第10話 経験値ゼロ

「ぷはぁ……、た、助かった……」



 落とし穴ごと埋められてしまった牛鬼は息ができなくなる前に、いざという時に持っていた転移の魔道具を使い、己が住処としている城へと戻っていた。



「お帰りなさいませ、牛鬼様」



 牛鬼が戻ってきたのを知り、部下の魔族が頭を下げる。

 とはいえ、普通に帰ってきたのではなく、転移して帰ってきたのでただ事ではない、ということは理解していた。



「あのクソ忌々しい勇者め!!」



 腰掛けた椅子を力強く叩く。

 その瞬間に肘置きが折れてしまうが、牛鬼はそのことを全く気にしない。



「勇者……でございますか? あの弱い……」

「違う!! あんな奴、どうせ本物を隠すためのフェイクだ!」

「つまり真の勇者がいる、ということですか?」

「そうだ。それで俺様はそいつに殺されかけた。転移の魔道具を持っていたからなんとか逃れることは出来たが……」

「あれは一度きりの魔道具ですもんね」



 登録した場所に一瞬で戻ることができる“転移の魔道具”。

 作中にもその名前は登場するものの同様の転移魔法を勇者や賢者が使うことができるためにかなり存在感が薄れていた。


 とはいえ、魔法を使うことができないものでも使える点からかなり重宝されている魔道具だった。



「それよりもあの勇者だ!! 卑怯な搦め手ばかり用意しやがって。まともに戦いやがれ!!」



 牛鬼は四天王随一の力を持っているが、その反面頭が弱い。

 攻撃もその力を生かした物理攻撃しかしないために四天王最弱と言われることも多々あった。


 もちろん牛鬼はそんなものを認めるつもりはなかった。



「……軍だ!!」

「なんでしょうか?」

「全軍であの勇者を攻める!! すぐに準備をしろ!!」

「あ、あの、全軍だと人間の町を襲っている軍勢も……?」

「もちろんだ!! 勇者に馬鹿にされたままだと俺様の気がすまん!! あの勇者、俺様を焼き肉にして食うとか言いやがったんだぞ!!」

「ぷぷっ、牛鬼様を食べても美味しくなさそうなのに。痛っ」



 部下の魔族は思いっきり殴られ、頭を押さえていた。



「痛いですよ、牛鬼様」

「いいから早く準備をしろ! 殴られたいのか!!」

「もう殴ったあとですよぉ……」



 魔族の男は涙目で慌てて軍に連絡をつけていた。



「待っていろ、次こそは俺様が勝つからな!!」



 あの勇者が用意している罠は二つ。

 吊り下げ罠と落とし穴。


 目立つように設置されているためにあるとわかっていたら誰もかからないだろう。

 あんなものにかかってしまった自分が腹正しいほどに。




◇◆◇◆◇◆




「うーん……」

「どうしたのですか、リック様?」



 牛鬼を埋め終えたあと、自身の能力を調べていた俺はその結果に思わず唸っていた。

 確かに直接戦っていた訳ではない。


 しかし、四天王である牛鬼を倒したことには違いないはず。

 それなのになぜか俺のレベルは1のままだった。



――もしかしてモブである俺はレベルが上がらないのか?



