第1話 聖女襲来

 黒幕オズワルドをうっかり倒してしまってから数ヶ月が過ぎた。

 黒幕が倒されたという騒動が起こることも無く俺は平和な日々を過ごしていた。


 そもそもここに黒幕が来たことを知ってるものはいない。


 ゲーム的にはザコ魔物であるゴブリンが現れただけでも大騒ぎになる田舎村だ。

 もし黒幕が現れようものなら騒ぎどころか既に村ごと逃げていてもおかしくない。

 それなのに今なお平和な日常を送れている、ということはそもそもここには黒幕で邪神龍オズワルドなんてラスボスは来なかった。


 そもそも黒幕であるオズワルドの姿を知っているものが田舎村にいるのか、と言われると首を傾げてしまうところだが、さすがに見ず知らずの者が現れたら話題の一つに上がるはず。



 つまり、あれは夢だったのだろう。



 とはいえ、もし万が一……、億が一、似たような状況が起こっても困る。

 その……、例えば今度は表ボスの魔王が罠に引っかかって倒された、とか?



 夢でしか無いようなそんな出来事だが、現実は夢より酷いともいう。

 万全を期すに越したことはない。


 だからこそ今度の落とし穴は前回のオークすら瞬殺できるものではなく、せいぜい落ちた害獣が登ってこられない程度のものにしておいた。


 木の槍もなくなったために致死性は皆無。

 せいぜい落下の衝撃で足を挫くくらいじゃないだろうか?


 相手が害獣であることを考えたらもっと強力な罠を仕掛けておきたいが、夢のようなことが再び起こることは回避したい。



「やっぱり平和が一番……だよな」



 出来上がった野菜を収穫していると村から若い男がやってくる。


 背は俺よりも高く、やや細身。顔も良いから村の女性(高齢)の好意を一同に集めている好青年のヨハンが俺の方へと近づいてくる。


 村では情報通のヨハンはたまにいろんな噂を教えてくれるのだ。

 そのほとんどがくだらないものではあったが。



「おい、知ってるか?」



 何の話かわからないが、長くなりそうだったので適当に相づちを打つ。



「知ってる」



 するとヨハンは呆れ口調で言う。



「はぁ……、そんなわけないだろ。まだ何の話かもしてないんだぞ?」

「それならわざわざ聞いてくるなよ。それで一体何の話だ?」

「勇者様の話だ」

「あぁ……」



 それなら聞かなくても大体わかる。

 『ドラゴンの秘宝』の主人公の職業は“勇者”。

 名前は自分で好きに変えられるけど、デフォルトだと……。



「勇者ラグーン……か」

「なんだ、本当に知っていたのか」



 どうやらこの世界でも本当に主人公は勇者をしているようだ。

 デフォルト名が使われている、ということは俺のように前世の記憶持ちとかではないのだろう。


 とはいえ、勇者ラグーンといえば万能の能力値を持ち、更には邪神龍と敵対していた神聖龍の血を継いでいる。

 次第にその力を発揮して、魔王を倒し、更に邪神龍すらも倒すほどに強大な力を手に入れる。



 ただ、そんな主人公にも旅を共にする仲間がいるのだ。



 剣士、アーカス。

 賢者、マーシャ。

 聖女、ミリア。



 特に聖女ミリアは国王からの推薦で、最初に仲間になる。


 その後、聖女が王都に住む実力者として剣士アーカスと賢者マーシャのことを教えてもらい、二人で説得しに行く、というのが旅立ち前のプロローグなのだ。



「それで勇者がどうした? 魔王を倒したのか?」

「そんなわけないだろ!? 勇者様が旅立たれたんだだけだ」

「そうか。勇者パーティーが……」

「パーティー? なんのことだ?」

「何のことって勇者ラグーンの他に仲間がいただろ?」



 順番に差異はあれ、旅立つ時には四人組になっているはず。

 そして、王都を出るとオープニングが始まってゲームスタートのはず。

 それなのに……。



「勇者様は一人で旅に出たんだぞ?」

「……はぁ?」

「何でも道すがら仲間になってくれそうな人物を探すそうだ」



 ヨハンの話が本当ならば物語のプロローグすら終わっていないことになってしまう。



 ……どういうことだ?



 確かにゲームによっては次第に仲間が増えていくタイプのものもある。

 でも、それはこの『ドラゴンの秘宝』には当てはまらない。


 それとも何か事情があって仲間にならなかった……とか?



 でも、プロローグ前に物語が変わることなんて……。



「あ゛っ……」



 思わず声が漏れてしまう。



 もしかして既に黒幕を倒したことが原因なのか?

