第5話 勇者の魔法?
――勇者様……、大丈夫でしょうか?
村民の避難を誘導しながら聖女ミリアは不安げに何度も勇者の方を見ていた。
今はもうその姿は見えないけど、それでも何か異変でもあるとすぐに駆けつけるつもりでいた。
勇者様が言うように村民の避難が大事と言うこともよくわかる。でも、もし勇者様の身に何かあったら……。
黙っていると不安が押し寄せてくる。
そんなとき突然辺りが明るく照らし出された。
夕刻時の夕焼けを更に色鮮やかにした真っ赤な光。
まるで太陽が落ちてきたのかと思われるそれは地についた瞬間に凄まじい音と光を轟かせていた。
親友に賢者がいるミリアですら見たことのない威力の魔法である。
とてもじゃないけど、ただの人が放てるレベルを優に超えている。
この村でそれだけの威力を持つ魔法を放てそうな人物は……。
「も、もしかして、今のを勇者様が!?」
それ以外に考えられない。
それと同時にどうして勇者様が自分を共に戦わせてくれなかったのか理解できた。
――私を巻き込まないため?
ふらふらと勇者様の魔法が落ちた場所へと行くとそこには何も残っていなかった。
本来魔物を倒した際に残る魔石すらもほとんど溶けている。
かろうじていくつか限界すら残っていないものの魔石らしき液体が残っている程度。
――この威力の魔法を当たり前に使うのなら私は邪魔になりますよね。
改めて“真なる勇者”の力に驚愕してしまう。
――勇者様には仲間なんていらないんですね……。だから勇者様は自分が勇者であることを隠そうと……あれっ?
それだとわざわざ表札だと言って聖剣を見せつけてくる理由がわからない。
あれだと自分が勇者だと言っているようなものだった。
――もしかして勇者様は本当は一人が寂しくて仲間に誘って欲しがっているのではないでしょうか!? でも、危険な旅に連れて行けるほど実力の伴った方が見つからなくて正体を隠しているのかも。
「きっとそうですね。それなら頑張って自分を鍛えましょう! いつか勇者様を勧誘するために!」
ミリアはグッと両手を握りしめて気合いを示す。
「あと、マーちゃんにも連絡しないと。きっとさっきの魔法だとマーちゃんも興味を持ってくれますね。マーちゃんの実力があれば勇者様を勧誘できるかもしれないですし」
にっこりと微笑むと勇者様のところへ戻るのだった。
◇◆◇◆◇◆
倉庫から食料を取り出そうとしたその瞬間に突然その影から黒い何かが飛び去っていった。
――烏でもいたのか?
この世界では一度も見ていなかった烏だが、いたとしても別に驚かない。
でも、このタイミングで見るのはあまり良い思いは抱かなかった。
なにせ烏は“不幸を運ぶ鳥”である。
よくないことでも起こるんじゃないだろうか?
そんな予感はすぐに当たってしまうのだった。
ゴブリンがいると言われていた場所に突然太陽が落ちてきたのだ。
いや、本物の太陽ではないのだが、突然眩いばかりの光源が現れたかと思うと、次の瞬間に大爆発を引き起こしていたのだ。
村までも影響は比較的少なかったものの、それでも突然の突風と爆音。
そのあまりの威力に俺は口を閉ざしていた。
――相手はあってゴブリンキングだと思ったのにそれ以上の存在が居るのか!?
ゲームでも見たことがないほどの威力の攻撃に思わず絶句してしまう。
あんなものをくらえばモブの俺は跡形も残らないだろう。
むしろオーバーキル。
あんなもの、どうやったら防げるのか想像もつかなかった。
――一体どんな相手が? ゴブリン対策が効くのか? 今すぐに逃げた方が良いんじゃないか? でも、そうなると聖女はどうなる?
頭の中で色んな思考が巡り、答えがまとまらない。
今の威力を見る限り黒幕に匹敵しそうな相手が襲ってきたとしか思えない。
黒幕……。
落とし穴……。
今から落とし穴を作ってる時間もないだろうし、これほどの力を持つ相手が落とし穴にかかるはずがない。
――いや、違うだろ!?
必死に首を振って考えを否定する。
とにかく今わかってることが一つある。
先ほどの悪い予感が見事に的中して最大級の危機が迫っている、ということだ。
すっかり先ほどの衝撃が納まり、逆に物音一つ無い。
日も次第に沈み、徐々に暗くなっている。
そんななか、ゆっくりと近づいてくる一つの影。
――敵かっ!?
武器も何もないために拳を握りしめる。
ただ、モブである俺が対応できるとも思えない。
しかし、何もできないと待っているのは死、だけだった。
嫌な汗が額から流れる。
ゆっくりと近づいてくる影はブンブンと長い何かを振り回している。
――あれだけの魔法を放ちながらも剣士なのか!?
