第11話 酔いどれ魔王

 牛鬼が全軍を上げて、田舎村へ襲いに行った後、他の四天王達はとある場所に集まっていた。



「牛鬼め、面倒ごとばかり増やしやがって」



 怒りの露わにするのは鬼族の長、オーガだった。



「元々あの牛さんは頭が足りてなかったので仕方なかったのでは?」



 オーガを窘めるように言うのはエリザ、もといヴァンパイアの姫エリザベートである。



「わたくしとしてはあの牛さんが勇者を手放してくれたおかげで良い手駒にできそうでありがたいですけどね」

「ふんっ、どうせ軟弱者だろ? 俺の手勢にはいらんな」



 オーガとエリザが視線をぶつけ合う中、一人腕を組み目を瞑っていた悪魔、サヴァンが声を上げる。



「捨て置けばいいだけです。どうせ牛鬼はこの四天王でも最弱の存在なのですから」



 言葉数は少ないもののそこから放たれる圧にオーガもエリザも口を閉じる。



「そんなことよりも魔王様です。先日もフラッと出ていかれましたが、どこに行かれたか知らないですか?」



 サヴァンの鋭い視線にエリザたちはまるで心臓を掴まれたような感覚に陥る。

 少し呼吸を荒くしながらエリザは言う。



「た、確か人間の領地へ向かわれたかと思います。えっと、田舎の方の名前もない村です」

「そこって確か牛鬼が向かったって言う……」

「……なるほど。確かに利に聡く頭の弱い牛鬼が考えそうなことですね。魔王様がどんな用でその田舎村に行くのかわかりませんが、その用事のために先んじて支配しておこうということでしょう」



 サヴァンの言葉にオーガが怒りの声を上げる。



「やはり功績だけで四天王を名乗るなんておこがましすぎる!! あんな奴、即刻排除してやろうぜ!」

「しかし、魔王様のために動いているとなると手を出せないのも事実。どうしますか?」

「魔王様と合流する前に滅ぼせば良いだけではないでしょうか? そして、彼の地を我々が支配して魔王様に献上すれば良いだけです」

「なるほど。それは確かに良い考えだな」



 オーガが腕を回し始める。



「わたくしは勇者の調教に力を入れたいところですけど」

「それも大事なことです。相手は所詮牛鬼。我々全員が行かなくてもいいでしょう」

「おっし、それなら俺が一暴れしてくるぞ!」

「くれぐれも魔王様だけは攻撃してはなりませんよ。この企みがバレてしまえば魔王様になんとお叱りを受けるか」

「はいはい、わかってるよ」



 手をヒラヒラと振ると先にこの場を退出していた。



「……本当に一人で大丈夫でしょうか?」

「牛鬼一人が相手ならば問題ないでしょう」

「いえ……、魔王様がどうしてそんな何もないところにわざわざ行くのか、と思いまして……」

「それはどういうことにございますか?」



 サヴァンがエリザの言葉に興味を抱いていた。



「もしかすると何か捜し物があるか、それとも勧誘したい人物がいるのか……」



 エリザのその言葉を聞き、サヴァンが少し考え込む。



「もしだれかを勧誘するのならば支配化に置くのは逆効果となりかねませんね。わかりました。それでしたら支配まではさせないように私が動きましょう」

「よろしくお願いします」



 サヴァンが言うとエリザは頭を下げていた。

 それもそのはずでサヴァンは魔王に匹敵しそうな能力を持っている四天王の筆頭。

 その実力は牛鬼はもちろん、エリザやオーガすらも遠く及ばない。


 普段は魔王の側に控えていることが多いサヴァンが珍しく自分から動くというのだからこの件はもはや解決したも同然だろう。


 サヴァンを見送ったエリザは安心感からか、ため息を吐いていたのだった。




◇◆◇◆◇◆




 先日倒したばかりの牛鬼の他に、四天王のオーガ、更には筆頭四天王サヴァンと魔王すらも向かってきているなんてことはつゆ知らずに俺は邪魔な場所に刺さっている聖剣をいかにして動かすかを考えていた。



「なにか掴むようなものを使えば動かせないか?」



 ふと思い立ったので木で菜箸のようなものを作り、触れてみようとする。

 その瞬間に聖剣から声が聞こえてきた気がする。



“や、やっと触れていただけるのですね、勇者様”



 感極まったような嬉しそうな声が脳内に聞こえた気がしたので、慌てて触れるのを止める。

 すると、なぜか聖剣はガッカリしたような雰囲気に見えた。



――危ない危ない。まさか物を経由して触れてもダメだったとは。



 それと同時に声が聞こえてきたと言うことは、どうやら俺はあの聖剣を装備できるようだった。



――やっぱり動かす手段はない……か。



 いっそミリアやマーシャに本物の勇者を連れて来て貰ってこの聖剣を引っこ抜いて貰うのはどうだろうか?


