、二人目の僧侶って聞いてたんだけど……何その格好」
「え、私のアイドル衣装ですよー。もう忘れちゃったんですか?」
ソラが着ているのは、ロボットアニメに出てくるようなパイロットスーツ……なのか? 確かにそれをモチーフにしたアイドル衣装を考えたことはあるが、それと比べてフリフリが少ない。
「スカートとかリボンはどうしたのよ?」
「アヤパイセンの身体に、無駄な装飾はいりませんし。これ、アヤパイセン用に調整してるんですよ」
身体にぴったりと張り付いたツギハギだらけの真っ黒な衣装は、ソラのスレンダーな身体つきをはっきりと浮かび上がらせている。
「ストーカーの魔法、役に立ってるみたいで良かったです。でも、私はアヤパイセン用に教えたんですけどね」
「あれくらい私だって使えるし。ここで何してるのよ?」
「アヤパイセンの彼氏を見に来たんですよ。なんかー……思ったより、かわいい子ですね」
ソラが路地裏の奥を横目で見る。アヤとあの童顔が、何か話しているのが見える。
「そうね。少なくともあんたよりは」
「ルリパイセンには及びませんよー。それで、いつアヤパイセンの寝首を掻く予定ですか?」
ソラは背中の二つの鞘から、刀のような武器を二本、すらりと抜いた。和風の武器にSFっぽい格好のせいで、異世界の雰囲気ぶち壊しだ。
「私はまだ、アヤと戦うつもりはないわ。私の役目は、あんたみたいなのの毒牙からアヤを守ることよ」
「えー、せっかくアヤパイセンの敵になれたのに?」
「……」
アヤが勇者に選ばれるのは当然だと思う。それはキュアソルとして活動して、嫌という程味わった。でもそのライバルポジションで、多分噛ませ犬になる魔王軍の勇者、その役割に私が選ばれるとは思わなかった。でも、きっと私に相応しい。
「……まるでアヤに恨みでもあるみたいな言い方ね。恨まれるとしたら、アヤじゃなくて私のほうだと思うけど」
「……何度でも言いますが、ルリパイセンが負い目を感じる必要はありません。結成当時から、色仕掛けと汚れ仕事は、アヤメリーダーの仕事だったでしょ?」
「……ソラ、あんた」
アヤを侮辱するな。そう言おうとして、私は口をつぐむ。結局その言葉も、アヤを侮辱することにしかならない。
「ここは異世界。私たちはもう、キュアソルじゃない。色仕掛けも汚れ仕事も、もうアヤだけの仕事じゃない」
「そうですか? アヤメリーダーは、ルリパイセンが汚れることを望んでいないと思いますけど」
「だったら何? アヤの気持ちなんて、結局誰も理解できなかったじゃない」
私は、私が巻き込んでしまった芸能界という世界で、アヤが変わっていくのを見るのが嫌だった。でもそれは私のわがままで、アヤに嫌われるのが怖くて、何もできなかった。その結果、アヤは死んだ。
「ルリパイセンだって、アヤパイセンのこと守れなかったんですよね?」
「っ……!」
「……やっぱり、そうなんですね」
「……」
「第一発見者、ルリパイセンだったんだ」
あの日の光景がフラッシュバックする。あの日もこんな路地裏だった。あの日は雨が降っていた。血塗れのアヤのそばに転がっていたのは、間違えてアヤがさして帰った、私の傘だった。
「あの犯人、アヤパイセンの心臓を抉り出して食べてたそうじゃないですか。やばいファンですよね」
「……」
ソラが何か言っている。やばいなんてレベルじゃないでしょ。
「うっ……」
胃から何かがせり上がってくるような感覚。私は口を押さえてその場にうずくまる。
「大丈夫ですか? 吐いて、楽になります?」
「っ……はぁっ、はぁ」
ソラが背中をさすってくれる。そのおかげで、なんとか吐き気は収まった。
「……ありがとう」
「無理しないで良いんですよ。私、ルリパイセンのそういうところだけがすごく嫌いです」
「……そう」
ソラは二本の刀を鞘にしまうと、一本を私に差し出した。
「様子を見に来て正解でした。ルリパイセンだけでは不安なので、こちらを渡しておきます」
「……私、刀なんか使ったことないんだけど」
「それは私もですよー。それに、こっちの刀は地面に突き立てるだけで私を召喚できるとっておきですので。いざと言う時に使ってください」
「……」
私は黙って受け取ると、鞘から少しだけ抜いてみる。刃は鋭く、そして冷たい。
「アヤパイセンにはくれぐれも内密に。私たちは今、しばらく別れて修行中ってことになってますので」
「……わかった」
「では、また。次は絶体絶命の戦場で、お会いしましょう」
ソラが私に背を向けると、彼女の姿は黒い煙に包まれて消えてしまった。
「あの説教コウモリみたいなこと言うじゃん……」
一人になった途端、急に身体が重くなる。私はその場に座り込み、壁に背中を預けた。そしてそのまま、ずるずると地面に崩れ落ちる。
「でも、あいつらなら……」
ソラもあの童顔も、何となく腹が立つところがよく似ている。でもそんなこと、アヤには関係ない。
「癪だけど……マインドヒール」
私は精神治癒の魔法を自分にかけた。この世界に来てから、一番役に立っている魔法のような気がする。アヤもよく使っているけど、ちょっと使い過ぎな気もする。こういう魔法って、副作用とか無いよね……?
「もう、七月三日か……」
この世界に来てから、アヤとお揃いで買った懐中時計が午前零時を示す。この世界にも暦があると聞いた時には、神様の嫌がらせとしか思えなかった。七月七日、七夕の夜まであと四日。それは元の世界での、アヤの命日。
「あと、四日……」
この世界では、そうはさせない。
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