【7/1】これまでの主人公、勇者との出会いと和解
1-1 【おうち帰る!!!】
今は初夏、
「ここが、私立ファムファタール女学院……?」
その古びた門の前に佇む仮面の魔法使い。それが僕、サイカ・ワ・ラノ。
「マジでボロいじゃん……。民間の学校ってこんなもんなの……?」
いや、きっと違う。ここも魔物に襲われたのだろう。辛うじて校舎のほうは建物の形を保っているが、運動場のすみには、体育館らしきものが散乱していた。
「それに……静かすぎる」
平日の昼間だというのに人の気配もない。曇り空と木造校舎のボロボロ具合も相まって、自然と独り言が出てしまうくらいには不気味だ。僕は真っ黒な仮面をつけ直し、お気に入りの深緑色のパーカーのフードを深く被った。
「お待ちしておりました」
後ろから、女のお化けに囁かれた気がした。
「はいっ!!!」
条件反射で振り向くと、そこにいたのは左腕に生徒会の腕章をつけた人間だった。
「簡単に背後を取られるのは減点対象ですが、不用意に攻撃魔法を使わなかったのは好ましい判断でしたね」
「それは、どうも……」
まだ心臓のドキドキが止まらない。これが噂の吊り橋効果……?
「ついてきてください。あなたが件の転校生ですね」
「は、はい、そうです……」
たいへん動きやすそうな格好に、腰には短剣を携えているのみ。見た感じ年は僕と同じか少し下くらいなのに、やけに落ち着いている。役職は勇者か戦士だろうが、盾役の戦士にしてはあまりにも軽装だ。
「ではこちらへ。念の為、型通りの面接を行います」
言われるままに、ほこりっぽい運動場を突っ切る。彼女は振り返ることなく歩みを進める。数秒の沈黙に耐え切れなくなった僕は、何となく話しかけた。
「あの、随分と静かですが、他の生徒は……?」
「半分は、亡くなりました」
特に声のトーンなどを変えることもなく、彼女は答えた。
「あっ……それは……こ、こないだの……」
「第二次魔王城の発生により活性化した魔物の群れに、多くの生徒が蹂躙されました」
後ろからついていっているため、彼女の表情は読み取れない。
「そ、それは……」
「教師も半数以上が命を落とし、生き残った者は皆、今も各地で復興支援を行っています」
抑揚のない声で告げる彼女。それはまるで、台本を読み上げるかのようだった。
「この学校も、常に人材不足なのです」
「そう、ですか……」
僕はそれ以上、何も言えなかった。
「着きました」
「ここ……?」
連れてこられたのは校舎一階の一番奥の部屋。生徒会室だった。
「どうぞ」
「失礼します……」
部屋の中はこざっぱりとしていた。壁のフックには武器らしきものがズラリとかけられており、床の中央には、白い大きな魔法陣が描かれている。その奥では、真っ白なセーラー服に身を包んだ生徒が、窓際の机に腰掛けこちらを見ていた。
「会長、転校生の一人をお連れしました」
「ご苦労でした、レン」
会長と呼ばれたその人と目を合わせた瞬間、自分の足の裏から何かが這い上がって来るような感じがした。
「初めまして、私がファムファタール女学院生徒会会長兼学院長代理のユキです。この度は我が校へのご入学、おめでとうございます」
「は、はぁ……」
先程の感覚のせいで、間抜けな返事をしてしまう。僕の仮面には、魅了系の魔法の妨害装置もついている。精神攻撃とかではないはずだけど……。
「急な転校で、さぞお疲れでしょう」
彼女が机から降りると同時に、床の魔法陣から椅子が三つ浮き上がってきた。
「そちらへおかけください。レンも」
言われるがままに席に着く。レンと呼ばれた案内役も、椅子を会長の隣につけ腰掛けた。
「さて、まずはあなたの名前をお聞かせください」
「は……ハッ!」
我に返った僕は、一度椅子を降りて跪く。