 いやいや、このことは誰にも言っていないから気づかれていないはず。

 それでプロローグが変わるなんてあるはずが……。



 でも他に原作が変わった理由が思いつかない。



 もし黒幕を倒したと勇者にばれてしまっているのなら、他を差し置いて俺のことを仲間にしにくる。


 思わず顔が青ざめていくのを感じる。



「どうした? 何かあったか?」

「い、いや、何でも無い。わざわざ教えてくれて助かったぞ」

「気にするな。代わりにまた……」

「わかってる。でも良い獲物が掛かるかはわからないぞ?」

「そこはほらっ、お前の力で――」

「俺はただ罠を仕掛けてるだけだからな」



 以前、ヨハンには罠でとれたウルフを渡したことがあった。

 俺自身ではとてもじゃないが解体はできないので、それ込みで代わりに肉の一部を貰ったが。


 それが意外と良い儲けになったらしく、こうして次をねだってくる代わりに、俺の欲しい情報を優先的に回して貰っていたのだ。


 何せこの世界のことはまるで知らないからな。

 特に今回のヨハンの情報から『ドラゴンの秘宝』とは微妙に違う展開になっていることを聞かされている。


 微妙な情報もあるけど、これから先は特に大事な情報も増えてくるだろう。

 特にゆうしゃ勧誘しゅうげきしてくる情報は大事だ。


 いざという時に逃げられるようにしておかないと。



 ヨハンを見送ったあと、勇者対策を取ろうと家に帰っていたのだが、突然畑の方から悲鳴が聞こえてくる。



「きゃぁぁぁぁぁ!!」



 この田舎村では聞くことのない少女の声。

 しかも悲鳴と言うことはただならぬことが起こっている……ということだった。


 ここで格好よく剣を持って飛び出していけたら恋の一つにでも発展するのだろうけど、今の俺が持っているのはスコップだけ。


 もちろんこのスコップは先からビームが出たり、特殊な魔力が宿ってるということのない、あたって普通のスコップだ。


 更に言うと俺の服装はただの作業着である。

 なりよりも俺自身が助けられるだけの能力を持っていない。


 悲鳴ということはおそらく魔物なり盗賊なりに襲われているのだろう。

 ここで格好よく俺が飛び出したところで、犠牲者一人だったところが犠牲者二人になるだけ。


 つまり俺にできることは……少女が無事に逃げ切れることを祈るだけ。



「それにしても今の声……、どこかで聞いたことあるような……」



 一応、助けられる可能性も考慮して村の方へ応援を呼びに行こうと思っていると少女から更に声が聞こえてくる。



「痛たたっ、ど、どうしてこんなところに落とし穴があるのでしょうか?」



 それを聞いて少女が悲鳴を上げた理由がはっきりとする。

 どうやら俺の作った落とし穴に嵌まったようだった。



 あれほど厳重に注意を呼びかけている罠なのに……。



 とはいえ、致死性のある罠から変えていて良かった、とも思えた。

 あの罠に掛かる人がいるのは想定外だったのだから。



 もっと人が掛からないように手を施さないと行けないだろうか?

 ただあまりにも掛からない罠にしてしまうと本来の目的である害獣も掛かってくれなくなってしまう。

 その案配が難しいのだ。


 とはいえ、うっかり少女が掛かってしまったのなら助けないと。


 俺は落とし穴から脱出できるようにロープを持って近づく。

 すると、落とし穴の中にいたのは見覚えのある純白のローブを身に纏った少女であった。



「聖女ミリア……」



 主人公のパーティーに加わるメインキャラの一人。

 長い金色の髪と整った顔立ち。

 男を誘惑して止まない体付きをしている人気キャラだ。


 ややドジっ子属性もあった気がするが、ゲーム中にそれを見ることがなかったので何で見たのかは記憶に無い。


 とにかく俺からしたら危険な死亡フラグメインキャラだ。



 そんな相手が主人公の側ではなく、なぜここにいるのか?

 もしかして俺が黒幕を倒したことを知られたのか?

 そもそもゲームの登場キャラは落とし穴にハマらないといけない呪いでもあるのか?



 黒幕を倒したことは誰にも気づかれていないはずなのだが、相手は神に仕える聖女である。

 もしかしたら何かしらの方法で知られていてもおかしくない。


 そう考えた俺の行動は――。



「や、やめてください。わ、私がここにいますから……」



 ついうっかりオズワルドと同じように埋めて証拠を隠滅しようとしてしまう。

 ただ、ミリアの声を聞いて手を止める。



「す、すまない。今助けるから……」



 さすがに生きている相手をそのまま埋めるなんてことができるはずもなく、ロープを下ろしてミリアを助ける死亡フラグを引き寄せるのだった。

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