第12話 隣人

 一応念のために確認をしておくが、今回に限って言えば俺が仕掛けた罠に掛かったわけでは無い。

 この空樽は魔王がたまたま持ってきたものだし、そもそもでっかいたんこぶはどうしてできたものなのだろうか?


 別に落とし穴に落ちたわけでもなければ他にぶつかった形跡のあるものは無い。


 そもそも空樽で目を回しているのは四天王筆頭のサヴァンである。

 その実力は魔王にも匹敵するどころか、レベルや装備の関係でむしろこちらのほうが苦戦するまであるのだ。


 そんな相手が目を回して倒れているのが不思議で仕方なかった。



「一体何があったんだ?」



 思わず声に出してしまう。

 すると魔王ルシフェルがゆっくりと起き上がる。



「なんだ、もう朝か。……ここはどこだ?」



 飲み過ぎで昨日の意識がないのか、不思議そうに周りを見渡していた。



「なんだ、勇者では無いか」

「……違う」



 どうやらまだ寝ぼけている様子だったので、即答で否定しておく。



「いや、そなたは……」



 魔王が何か言おうとしたが、すぐに口を閉ざしていた。

 それで慌てて何か別の話題がないか周りを見回して、サヴァンの姿を発見する。



「どうしてここにサヴァンがいるのだ!?」

「それは俺の方が聞きたいが?」

「っ!? そなた、サヴァンのことを知っているのか!?」



 思わず口にしてしまった言葉に大げさなくらいルシフェルが反応する。



「そこに転がっている男のことだろう? 詳しくは知らないが」



 心臓の鼓動が早くなりながらも平静を装って言う。



「あ、あぁ、そうだが……、どうして倒れているのだ?」

「朝見たときからこうだったぞ?」

「仕方ない。おいっ、起きろ!」



 ルシフェルが鋭い視線をサヴァンに向けると彼は大慌てで目を覚ましていた。

 そして、俺たちの顔を見てホッとため息を吐く。



「魔王様、ご無事でよかったです」

「うむ、我はなんともないがどうして其方がここにいるのだ?」

「それは魔王様がこちらに一人で出かけられたと聞きまして、さすがに護衛もなしでは危険かと思い、私が来させて頂きました」



 まるで側使いを彷彿とさせる物言い。

 その姿も悪魔でありながらスーツ姿であるところから執事、といっても過言ではなさそうである。


 もちろん、空樽の中に入っていなければ、だが。



――それよりもあの悪魔。ルシフェルのことを魔王って言ってるけどいいのか?



「えっと、魔王……とは?」



 一応聞いておいた方がいいのでは、と思いルシフェルに問いかける。

 もちろん全て知っているのだが。



「それはこちらにおわすのがもちろんまお……ぐはっ!?」



 突然サヴァンの体が吹き飛んでいた。

 何も見えなかったがどうやらルシフェルが何かをしたらしい。


 空樽に入っていることもあり、ころころと転がっていくサヴァン。

 そして、落とし穴の所まで転がっていき、そのまま落ちていった……。



「えっと、あれ、いいのか?」

「気にするな。飲み過ぎて転んだだけだろう」



――飲んでたのはルシフェルで、サヴァンは飲んでなかったんだけど……。



 思わず苦笑を浮かべる。



「それで魔王とは……? ま、まさか……!?」

「い、いや、た、確かに我は魔族を率いている王ではあるのだが、そ、そなたにそんな大それた名前を名乗るのはおこがましすぎるので、ルシフェルと吐き捨てるように言ってくれると……。いや、名前を呼んでもらおうなんてそれこそおこがましいか?」



――なんだろう? やたらと魔王が謙った言い方をしてくる。神託のことを魔王も知っているのか? でもそれなら魔王からしたら敵じゃないのか? もしかしてそう言われたい人なのか?



 不思議に思いつつ、敵意がないことだけ確認する。



「それで魔……、いや、ルシフェルはここにどうしてきたんだ?」

「そ、それは……」



 チラッと俺のことを見てくる。



「お、お前を我が魔王軍に勧誘したくて、その外堀を……」



 どうして外堀を埋めることがヨハンと酒を飲むことに繋がるのか……。

 そもそもどうしてこんなモブの俺をわざわざ勧誘しに来たのか……。



 いろんな疑問は浮かぶものの、魔王軍ということは最終的に勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事だ。

