4-4 【視点は主人公へ、時間は勇者が結界を発動する前へ戻る】
今は初夏、
「それが、魔導書ですか……?」
一匹のヒノトリが町の上空を飛び回る中、アヤメさんはどこからか、小さな手帳のようなものを取り出した。とてもじゃないが、魔力量から考えても魔導書には見えない。
「そ。名付けて『千歳アヤメの備忘録』。女神様からもらった、正真正銘の魔導書よ。まだ書きかけなんだけどね」
「いや、書きかけの、魔導書……?」
そんなものが、魔導書として機能するはずがない。そんな小さくて薄っぺらい手帳みたいなのが……。
「ちょっとアヤ、ほんとに大丈夫なの?」
ルリさんはそう言いながら、町の冒険者たちと消火活動を続けている。さっきの警報といい、この町の人たちは魔物の襲撃への対応が迅速だ。深夜だと言うのに、火の手が広がるのをすでに食い止められている。第二次魔王城が出現した時の教訓か。それともこの町は、当時もこうして乗り切ったのだろうか。
「大丈夫! 本結界の使い方はさっきラノ君に見せてもらったし、まずはあのヒノトリを捕まえて閉じ込めないと」
「……」
確かに本結界は、敵を閉じ込めるために使うこともできる。僕の
「ですが、勇者様が本結界を使うのは初めてのはずです。 戦場でぶっつけ本番なんて、何が起こるか……」
「でも、あの親鳥、逃しちゃダメなんでしょ?」
「それは……」
黒金の獅子団の卵泥棒は、すでにあのヒノトリに食われたらしい。人の味を覚えた魔物は、また人を襲う。もう生きて森に帰すわけにはいかない。
「それはそうですが……」
とは言えここでヒノトリを撃ち落とせば、墜落した場所は間違いなく火の海になる。かと言って、ヒノトリを空中で消し炭にする程の火力の魔法を使えば、余波でこの町も火の海になる。
「勇者の姉ちゃん、何か秘策でもある感じかい?」
「やっちゃってください、アヤメ様!」
周りの冒険者たちが、無責任な応援を始める。どうやらアヤメさんは、この町の冒険者たちとも良い関係を築いてはいるらしい。
「……」
ここでアヤメさんが本結界を使うのを、無理にでも止めておくべきだったのか。いまだに答えは、出せていない。
「
地面に置いた魔導書に、アヤメさんが聖剣を突き立てる。聖剣の名は
「アヤメミーラ、オンステージ!」
アヤメさんが聖剣を引き抜くと同時に、魔導書のページがパラパラと捲れ上がる。地面から吹き上がった青白い魔力の光が、辺りを包んだ。
「……」
「ここが……」
気がついた時には、僕はどこかのライブ会場、その客席の前のほうにいた。振り返ると、客席には見たことのない数の人間がひしめいているのが見える。舞台上はまだ真っ暗で、誰がいるのかは見えない。でも、この空間に関する知識が、どんどん頭の中に流れ込んでくるのを感じた。いつの間にか手に持っている、これは……。
「サイリウム、というようですね」
「れ、レンさん?」
隣の席に、一昨日ファムファタール女学院で校内を案内してもらった、レンさんがいた。
「会長に様子を見て来るよう言われて来たのですが、まさか勇者の結界に召喚されることになるとは。しかもこの結界、召喚した人間の脳内に、直接記憶を流し込む特性があるようですね」
「記憶を……?」
どうやら本結界の魔法を発動した時点で、周辺にいる人への記憶操作は始まっていたらしい。そもそも僕はマイクスタンドどころか、マイクという名の異世界の道具のこともよく知らない。
「あ! 仮面の兄ちゃんだ!」
「ほんとだー!」
前の席に、昼間に町の広場で会った子どもたちがいた。
「な、何でここに……?」
「わかんなーい!」
「燃えてるおうちから出られなかったんだけど、気づいたらここにいたの!」
「そんなことが……」
子どもたちも、僕やレンさんと同じように結界の外から召喚されたようだ。他にも観客席に、町の住人や冒険者たちの姿が見える。もしかしたらこの結界の応援席に呼ばれるのは、今も生きている人だけなのかもしれない。とは言え席の後ろのほうは、人かどうかもわからない黒い影たちがサイリウムを構えている。さすがにあれは、この結界が作り出した幻だろう。
「そういえば、ルリさんは……」
そう言いかけた時、また記憶が上書きされる。
「いや、ルリさんもソラさんも、キュアソルのメンバーだったっけ」
「あ、始まりますよ、サイカさん」
レンさんに言われて、目の前の舞台を見上げる。
「彼女たちのステージ、アイドルのライブが」
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