第13話 それぞれの動き

――全く、どうしてリックは動じてないの。



 魔王と対面したマーシャは額に冷や汗をかきながらも平静を装いながら話していた。


 本来なら世界の平和のために倒すべき相手である。

 そのために王国は勇者を呼び出し旅立たせたのだから。


 魔族最強の王と言われるだけあって、魔王の力は強大でマーシャだとどう転んでも太刀打ちできる未来が見えなかった。


 それでもリックから感じた魔力よりは下。

 つまりリックなら簡単に倒せるはずなのに、なぜかまるで動こうとしていない。



――ううん、もしかして気づいてないの!?



 ううん、よく考えるとリックの力はかなり強大である。

 でも強すぎるせいで、他者の力の差異がわからなくなってるのかも。


 そうでなければ魔王や悪魔を前に笑っていられるはずがない。


 とはいえ、マーシャから手を出せるはずも無かった。

 力の差がありすぎて返り討ちにあってしまう。


 リックがこちらに付いてくれるのならそれも解消できるのだけど、彼はどちらにも付かないと言っているのだ。



――魔王に付かれたら世界の終わりなんだけど……。



 それと魔王がこちらに気づきながら手を出してこないのも気になるところではあった。

 凶悪な魔王ならば邪魔になるボク達を排除した上で交渉をすれば他人に取られることもないのに。


 とにかく魔王がすぐに手を出してこないというのならまだまだチャンスはある。

 リックを勧誘できた方が世界を手にする、と考えるとここで全力を出すべき事柄だった。


 それこそ魔王やあの悪魔に無いもので精一杯のアピールを……。

 そこでマーシャは自分の体を見る。

 親友のミリアと比べてかなり貧相な体付き。



――ううん、まだまだボクは成長してるんだからっ!?