 確かに今までレベルが上がったことがないために本当に上がるかはわからない。

 落とし穴にはめて埋めるってやり方では経験値がもらえないだけかもしれない。


 とはいえ、間接的に倒すのがダメなら俺のレベルを上げる手段がないのだが……。



「いや、牛鬼のことでな……」

「お肉は残念でしたね……」

「本当に食べるつもりだったの!?」



 マーシャが驚きの声を上げる。



「だって顔は牛だけど体は人なんだよ!?」

「鍛えた牛さんですね」

「筋肉が多いとあまり美味くないっていうな」



 人型を直接解体するのはあまり気持ちのいいことではないものの、この世界だと二足歩行のオークとかは普通に食べられている。

 むしろほどよい脂がのっていて美味しいのだ。


 豚面のオークが美味いなら牛面の牛鬼も霜降り肉的な味なのかと思ったのだけど、確かに筋肉がありすぎても美味しくないというのはありそうだった。


 それに言葉を話せないオークとは違い、あの牛鬼は普通に喋れてたから食べるのは珍しいのかも知れない。



――ってそうじゃなくて……。



「いや、もし本物の四天王ならあのくらいで倒せてるのか、って思ってな」

「多分難しいと思うよ」



 俺の疑問にマーシャが即答する。



「ボクだって同じだけど、あんな逃げられない状態になったら転移の魔法を使うからね」

「あー……、行ったことのある町へ飛べるってやつだよな?」

「そうそう。完全に天井が塞がってたら使えなくなるんだけど、埋まる途中に使えば抜け出せると思うよ」



 つまり経験値が入ってない可能性として、まだ倒せてないというのがあるのか。



――それってマズくないか?



 すでに倒せてる前提で考えてたけど、もしまだ倒せてないのなら埋めようとした俺にかなり恨みを持っているよな?

 つまりすぐにまた襲ってくる可能性があるということだ。


 更にこの家にある罠が全てバレている、ということになる。

 まだ試作も出来てない状態で別の罠を作らないと行けないのか……。



――逃げるか?



 元々俺としたら平穏な生活を送れたらいいだけだった。

 それが知らないうちに四天王が襲ってきたり……。



――勇者より仕事をしてるんじゃないか?



 とはいえ、俺のせいでこの村の人たちに危害が及ぶのはもうしわけない気もする。


 自然と俺の視線が聖剣の方を向く。


 とんでもない能力を持っている勇者専用の武器。

 装備すればおそらく攻撃面では四天王に匹敵するとは思うが、自分が勇者だと主張するようなものになる。



――さすがに使えないな。というかいつまでもこんなところにあったら邪魔だな。



「でも、リック様が本気を出せば何の問題もないですよね?」



 なぜかミリアが問答無用に俺のことを信用していた。



「……それもそうね。心配して損したかも」

「ちょっと待て!? 俺にそんな力はないぞ」

「うんうん、わかってるよ」



 むしろ全くわかってないのだけど……。

 こうなったら勇者が先に牛鬼を倒してくれるのを期待するしかないかも知れない。




◇◆◇◆◇◆




 一度は四天王牛鬼の軍団に敗北した勇者ラグーン。

 一人では魔王はおろか、その配下にも勝ち目がないとわかり王都で仲間を募集していたのだが……。



「なぜだ、なぜだれも引き受けてくれない」



 酒場で酒を飲みながら愚痴を言っていた。

 勇者の行動に賛同している大神殿や魔術塔に協力を依頼したのだが、誰も仲間になってくれる人間はいなかった。


 そもそも聖女はずっと不在らしいし、賢者は変わり者一人を除いて魔王より研究を優先したいとのことだった。


 剣で戦う勇者からしたら魔法職は仲間にしたかったのだが……。



「あの、もしかして勇者様……でしょうか?」

「あぁ……、誰だ?」



 既にかなり酔いが回っているラグーンの前に現れたのは妙に露出の多い服を着た女性だった。

 長い赤髪で片目が隠れているその姿にラグーンは思わず息を飲んでいた。



「わたくしは魔法使いのエリザといいます。なんでも勇者様が共に旅をするお仲間を捜されていると聞きまして……」

「それは……捜しているが誰も仲間になってくれなくてな」



 そもそも本来の仲間達は半数以上が田舎村へ行ってしまっているので仲間にしようもないのだが……。



「それならわたくしはどうでしょうか? こう見えてもそれなりに高威力の魔法を使うことができるのですが」



 わざわざ胸元を開けながら言うエリザにラグーンの視線は釘付けだった。



「し、しかし、まだまだ俺はお前のことを知らないから……」

「もっと深い仲になればよろしいのですか?」



 意味深に唇を舐めるエリザにラグーンは再び息を飲んでいた。



「そ、そうだな。しっかり仲が深まれば考えても良いな」

「ありがとうございます、勇者様」



 その豊満な胸を勇者に押しつけながらお礼を言ってくる。

 ラグーンは鼻の下を伸ばしてエリザのことを眺めていたのだった――。

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