 破滅フラグがお好みなら選ぶことも厭わない。



 ということで、誰もそんな道を歩みたくない。



「悪いがその話は断らせてくれ」

「や、やはり其方は聖女と共に……」



 ルシフェルの視線が部屋の中へと向く。



――まぁ、常に一緒にいたらそう見えるよな……。



「いや、あいつらも断ってるのに居着いてるだけだ」

「……なるほど。そういうことか。それなら我も居着かせて貰おう」

「ま、待て!? どこをどう勘違いしたらそんな結論になるんだ?」

「其方の好感度を一番上げた者の仲間になるのだろう?」

「どこの恋愛ゲームだよ!? 誰にも付く気はないといってるのだが……」



――そもそも付いたところで力が発揮できるはずも無いからな。俺の能力では。



「それを見届ける意味合いもある」

「あと急に居座られてもお前たちが住む部屋もないぞ?」

「むっ、そうか」



 よし、これで諦めて……。



「おい、サヴァン!」

「すぐにご用意いたします」



 突然落とし穴から飛び出てきたサヴァン。

 未だ樽の中に入ったまま、器用に手を動かして、周辺の木々を魔法で切り刻んでいく。

 更に魔法を使い一瞬でそれらをくみ上げ、気がついたときには隣に貴族風の家が出来上がっていた。



「少し狭いが急ごしらえにしては良い感じだ」

「お褒め頂き光栄にございます」



 ルシフェルの満足した声を聞き、サヴァンは一歩下がっていた。



「これで我が隣に住むのは問題なかろう? これからもよろしく頼むぞ」

「えっと、……はいっ」



 さすがにここまで準備されてしまっては断ることもできなかった。



「えっと、リック。これってどういう状況?」



 ガックリとうな垂れていると部屋からマーシャが出てくる。

 ただ、彼女は俺の前にいるルシフェルとサヴァンを見て状況を理解した。



「……敵、だよね?」

「お隣さんだそうだ」

「……へっ!? って何よこれ!?」



 隣に急遽立てられた家を見て、マーシャは思わず声を上げていた。



「色々と出し抜かれるわけにはいかぬのでな」

「むむっ、そういうことね。ボク達も負けないから」



 なぜかマーシャとルシフェルが視線を飛ばしあっていた。



「ところで……」



 マーシャの視線がようやくサヴァンの方を向く。



「この悪魔を樽漬けにすればいいの?」

「やれるものならやってみなさい」



 未だに樽の中に入ったままのサヴァン。

 さすがにいい加減どうして樽に入っているのか気になってくる。

 それはここにいる皆が同じ事を思っていたようだ。



「サヴァン、お前、そんなに樽が好きだったのか?」

「これは魔王様に賜ったもの。大事にして当然にございます」



 そういうとサヴァンは昨日にあったことを話してくれる。




◇◆◇◆◇◆




 牛鬼やオーガよりも先に魔王に話を聞いてもらおうとまっすぐ全力で田舎村へとやってきたサヴァン。


 魔王の魔力を探っていたはずが、田舎村に近づくにつれて魔王のそれをはるかに越える巨大な魔力を感じるようになっていた。



「なるほど……、魔王様はこれを手に入れようと……」



 事情はおおよそ察することができた。

 圧倒的力を手に入れたい、というのは魔族なら誰もが思うこと。

 一人で動いていたのは、もしこのことを魔王様と敵対する誰かに知られては、その力を奪われる可能性があること。



「でも、私くらいには教えて欲しかったですね」



 ただそうなると牛鬼やオーガの行動は魔王様の意に反する結果となりかねない。

 酒樽を持って出向いたと言うことは相手はこの辺り一帯を支配する者、ということだ。


 完全に手中に収めるか、それとも手を組むか、それだけでも他種族に対して優位にことを運ぶことができる。


 とはいえこの魔力……。

 近づこうとするだけでクラクラしてくる。

 意識を保つのがやっとで他のことが考えられない。


 仕方なく普段から使っている魔力察知をなるべく弱くする。


 周辺を探る力は弱くなるが、さすがに人間の暮らす田舎村にそれほどの罠が仕掛けられているとは思えない。


 そして、その予想通り、魔王様の気配を感じた場所にあったのは小さな犬小屋だった。

 その周りに幾つも罠が仕掛けられていたが、これほど稚拙なものはなかった。


 “ここには罠があります”と言わんばかりの見ただけでわかるものしかない。

 こんなものに引っかかるのは獣風情だけだろう。


 むしろここまで堂々と仕掛けられているのが偽物に思えてしまい、裏をかいた罠が仕掛けられているのでは、と疑ってしまうほどだった。


 もちろん他の罠はなく気苦労だったのだが。



「この犬小屋に魔王様がいるのか……」



 少しだけ扉を開け、中を見るとそこには倒れている魔王様の姿があった。



「ま、魔王様!? ど、どうされたのですか!?」



 慌てて魔王に駆け寄る。

 ただ、その瞬間に漂ってくる強烈な酒の匂いで、酔って眠っているだけだと理解する。



「よかった……」

「なんだ、サヴァン。来たのか?」

「魔王様? お目覚めですか?」

「うるさいぞ」



 魔王は手元にあった樽をサヴァンに投げつけてくる。

 突然の剛速球だったが、それをなんとか躱したサヴァン。

 しかし、やや後ろに下がるとそこにあったのは落とし穴。


 もちろんわかっている罠にかかるサヴァンではなく、それを躱したまでは良かったのだが、そこに飛んでくるもう一つの樽までは躱しきれなかった。



「ぐはっ」

「それでも着て大人しくしてろ……」



 そういうと魔王は再び眠りについてしまう。

 一方のサヴァンは樽を思いっきりぶつけられた衝撃で後ろへ吹き飛んでいた。

 そして……。



 ゴンッ!!!!



 地面に突き刺さっていた聖剣に思いっきり頭をぶつけてそのまま意識を失ってしまうのだった。

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