 とはいえ、すぐさまリックの勧誘をするなら自分よりも親友に任せた方が良さそうだった。

 やや考えなしに突っ込むところはあるものの女性らしい愛らしさと体付きを持っている。


 一番にリックを見つけたこともあって、彼からの信頼も厚い……はず。



「それならボクがすることはミリアをけしかけることだね」



 マーシャはニヤリと微笑んでいた。




◇◆◇◆◇◆




 自身の住まいを作った魔王ルシフェル。

 ただ家具の類いはまだまだないためにサヴァンは忙しそうに走り回っていた。

 樽に入ったまま器用に動き回っている。



「魔王様、本当にあの男を引き入れるつもりなのですか?」

「当然であろう? かのお方が我々の味方をすると言ってくれればもう我々に負けは無い」

「それはそうにございますが……」

「なにか不安要素でもあるのか?」

「もちろんかのお方の側にいた二匹の人間にございます」

「あぁ、いたな」

「やつらに先を越されることが不安なのです。あれほどの力を持つ者が敵に回ってしまうとそれこそ我らは取り返しが付かなくなってしまいます」



 サヴァンの懸念も最もだった。



「それなら最初からいなかったものとして対処を……」

「いや、何も手を出さなかったらそれこそあいつらの思うつぼだ」

「それならあの人間を先に葬り去るのはいかがでしょう? 相手が居なくなれば説得もしやすいかと」



 確かに勧誘に来ていたあの人間達の力は弱い。

 おそらく軽く魔法を使えばどちらも倒せるであろう。でも……。



「浅はかだぞ。どうしてかのお方があいつらを側に置いていると思う?」

「それは……はっ!? ま、まさか!?」

「うむ、そういうことだろう」

「しかし、女関係となると我々はエリザを呼ぶより他なくなりますよ。そもそもエリザがかのお方の趣味に合うかどうか……」

「無理だろう」

「し、しかし、あの神職者がかのお方の好みなら……」

「話し方で考えるのだな。神職者の方は常に一歩引いてるであろう? つまりは……」

「くっ……、さすがの我々でもすぐにあんな子供を用意することはできません」

「そういうことだ。つまりたかが人間と言えどかのお方の好みの人間を害してしまってはまともに交渉も聞き受けてくれんだろう。下手するとかのお方との全面戦争になるぞ?」

「うぐっ、そんなことになってしまっては我々は滅んでしまいます……」

「そういうことだ。つまり今の我々にできることはいかにあの人間達と争わずにかのお方を味方に付けるか、だ。それとかのお方はこの村の住人にも慈悲深さを見せておる」

「……そ、それはマズいですね」

「――どういうことだ!?」

「この村に牛鬼が攻め込もうとしております。魔王様がこの辺りに何度も足を運ばれていると聞いて周囲を支配して献上するために」



 サヴァンの言葉を聞き、魔王の動きが固まる。



「そんなことをしたら返り討ちにあった上に魔族領すらも滅ぼされるかもしれんぞ!?  すぐに止めさせろ!!」

「それがまるで止まる様子はなく、一応牛鬼を止めるためにオーガを派遣しました。ですが……」



 サヴァンは頭を押さえる。



「まさかこのようなお方が存在するとは思わずに牛鬼を止めた上で魔王様のためにこの辺り一帯を支配するように……と」

「そ、それは本当にマズいぞ。四天王が二人も来たとなると我がここにけしかけているようではないか!? せっかく秘蔵の酒を使って、奴が懇意にしている村人から手を回していたところだったのに」

「……わかりました。非常事態ですので少々荒技で止めて参ります」

「うむ、頼んだぞ。そのためなら何でも使ってもいいからな」

「……そうですね。それならいっそのことかのお方にこのことを相談されてはいかがですか?」

「なにっ!? わざわざ我の失態を話すのか?」

「前もって話しておけば何か良い案がもらえるかもしれませんし、魔王様の失態も少し減ります」

「そ、そうか……。それなら今すぐに相談へ行くぞ!!」

「いえ、かのお方の家はボロ……、少々小柄ゆえに我々の館へ来て頂いた方がよろしいです。その方が歓待もしやすいですので」

「よし、それならすぐに呼び出すぞ」




◇◆◇◆◇◆




「……という訳なんだ。力を貸してくれ」



 突然ルシフェルからの呼び出しがあって来てみれば、この村を襲おうと四天王が二人も向かってきているらしい。

 しかも軍勢を率いて。


 もはやRPGじゃなくて別ゲームになっていませんか……。


 という愚痴は誰にも通じないので心にしまっておく。



「力って俺にできることなんてまるで無いぞ?」

「し、しかし、このままでは我のせいでこの村が襲われてしまう。それを防ぎたい」



 そういえばルシフェルはなんだかんだ、この村に来るのは二回目だった。

 しかも俺の所に来るのではなくて、ヨハンの所へ行って一緒に飲んでいた。


 意外とこの村の雰囲気が気に入ったのだろうか?


 それならこのまま世界征服を止めて人間達と手を取り合う道も存在するのかもしれない。


 そうなるなら俺自身の平和も約束され、危険な旅に連れ出されることも無い。

 とはいえ、俺に策があるかと言われたら全くない。


 いや、ここは勇者パーティーの二人に相談すべきだろう。



「ミリア達はどう思う? 俺たちに何かできると思うか?」

「はいっ」



 ミリアが即答する。

 さすが聖女。こういうときに頼りになる。



「リック様が吹き飛ばしたら解決です!」



 満面の笑みで最もあり得ないことを言ってくる。

 そんなことできるはずもないのにまるで疑いもしてない。



「……却下だ」

「ど、どうしてですか!? 以前使われたあの魔法なら……はっ!? そ、そうですね。あれはさすがにダメですよね」



 ミリアの前で見せたこと、といえば落とし穴のことだろう。

 一人二人落とすだけならそれで十分だろうけど、さすがに大軍となるとまず掛かるはずが無い。


 やっぱりここは賢者たるマーシャが頼りになる。



「うーん、さすがに大軍を全滅させる必要もないしね」



 どうしてお前たちは俺が相手の軍を消滅させる前提で話を進めてるんだ?



「そもそもオーガと牛は戦い合おうとしてるんだろ? なら軍じゃ無くて個々で……。それこそ一騎打ちすべきじゃないのか?」

「それしかないか。中々優秀な部下だったんだが……。済まないがそれで頼む」



 魔王になぜか肩を叩かれる。



「いや、なんで俺が戦うことになってる?」

「今一騎打ちすると言ったじゃないか? 其方にやられるのであればあいつらも本望だろう」



 いやいや、どう考えても俺がやられるでしょ?

 そこっ! みんなして頷かない!!



 結局俺以外に反対意見を出す人間がいなくて泣く泣く四天王に一騎打ちを申し込むことになっていた。


 ……逃げても良いか?

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