第2話 聖女の真意

「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」



 落とし穴から抜け出した聖女ミリアは笑顔を見せながら俺の手を握りお礼を言ってくる。

 さすがはメインキャラ。その可愛らしい仕草に俺は思わずドキッとしてしまう。


 しかし、それと同時にどうしても違和感を拭いきれない。



 なぜ聖女がこんな田舎村にいるのか?

 もしかしたら黒幕を倒したことをバレているのか?



 おそらく彼女は“俺に近づくために敢えてこの罠に掛かった”。そう見るのが妥当だろう。



 それを考えると俺がやるべき行動は……。



「いえ、こちらこそあの罠に人がかかるとは思わなくて、申し訳ありません」



 普段ほとんど見せることの無い笑顔で答える。



 あくまでも一般的なモブを装うこと。

 それがこの危険人物せいじょから身を守る唯一の方法だろう。



 一応ゲームの中だと“黒幕”の存在は一部の人間にしか知られていない、となっていた。

 聖女が席を置く大神殿の長たちならその存在を知っていてもおかしくはない。

 ただ、世界を脅かす黒幕がいて、しかも倒された、なんて話をただのモブにしても良いはずがない。


 まして勇者が既にいるのに、それと対立しかねない“真なる勇者”の存在も一般人には明かせない。

 俺の方から“真なる勇者”たる証拠が出なければこれ以上突っ込んだ話はされないはず。


 つまりこれは俺のモブ度が試されている試練とも言えるだろう。



――ふふふっ、これでも最底辺能力で通ってるんだ。華麗なるモブらしさを見せつけてやる!



 悲しくなるようなことを自信ありげに考える。

 そんな俺に対してミリアは笑みを崩さずに聞いてくる。



「ところで、貴方様・・・が“真なる勇者”様ですか?」



 俺の目論見はミリアの開口一番に崩れ去ってしまう。



――ど、どうしてそのことを!? ま、まさかすでに俺が“真なる勇者”であるとあたりをつけられているのか!?



 驚きのあまり少しだけ口を詰まらせる。

 ミリアは相変わらずニコニコと満面の笑みを浮かべており、何を考えているのかわからない。


 それこそまるで何も考えていないように見えてくる。


 でも、何も考えていないのならおそらく重要機密であろう“真なる勇者”のことを今日会ったばかりのモブに聞くはずがない。



 いや、意外と大っぴらにされている情報なのか?

 それともただこの聖女が天然を発揮して、言葉を滑らせただけなのか?



 ここで言葉を詰まらせたのは失敗だったかもしれない。

 “真なる勇者”について何か知っていると言っているようなものだった。



 ここから誤魔化すには――。



「その勇者様って最近旅立たれた勇者ラグーン様のことですか?」

「いえ、そちらの勇者様ではなくて……」

「えっ? 勇者様はお一人じゃ……?」

「実は“王国の田舎村の外れ・・・・・・・・・に“真なる勇者”が誕生した”って神託を受けまして……」



 笑顔でとんでもない情報を話してくるミリア。

 念の為に質問をする。



「えっと、それって俺が聞いても良い話なのですか?」

「……えっ? ダメなのですか?」

「俺に聞かれても……」

「あわわわっ、さっきの話は聞かなかったことにしてください! お、お願いします!」



 頭を下げて謝られる。

 その姿からどうやら俺に当たりをつけて聞いてきた、というより考えなしに聞いてきただけのようだった。



――どうやら俺が“真なる勇者”とはバレていないようだな。



 その点は安心できるが、この聖女の存在は危険すぎる。


 “真なる勇者”や黒幕の存在を広めかねない。

 なんでこんな天然が聖女なのか……。


 いや、真っ先に俺のところに来て聞いているところを見ると、勘は鋭いと見るべきか?


 これなら本当にあの時に埋めておけばよかったかもしれない。



 でも、今更悔やんでも仕方ない。

 特にこの村で余計な話をされても困る。


 さっさと帰ってもらいたいところだが……。



――“真なる勇者”が見つかるまで帰りそうにないよな? そもそもどうやって探すつもりなんだ?



