第8話 新しい罠

 一人で旅立つことになった勇者ラグーン。

 当然のことながらもっとも弱いとされる四天王の部下を前に足止めされていた。



「くっ、やはり俺一人の力ではどうすることもできないのか」



 こんな時共に戦ってくれる仲間がいればここまで苦戦することはなかっただろう。


 確かに勇者は剣も魔法も優れている。

 しかし、それはあくまでも優れている止まり。


 剣で言うなら剣士の力には及ばないし、魔法も賢者のそれには勝てない。

 万能職ではあるものの器用貧乏に他ならないとも言えた。



 唯一、勇者が誇れる点。

 それは勇者専用の装備があること。

 神聖龍の血を受け継ぎ、ある条件下で特別な力をはっきすること。

 あとは聖剣や神聖防具等を装備できること。



 それらはかなりの性能を持っており、勇者の能力を底上げしてくれる。


 とはいえ、旅を始めたばかりの勇者がそんなものを持っているはずもなく、街で買える普通の装備を使い、必死に戦っていた。



「……やはり仲間を探さないとキツいか」



 何とか襲いかかってきた魔物を退けた勇者だったが、すでにその体は満身創痍。

 周辺を襲っている四天王がいる場所までたどり着くことができなかった。


 一度撤退を決めると勇者はそのまま王都へと逃げ帰るのだった。




◇◆◇◆◇◆




 あまりにも弱い勇者との戦いに魔王軍四天王、牛鬼は苛立ちを隠しきれずに己が武器である斧を振り回していた。

 その巨体から繰り出される破壊力のある攻撃に回りに控えていた魔物たちは無残にも斬り殺されるが、それを気にする様子もなかった。



「どうして俺様がこんなザコを相手にしなければならない。それもこれもあの魔王に負けたせいで……」



 背の高い人間程度の背丈しか無い現魔王ルシフェル。

 そんな彼など一捻りで倒せると思って挑んだ牛鬼だったが、結果は手も足も出なかった。



 まさに完敗とはこのことだった。



 それほどまでに圧倒的力をもつお方に仕えるのなら、と納得していたのだがどうやらあの魔王の力は紛い物だったらしい。


 邪神龍なんて相手から借り受けた他人の力。

 そんな人物に負けたのかと苛立ちを隠しきれない。

 しかも今はどういうわけか、その力も失っていると言う話を耳にした。


 あくまでも噂レベルではあるのだが、もし本当にそうであるなら今戦えばおそらくは自分が勝つであろう。



 あの憧れを持った絶対強者はもういないのだ。



 そんなとき、魔王がなぜか人間世界の田舎村へと遊びに行くという話を聞きつけた。



「なぜか酒樽をいくつか用意して向かっているそうです」

「ほう……、これは何かあるな」



 牛鬼はニヤリ微笑んだ。

 おそらくはその田舎村に邪神龍に関わる何かがある。


 あの華奢な魔王ですらあれほどの力を手にしたのだ。

 それをもしこの自分が手に入れることができれば……。



 こんなところでザコの相手をさせられることなく、むしろ魔族の王となることもできるだろう。



「よし、行くぞ」

「よ、よろしいのですか!? ここは先日より勇者が攻めてきており……」

「あんなザコ、いつまで経っても俺様の前までたどり着けんわ。それならば俺様は自分のためになることをするぞ」

「は、はぁ……」

「お前たちは引き続き、ここの護衛を頼んだぞ。他の四天王やつらに嫌みでも言われたら叶わんからな」

「し、しかし、牛鬼様。護衛もなしでは……」

「くどいぞ!!」



 おそらくは力を手に入れられるのは一人だけ。

 わざわざ部下を連れて行って、それを部下達に盗られようでもしたら一気に牛鬼の立場が悪くなる。

 そんな愚行は犯すつもりはなかった。



「か、かしこまりました。では、お気を付けて」



 こうして魔王軍四天王の牛鬼は原作では忠誠心高く、魔王のために勇者を待ち続けるはずが、田舎村へと旅立つことになったのだった。




◇◆◇◆◇◆




 なぜか俺の家の住人がもう一人増えてしまった。

 彼女の名前は賢者マーシャ。

 基本魔法を全て扱える魔法のエキスパートだ。


 その小柄な身長から子供と間違えられることも多々あるものの実際はミリアと同じ年である。


 彼女の体の起伏を恨みがましそうに睨んでいる姿を時折見ていた。



「なぁ、お前たちはいつまでここに住むつもりなんだ?」



 お世辞にも俺の家は広くない。

 そもそも田舎村で一人暮らし。

 それも何も経験がない俺が作った家ともなると最低限暮らすためのものしかないのも頷ける。


 そんなところにミリアが突然やってきて住むようになり、更にはマーシャまで……。

 とてもじゃないが、家は窮屈であった。



「そうはいってもこの村、宿も無いからね」



 マーシャが呆れ口調で言う。

 たしかにそれは事実ではあるのだが……。



「えっと、やっぱり私は野宿を……」

「そんなことをさせてみろ。俺がマーシャに殺されるだろ?」

「大丈夫だよ、そのときはボクもリックも一緒に野宿するから」

「ってなんで俺もなんだよ!?」



 もはや三人でいるのが当たり前かのように言ってくる。

 一緒に暮らしたのはたった数日なのに……。



「とにかくこのままだとダメだな」



 本当なら数日で帰ってくれると思っていたのだが、まだまだここに居座るつもりらしい。



 二人にもやることがあるはずなのだけど、それはいいのだろうか?