「お、お初にお目にかかります。我は傲慢な狂信者、サイコワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る者。得意技は、毒薬の魔法」
これは僕の持論になるのだが、魔法使いというのは、基本的に本当の名前を名乗るべきではないと思う。自分が使う魔法の神秘性を、自分で下げてしまわないためだ。もちろん得意技とかも、本当のことを言うべきではない。
「以後お見知り置きを、お願いいたします……」
だから僕は中学生の頃から名前を偽り、外に出るときはいつもこの蝙蝠柄の仮面を被り素顔を隠している。かっこつけてるみたいで少し恥ずかしいけど、魔法の威力を高めるためだし仕方ない。
「……」
すると僕の自己紹介を横で聞いていた案内役が、横を向いて噴き出した。
「笑いすぎですよ、レン」
会長がたしなめる。
「ごめんなさい……。あまりにも、その、かわいらしくて……」
笑いを堪えながら謝る彼女。自分の顔がみるみる熱くなっていく。
「レンが失礼しました。ですがあなたも、一つ勘違いをしていますよ」
「か、勘違い……? な……何を、ですか……?」
僕は震える声で返す。嫌な予感が、頭の中を駆け巡る。もし彼女たちが、僕の本当の名前をもう知っていたのだとしたら。かっこつける必要がなかったのに、かっこつけてしまったのだとしたら。
「転校手続きの際に、あなたの母校からあなたの個人情報は頂いています」
会長が窓際の机の上に置いてあった紙の束を拾い上げ、読み上げた。
「本名はサイカ・ワ・ラノ。本当の得意技は毒薬ではなく、爆薬の魔法ですか」
「……」
「偽名も仮面も、中学二年生の時に作られたのですね。傲慢、狂信、毒薬に爆薬。仮面にデザインされている蝙蝠と言えば、裏切り者とかのイメージでしょうか。なるほど。どれも陰のある暗めで悪めのカッコ良さが……」
「おうち帰る!!!」
気がつけば僕は、生徒会室の窓から外に飛び出そうとしていた。しかし僕の腕は、会長にがっしりと掴まれている。
「帰る! 帰らせて!! お願い!!!」
「いけませんよ。あ、せっかくなので改めてさっきの自己紹介をもう一度……」
「やだやだやだ! 恥ずか死ぬ!」
僕はバタバタと暴れながら、自分がいかにまだ中二病であるかを自覚した。だってあの自己紹介、確かに中二の時に考えたやつだもん!
「いいじゃないですか」
会長が僕の腰に手を回す。彼女の左手は僕の上半身を這っていき、右肩にポンと乗った。そこから魔力を感じる。
「まだ面接の途中ですよ?」
咄嗟に身を引くも時すでに遅く、僕の中で何かが弾ける音がした。身体の制御権を失ってペタンと崩れ落ちた床の白い魔法陣から、魔法の鎖が伸びてくる。その鎖に運ばれ、僕は自分の席に戻される。
「あっ……」
その拍子に、僕の仮面が鎖に弾かれ宙を舞う。僕は椅子の上で、三角座りで顔を伏せる。今更素顔を隠すためではない。真っ赤になった顔を見られたくないだけだ。
「なんで……なんでこんなことするの……?」
「すみません、ちょっと意地悪しすぎました。ですがこれで、あなたも私たちの仲間です」
「仲間……?」
「ようこそ、ファムファタール女学院へ。いえ、今日から共学になるので、ファムファタール学院、ですね」
僕は何も答えられなかった。もう帰りたい。おうち帰ってふとん被って寝たい。
「……では、面接に戻りましょう」
そんな僕の気持ちなど露知らず、会長は話を続ける。
「私からの質問は一つです。あなたはどうして、ここにいるのですか?」
「どうして……?」
僕は言葉に詰まった。会長の目が僕を見つめる。
「私は、あなたのことを調べました」
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