 でもせっかく表札だと誤魔化しているのに、“実は聖剣でした”なんて言えるはずもない。

 どうしてこんな所に聖剣があるのか、という説明をしないといけない。



――突然魔王が現れて置いていった、なんて言えるはずないだろ!?



 結局邪魔だと思いながらもそのまま放置するしかないようだった。



 その日の夜、ヨハンと魔王ルシフェルが酔っ払い、肩を組みながらやってくる。



「あははっ、ルーさんは中々いける口だな」

「当然だ。この我に勝てる奴なんて早々いないからな」

「そうかそうか。もう一杯いっとくか?」

「ふむ、頂くとしよう」



 ルシフェルがふらつく足取りで酒樽を持ちあげると一気に中身を飲み干していた。

 その様子を楽しげに笑うヨハン。


 声が聞こえて扉を開けた俺だったが、そのままゆっくりと扉を閉めようとして……。



「何も閉めることないだろ? せっかくお前を誘いに来てやったのに」

「酔っ払いの相手をするつもりはないからな」

「ふははっ、この程度で酔う訳がないだろ」



 ルシフェルが高笑いしているが顔は真っ赤で千鳥足。しかも陽気な態度を見ている限り、どう考えても酔っている。ヨハンも同様だが。



――そもそも魔王って酔うんだな……。



 とはいえただでさえ魔王なんてこの家に面倒ごとしか運んでこない。

 しかもそれが酔っ払っているなんて、危険以外の何物でも無い。


 しかもヨハンは俺の家にミリアやマーシャが住んでいることに怒っていたはず。

 “裏切り者”と。

 俺からしたら一切裏切ってもいないし、普通にしているだけなのだが。



「……それで何の用だ?」

「何って、そろそろお前が振られてるだろうから慰めに来たところだ」

「あぁ、そうか。ありがとな」



 それだけ言うと扉を閉めようとする。



「待て待て。何もお前を肴に飲もうとしてるわけじゃ無い。お前も一緒に飲もうじゃないか」

「そうだそうだ。せっかく我が極上の酒をいくつも持ってきてやったのだぞ?」

「その酒ってどこにあるんだ?」

「どこってここに……」



 魔王が持っていたのは全て空樽だった。

 もう二人で飲んでしまったのだろう。



「待て待て。こんなこともあろうかと……」



 ルシフェルは大慌てで何もないところから酒樽を取り出していた。



――その前に空樽を片付けてくれ……。



 そんな俺の願いは華麗に無視される。



「ふははっ、城の酒蔵を空にしてやった」



 楽しそうに笑うルシフェルだが、今頃その城では大騒ぎになってるんじゃ無いかと少しだけ心配になる。



「リック様、お客さんですか?」

「こんな遅い時間に誰が来たの?」



 玄関先で話し込んでいたことを不思議に思ったミリアとマーシャが顔を出す。

 するとヨハンがすぐさま真っ赤な表情になる。



「あっ、えっと、その……」

「貴方は以前来られたリック様のお友達ですね」



 満面の笑みで話すミリアにヨハンは頷くことしかできなかった。



「それでそちらの方は……」

「我か? 我こそはかの魔族を支配せし王のもごもご……」



――何を言い出すんですか、この魔王は!!



 俺は慌ててルシフェルの口を塞いでいた。



「魔族の王?」

「いや、違う違う。魔族が支配する地の近くにある町から来たらしい」

「そうなるとリッケンブルクかな? 大変なところだもんね」



 マーシャが具体的な地名を挙げてくれるのでそこに乗る。



「そうそう。だから酒でも飲んでないとやってられないそうだ」

「そっか……」

「うぅぅ……、ルーさん、そんな大変な所から来たんだな」



 なぜか隣で泣いているヨハンだったが、突然スイッチが切れたように倒れ、眠ってしまう。

 ルシフェルもその隣で高いびきをかいていた。



「さて、用事も済んだことだしこのまま帰るか」

「さすがに外だと風邪を引きますよ」

「はぁ……、仕方ない」



 俺はヨハンたちを頑張って引き摺って家の中へと入る。

 もちろん寝る場所は無いためにそのまま玄関に転がして置いた。

 そして次の日……。


 相変わらず玄関では二人がイビキをかきながら眠っている。

 ただなぜか玄関の扉が開いていた。



――ま、まさか泥棒!?



 慌てて取られたものがないか確認したが、別に部屋は漁られた形跡がない。



――もしかして玄関に人が寝てるとは思わずに驚いて逃げて行ったのか?



 最善のタイミングで眠ってくれたのかもしれない。

 そんなことを思っていると外に人影があるように見えた。



「……あれっ?」



 よくみると昨日ルシフェルが置いてた空樽の中に大きなたんこぶを作り目を回している悪魔の姿があったのだ――。

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