ゲームに登場する魔法剣士は総じて器用貧乏な能力をしていた。
勇者もそれに当たるのだが、専門職には負けるくらいの能力しか発揮できずに結局は控え行きに。
しかし、今回の相手は既に魔法でもトップクラスの能力を持っている。
その上肉弾戦までできるとなると……。
「く、来るなら来い!!」
「はい。わかりましたー!」
覚悟を決めた俺の叫びに返事をしてきたのは、聞き覚えのあるのんびりとした声だった。
そして見えてきたのは聖女ミリアが手を振って走ってくる姿だった。
――どうしてミリアがゴブリン達がいた方から来るんだ!? まさか先ほどの魔法は……、いやないな。
ミリアが使える攻撃魔法は聖属性によるもので、高威力のものはほとんどない。
太陽を落とすクラスの魔法だとむしろ魔法職である賢者の領分だった。
「勇者様、見てましたよ、さっきの!」
なぜか非常に興奮した様子で捲し立ててくる。
「えっと、何を見てたんだ?」
「またまたぁ。さっきの魔法ですよ。すごいですよね。魔物たちが跡形も無かったですよ」
どうやら先ほどの魔法は魔物たちが放ったものではないようだった。
それにこの話し方だとすでにゴブリンたちが倒されているような言い方だ。
――俺が魔法を使ってゴブリンを倒したと思ってないか?
俺はずっとこの倉庫にいたのだから無関係だとわかるはずなのだが。
「いや、さっきのは俺じゃないけど?」
「あっ、そういうことですね。わかってますよ。私にはわかってますからね!」
むふぅ、と鼻息荒くしている。
どう考えてもわかっていない表情である。
とはいえ、この様子だと魔法を放った相手もいなくなったようだ。
襲ってくるゴブリンも消えたのなら危機は去ったと考えて良さそうだった。
いくつも疑問が残る結果でなんだかモヤモヤとしてしまうが。
「とにかく、助かったな」
「私は大丈夫だと信じておりましたよ。なにせ勇者様がおられるのですから」
「あのな……、だから俺は勇者じゃないって」
「それではどうお呼びしたらよろしいですか?」
期待のこもった視線を送ってくるミリアにため息を吐きながら言う。
「俺のことはリックと呼んでくれたらいい」
「えへへっ、かしこまりました。リック様」
「別に様はいらないぞ……」
「これは口癖みたいなものですから」
それなら自然と付けてしまうのも無理は無いかもしれない。
ゲーム中でもずっと勇者のことを“様”付けで呼んでいたほどだからな。
◇◆◇◆◇◆
王都にある魔術塔と呼ばれる建物の一室で、子供に見間違うほどに小柄な少女が手紙を見ていた。
そのすぐ側には少女の身の丈ほどある巨大な杖と被ってしまえばほとんど顔が隠れてしまう巨大なツバを持つとんがり帽子、あとは裾よりも長い丈のある黒いローブが掛けられていた。
肩ほどまでの茶色い髪は非常に癖が強く至るところかクルッと丸まっている。
その髪を弄りながら少女はうなり声を上げている。
大きくくりっとした目も今や鋭く険しいものとなっているほどに。
「どうして考えなしに行動するのよ、あの
持っていた手紙に書かれていた内容は。
『勇者様、見つけましたよ。すっごい魔法を使う人なんです。すぐに来てください』
たったこれだけである。
そもそも使っている紙が大神殿で使われているそれじゃ無かったら、聖女ミリアからの手紙かもわからない。
――しかもすぐに来てください、と言っているにも関わらず場所すらも書いてないってどういうこと!?
興奮したらまるで周りが見えなくなるあの子らしいとも言えるのだが、それはそれで誰かに騙されているのでは、と心配になる。
そもそも勇者といえば、つい最近この王都から旅立った、と言う話を聞いている。
――国王もしっかり認定している勇者がいるにも拘わらず全く別の人物!?
あまりにも突拍子の無い手紙に頭を悩ませている。
でも、彼女は親友。
「はぁ……、ボクが行くしかないよね? どう見てもあの
少女はとんがり帽子を被り、ローブを着ると巨大な杖を持ち、外に出ようとする。
その瞬間にローブを踏んづけてしまい、勢いよく倒れてしまう。
「痛っ!?」
慌てて起き上がるとマントを煩わしそうに見る。
「全く。どうして賢者はこんなローブを着ないといけないの。せめてサイズくらいは合わせてよ」
そもそもこんなに小柄な子が賢者に選ばれることは想定されていなかったのだ。
魔法職の最上位、賢者に与えられる杖と帽子、ローブは背丈の高い大人が着ても問題なく着られるサイズ。
つまりは子供の少女だと大きすぎるものだった。
ローブに悪態をつきながら少女は聖女ミリアの行き先を聞くためにまずは大神殿へと向かうのだった。
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