第9話 野生の四天王

 そもそもどうしてこんな所に四天王が現れたんだ?

 とつぜん田舎を歩いていたら野生の四天王が現れた、なんてクソゲーにもほどがあるだろ?


 それをいうなら突然黒幕も魔王も聖女も賢者も現れているので、今更と言えば今更なのだが。



「どうかしましたか?」



 ミリアが不思議そうに家から出てくる。



「牛を捕まえたぞ」

「これは……、でっかい牛さんですね。さすがはリック様」



 牛鬼を見てミリアは感嘆の声を上げる。

 すると当然のごとくマーシャからのツッコミが入っていた。



「違うよね!? どうみても違うよね!?」

「さすがに俺一人だとこんなデカい牛は解体できないな」



 とはいえ、魔物の解体ならヨハンに任せておけば大丈夫だ。

 普通の魔物じゃ無いのに引き受けてくれるかどうかは不安なところだけど。



「ぼ、ボクがおかしいの? ボクだけ違うものが見えてる?」



 なぜかミリアが俺の意見に同意してくれているので、マーシャが余計に混乱していた。

 もしかするとミリアは四天王牛鬼の姿を知らないのかもしれない。


 そもそも普通に暮らしていて知っているものがどれだけいるのか。

 まずこの田舎村には知っているものなんて居ないだろう。


 そして、それを表すようにヨハンがやってきて早々、驚きの言葉を発していた。



「よう、リック。って今日はやけに大物の牛を狩ったんだな」

「勝手に罠に掛かっただけなんだけどな」

「やっぱり牛? 牛鬼みたいな牛? もしかしてこの辺りの人たちって牛鬼クラスの魔物を簡単に狩りまくってるの?」



――いやいや、四天王クラスをそう簡単に狩れるはずないだろ?



 とはいえ、俺と言うよりは村の人全員がすごい、という方向に持って行けるのはありがたいかもしれない。

 なにせミリアの神託でこの辺りに“真なる勇者”がいることまではバレているのだから。



 誰が勇者でもおかしくないとなるとこの二人も俺に付きまとうのは止めてくれるかもしれない。



「それで解体は俺がしたらいいんだよな? お前はいつも通り肉が欲しいのか?」

「あぁ、頼む。三人分な」

「んっ? 三人?」



 リックは不思議そうに首を傾げる。

 そこでようやくミリアやマーシャに視線が向く。



「って、お前、もしかして……」

「大体はお前の想像通りだろうな」



 情報通のヨハンのことだ。

 おそらくは俺の家に聖女が押しかけてきて、それを追いかけるように賢者がやってきていることまで掴んでいてもおかしくない。


 付きまとわれて帰って貰えないことくらいお見通しなのだろう。



「くっ、まさか既に結婚して子供までいるなんて、この裏切り者め!!」



 確かに一つ屋根の下に三人で暮らしている、となるとそれしか考えられないかもしれないが、俺からしたら全くの誤解だった。



「……違う」

「あっ、えっと、私がリック様の奥様……」



 ミリアは顔を真っ赤にして照れる一方のマーシャは怒りで顔を赤くしていた。



「誰がお子さまだよ!?」

「あれっ、違うのか? まさかお前……、こんなちっこい子が妻だというのか……。ならこっちのお姉さんはください!」



 ヨハンにプライドは無いのだろうか?

 直角に頭を下げて手を出してくるが、ミリアはそれを無視する。



「リック様、こちらの方は?」

「あぁ、俺の親友の……」

「お前なんか友達じゃなーい!!」



 ヨハンはミリアに無視されたことで、涙を流しながら走り去って行った。



――ヨハンがいないと解体ができないんだけど……。



「賑やかな方でしたね」

「こんな一面があることは初めて知ったけどな」



 思えば同世代の異性はこの村にはいなかった。

 だからこそヨハンも暴走してしまったのかもしれない。



――あれっ? もしかして俺、この村中に敵を作ってないか?