 もしかすると俺も知らない勇者の判断方法があるのかもしれない。

 それならもう少し踏み入った話をしておくべきかもしれない。


 勇者はめつルートに入りかねない危険なことでもあるけど……。



「わかりました。俺は何も話を聞かなかったことにします。それより今日は遅いですからうちに泊まって行かれますか?」

「いえ、私は宿にでも泊まって……」

「この村には宿なんて大それたものはないですよ?」

「……え゛っ!?」



 ミリアは驚きの表情のまま固まってしまう。

 そして、涙目になりながら答える。



「わ、私はその、の、野宿でもだ、大丈夫ですから……」



 確かにこの村に来るまでは野宿だっただろうし問題はないのだろうけど、さすがに村の中で野宿させるのは問題がありすぎる。



「だから気にしなくていいですよ。今日くらいはゆっくり休んでいってください。それに……」

「そ、それに……?」



 聖女ミリアの服は先ほど俺が土を掛けたこともあってドロドロだった。

 さすがにそんな状態のミリアを放り出してはそれはそれで変な噂になりかねない。



「うちなら簡易的ですけど、お風呂がありますから」



 ミリアが大きく目を見開いて驚いていた。



「こ、ここにお風呂があるのですか!?」

「桶にお湯を張るだけの簡単な物ですよ?」

「し、神殿でもたまにしか入れない、庶民の憧れがお風呂なんですよ!?」



 グイグイと近づいてくるミリア。

 その目はキラキラと輝いている。



 その食いつきようは宿の話をした時以上だった。



 とはいえ大神殿にあるような風呂と比べられても困る。


 なにせまともに風呂もないと知ってから、試行錯誤してなんとか自分一人で作り上げたものだから。



「そこまで期待されても困りますけど、体の泥を落とすくらいはできますよ」



 あくまでも人の良いモブとして接する。

 作中でも主人公たちが困っていると優しくしてくれる名無しのキャラ。

 そんな感じの対応を心掛ける。



「ありがとうございます。これこそ神の導きです!」

「そんな大げさな……」



 本当に祈ってるミリアを見て、思わず苦笑いをしてしまうのだった。




◇◆◇◆◇◆




「……なぜ連絡がこない」



 日も届かない魔界の端にある毒の瘴気に包まれたところに佇む廃城。

 そこに住まう魔王ルシフェルは玉座にて肘をつき、不満そうな表情を見せていた。


 それもそのはずで、魔族同士が種族争いをしていた際にルシフェルに力を貸してくれた邪神龍オズワルドとの連絡が途絶えてしまったのだ。


 魔王よりも強大な力を持つ相手。

 機嫌を損ねるようなことがあっては魔族はおろか、ルシフェルすらもあっさり滅ぼされるであろう。



「魔王様! ご報告があります!」

「……見つかったのか!?」

「いえ、勇者ラグーンが旅に出たという話が――」

「なんだ、そのようなことか。四天王を向かわせておけ。そんなことで我の時間をとるな!」

「も、申し訳ありません。それとこれは噂レベルではあるのですが――」



 報告に来た魔族は声を落としてルシフェルに聞こえるように言う。



「実は勇者は二人いるのでは? という噂が出ておりまして……」

「……どういうことだ? 詳しく教えろ」

「実は勇者は仲間を連れずに一人で旅に出たそうなのです。更に時を同じくして聖女も別のところへ向かって旅に出たようです。何か目的があっての行動か、それとも……」

「別の勇者を探しに行った、か」



 あくまでも噂レベル。

 かなり飛躍した考えであることはルシフェルもわかっていた。

 でも、勇者が仲間を引き連れて旅をするのは魔族にも伝わる常識である。



 そんな聖女が勇者につかずにおかしな動きをしているのは気になる。

 更に邪神龍との連絡が途絶えていることも。



 どちらか一つなら気にならないのだが、二つ重なると何かあるように思えてくる。



――もう一人の勇者。もしかしたらそいつに邪神龍が倒されたのか?



 そんなことはあるはずないとわかってはいるのだが、そもそも勇者が二人いるなんてことがあり得ないことである。


 ただ、邪神龍を倒せるほどの奴がいるのなら、今対処すべきは雑魚勇者ではなく、もう一人の勇者。

 それも早々に手をつけないと手遅れになってしまう。


 とはいえ、そのような噂だけで二人目の勇者を信じられるはずもない。


 しかし、本当ならば相手は強敵。

 情報を持ち帰るだけでも至難の業とも言える。


 それができるのは……。



「そちらは我が直接調べに行くしかないな」



 あとは勇者の判別方法なのだが、この魔王城にはちょうど良いものがあった。過去の勇者が残していった聖剣とかいう忌々しいものが。


 これは勇者しか装備できないと言われているもので、それ以外のものが持とうとしても持ち上がらない、動かすには時空魔法を使い、別次元に一時的に収納するしかないものだった。



 そこまでは必要ないとは思うけどな。



 こうして、リックの下に更なる魔王てきが向かうことになるのだった――。

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