 そんな疑問をぶつけたこともある。

 すると、そのときの二人の回答がこれだった。



「私の行動は神の御心のままに」

「ボクは静かなところの方がゆっくり魔法の研究ができて良いよ」



 つまりミリアは神託の“真なる勇者”を見つけるまで帰るつもりはない、と。

 マーシャに至ってはそもそも帰りたくない、と言っているのだ。



「ダメって言ってもどうするの?」

「新しく家を建てる!」

「それは良いですね。みんなで住めるくらい大きいのを作りましょう!」



 ミリアは満面を笑みを見せながら両手で大きさを表していた。



「さすがにそれほど大きいのは作れないな。そもそも建物自体も俺が一人で作ったわけじゃないからな」

「あっ、そうなんだ」

「それに新しく作るなら色々と弄りたいところもあるな……」



 すでに作物を育ててる畑とかはそのままにしておくとして、その畑を囲むように作っている罠は位置とかを変える必要も出てきそうだ。

 それに落とし穴だと思った以上にメインキャラが引っかかってしまうために、罠も改良したい。



 あとは……。



 堂々と玄関の前に埋まっている聖剣である。



――どう見ても邪魔になるよな?



 すでにミリアやマーシャに動かせないか試して貰ったのだが、全く動かせなかったようだ。


 動かせないものは仕方ないので、一旦ないものとして考えている。



 家の方はヨハンに協力も扇いでいる。



「女でも連れ込んだのかよ。はははっ」と笑われたのだが、あながち嘘とも言えないので言葉を濁すことしかできなかったが。



「家ね……。力仕事ならあいつの出番じゃ無いかな?」

「えっと、アーくんのことですか?」

「そうよ。無駄に力が余ってるみたいだからちょうどいいんじゃない?」



 陰で二人が不穏な会話をしている。

 ただでさえ勇者パーティーの半数がここにいるのだ。

 これ以上集まっては、まるで俺が勇者パーティーを率いているように思われてしまう。


 それだけは断固として拒否をしたい。



「い、いや、ここまで来てもらうのも悪いし大丈夫だ」

「そう? ボクの移動魔法を使えば一瞬だよ?」



 マーシャは杖を掲げる。

 そういえばこのゲームは町々へ一瞬で移動する魔法が使えたのだった。


 使えるキャラは勇者と賢者。

 だからマーシャがここに一瞬で来られたのだろう。


 たしかにその魔法を使えば一瞬で剣士アーカスを連れてくることも可能だろう。



「い、いや、ここは俺に任せてくれ。この辺りのことは俺が一番詳しいからな」

「そっか……。うん、わかったよ」



 ずいぶんと素直に頷いてくれる。

 なにか企んでいるのかと思ってしまうが、それよりも今は罠だった。



「落とし穴がダメなら……、宙吊りにでもするか?」



 幸いなことに周りに木々は多く、縄も余っていたので試作品として一つ作ってみる。



「うーん、これでいいのか?」



 できたものは一目で罠があります、と言っているような宙吊りになるくくり罠だった。


 確かにこんなものに掛かる人はいないだろうけど、そもそも罠があります、と言っているようなものに害獣もかからないのではないだろうか?


 それはミリアやマーシャも同意見のようだった。



「えっと、それが罠?」

「試作品だな。一応色々と試行錯誤して使えるように改良するつもりだ」

「こんなもの、引っかかる人がいるの?」



 マーシャが罠が仕掛けてある場所に足を入れて試していた。

 するとその瞬間に足に縄が絡み、マーシャの小さい体は宙吊り状態で持ち上げられていたのだった。



「きゃぁぁぁ。た、たすけ……。って見ないで……」



 マーシャの体が逆さまにつり上がった、ということは服もそのまま重力に負けてしまうわけで、ローブの下にスカートを履いていたマーシャの体は……。



――っと、下手をすると魔法が飛んでくるんだったよな。



 必死にスカートを押さえるマーシャを見ないように俺はすぐさま顔を背けていた。


 マーシャはミリアの助けがあって、なんとか罠から脱出することができるのだった。



「……どうだった?」

「最初に聞くことがそれなの!?」



 涙目になっているマーシャに俺は罠としての感想を聞く。

 やはり掛かった人が一番詳しい情報を持っているのだから。



「いや、掛かって初めてわかることもあるだろ?」

「うぅぅ……」



 鋭い視線で睨まれたが、自分がわざわざ罠に掛かりに行ったのだからこればっかりはマーシャが悪かった。

 ため息を吐くと罠について話してくれる。



「はぁ……、かかったら自分では抜け出せなくなるけど、そもそも掛かる魔物がいるのかな? ボクみたいに罠を確かめようとしないとまず掛からないよ?」

「やっぱりそうだよな。それを考えたら落とし穴の方が便利か」

「ち、違う罠も考えてみようよ」



 落とし穴にトラウマができたマーシャが慌てて言ってくる。



「仕方ない。これも後回しにするか」



 一応こんな罠でも害獣が掛かってくれるのか確かめるために畑の側に設置しておく。

 今日のところはこんな感じで、家の中に入って新しく作る家のことを相談していた。



 そして翌日。

 早速作った罠に害獣が掛かっていたのだが、その相手が……。



――あれって魔王軍四天王の牛鬼って奴じゃ無いのか?



 なぜか四天王が宙づりになっていたのだった。



「えっとあれって四天王の牛……」

「牛がかかるなんて幸先がいいな。今夜は焼肉だな」



 マーシャが気付きそうだったので、俺は慌てて否定するのだった。

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