 少し不穏な気配を感じたものの村には若い人自体がほとんど居ないために何も問題ないだろう、と結論づけていた。



「ところで……」



 ミリアの視線が牛鬼に向く。



「この牛さん、どうしますか?」

「うーん、さすがに俺たちだけじゃ多すぎるよな?」

「あまり聞きたくないんだけど、何が多すぎるの?」



 マーシャが不安そうに聞いてくる。



「えっ? 牛と言えば焼き肉じゃ無いか?」

「食材を無駄にすると神様に怒られますよ?」

「えっと、これが……食材?」



 マーシャは困惑した様子を見せていた。

 とりあえず俺は家にあるナイフで軽く血抜きをしようとそのまま刺してみる。

 すると……。



「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 牛鬼の大きな声が辺りに響き渡る。



「う、牛が……、喋りました!?」

「そら喋るでしょ? 四天王だし……」



 マーシャは冷めた視線を送ってくる。



「くっ、卑怯な真似を……。この俺様が魔王軍四天王の牛鬼様だと知っての狼藉か!!?」

「卑怯って俺は特に何もしてないぞ? そもそもこんな見え見えの罠を魔王軍の四天王ともあろう方が掛かるはずないだろ? さては偽物じゃないのか?」

「あっ、やっぱり偽物の牛さんなんですね。本物の四天王かと思ってびっくりしてしまいました」

「た、確かに君の言うことも一理あるね……」

「ぐぬぬっ……」



 さすがに今回の罠が普通にしていたら掛かるものではないということはマーシャもわかっていたらしい。

 牛鬼は何も言えずに唸っていた。



「と、とにかくここから降ろせ!!」

「降ろしたらそのまま襲ってくるだろ?」

「当たり前だ! この俺様にこんな真似をしやがってただで済むと思うな!!」



――そんなことを言ったら降ろすわけないよな。



「えっと、本物の四天王かもしれないしこのままやっつけてもいいかな?」

「そうですね。平和のためにやっつけちゃいましょう」



 マーシャとミリアが武器を持ち、ジリジリと牛鬼に近づいていく。

 吊されていた牛鬼はようやく二人の姿が目に留まり、驚きの表情を浮かべる。



「お、お前たちは聖女と賢者!? ど、どうしてここに!?」

「どうしてって、それはね……」

「もちろん勇者様に立ち上がって貰うためです!!」



 ミリアは俺の方に視線を向けながら言ってくる。



「だから違うと言ってるだろ?」

「くっ、こんな所に勇者が!? どうりで王都の勇者は弱すぎると思ったぞ」



 牛鬼は悔しそうに言う。



「それより……、どうするんだ?」

「どうするって?」

「このままだとこいつらに倒されるだけだぞ? それでいいのか?」



 身動きの取れない牛鬼は冷や汗を流しながら慌てて言う。



「ま、待て。話し合えばわかる」



――冷静に考えたらこいつを倒せば、すごく経験値が貰えるんじゃないか?



 最弱モブから抜け出せるんじゃないか、と一瞬考えたもののマーシャ達の前でこいつを倒せば、また勇者扱いされてしまうだろう。


 ここは穏便に済ませた方がいいかもしれない。



「わかった。話くらいは聞いてやる」



 俺は牛鬼の縄を切ってやる。

 もちろん最低限の保障は掛けているが。

 ロープが切れた瞬間に牛鬼は高々と笑い声を上げ、襲いかかってこようとする。



「ふははっ、所詮は人間。ここまで甘いとはな。俺様をここまで侮辱したのだ、皆殺しにしてや……。なっ!?」



 地面に降りた瞬間に牛鬼の体がグラッと傾く。

 ちょうど牛鬼が降りた地面には落とし穴があったのだ。


 牛鬼はそのまま真っ逆さまに落とし穴に落ちていった。



「なっ!? ぐおぉぉぉぉぉぉ……」



 落とし穴の上から牛鬼を見る。

 当然ながら魔獣用ということもあり、牛鬼だろうとそう簡単に登ってこられない。


 一瞬沈黙が場を支配する。


 しかしすぐに先ほど本心を出した牛鬼は、笑顔を見せてくる。



「あ、あの、もう一度話を聞いて貰えたら嬉し……」

「さて、こんな所に穴があったら邪魔だから埋めるか」

「しょうがないね。ボクも手伝うよ」

「私も協力しますよ」

「ま、待ってくれ。俺様の話を――」



 こうして突然現れた野生の四天王牛鬼は何かをするわけでもなく、そのまま埋められてしまう。



――あっ、焼肉をやり損なった……。



 すっかり肉の気分になっていた俺はガックリと肩を落とすのだった。



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