最弱モブの俺がうっかり黒幕を倒したら…

空野進

第1章

プロローグ

「どうして……」



 畑を食い荒らす害獣用に作った落とし穴にかかった相手を見て俺は思わず叫んでしまう。



「それなのに、どうして黒幕が罠に掛かってるんだよぉぉぉぉ!?」




 考えたくない現実に俺は頭を抱えていた。



 冷静になれ、俺。

 こんなことあるはずないだろ?

 きっと、これは夢だ。

 再び目を開けると黒幕の姿なんて……。



 ゆっくり目を開けるとそこには驚きの表情のまま息絶えている黒幕の姿があった。



「夢じゃ……ないのか」



 がっくりと肩を落としながら改めて状況を整理する。



 俺が住むのはアルトワルド王国の外れにある数十人ほどが暮らしている小さな村だった。


 特産品はなく、村の人は森で狩りをしたり、畑で作物を育てて貧しいながらも何とか暮らしていた。

 そんな例に漏れずに俺もこの村の外れで一人、小さな畑を作り、何とか日々暮らしていた。


 ただ俺には少しだけ変わった経歴がある。

 それは前世の記憶を持っていることと、この世界がゲームの世界であることを知っていることである。



 とはいえ、俺は名前すら貰えないモブであったのだが……。



 一応前世の記憶持ちの特権なのか、自身のステータスは見ることができる。

 それによると俺の能力は……。



――――――――――――――――――――

【リック】

『レベル』:1 『職業』:なし

『称号』:名無しのモブ


『能力』

攻撃:1

防御:1

速度:1

魔力:0


『スキル』

[自己鑑定]

――――――――――――――――――――



 はい、雑魚モブです。

 しかもこの表記、どうみてもゲームの世界だよな!?



 自分の能力しかわからないので、詳しい検討はできてないが、どうみても見事なまでの底辺値。



 称号からしても、紛うことなきモブなのだからこれも当たり前だろう。



 ここは“勇者”とか“賢者”とか、それこそ今流行の“悪役貴族”とかに転生させてくれよ。こんな能力値で一体何をしたら良いんだよ……。



 とはいえ、これを見た瞬間に俺の行動方針は決まっていた。


 どんなゲームかはわからないが、下手に物語に触れるとその瞬間に死ぬような能力なのだから一切関わらないのがいい。



 所詮はモブ。



 持っている能力は見てて悲しくなる[自己鑑定]だけ……。



 きっと大人しく暮らしていたら、その間に勇者とかがこの世界を救ってくれるはず。



 ただ、ここ最近は魔物たちの動きが活溌で畑を荒らす魔物も頻繁に見かけるようになっていた。


 そんな魔物の被害を少なくしようと畑の周りにいくつか罠を作っておいたのだ。その一つが落とし穴だった。


 ちゃんと危険がないように、村の人たちにはそのことを伝えておいたし、知らない誰かがやってきたとしても立て看板を読めばわかるし、わざわざ罠の周りに設置した柵を越えたりしない。



 そんな罠に掛かるのは魔物たちだけだろう。

 そう高をくくっていたのだが――。



 結果はまさかの罠で黒幕を倒してしまったのだ。



「これってどう見ても邪神龍オズワルドだよな? あのRPGゲーム『ドラゴンの秘宝』の黒幕の……」



『ドラゴンの秘宝』

 この世界を混沌の闇に落とし込もうとしている表のボス、魔王ルシフェルを倒すために勇者が旅に出る物語である。


 そんな魔王に力を与え、裏から支配していたのがこの邪神龍オズワルドだった。


 魔王を倒したあとに現れる真なる黒幕。

 人型と龍型、そして最後に龍神型の三パターンを倒して初めてゲームクリアとなるまさに作中最強の裏ボスだった。


 何度もやりこんだし、このオズワルドには何回も苦渋を飲まされていた。



 そんなオズワルドが何をどう間違えたのかわからないが、害獣用の落とし穴に掛かって倒れていた。それも最後の形態である龍神型で。



 思わず頭を抱えたくなる。



 何の冗談なのだろうか?

 そもそもどうして黒幕のオズワルドがこんな所に居るのか?

 なんで害獣用の罠に掛かってるのか?



 聞きたいことは山ほどある。

 しかし、今はともかく……。



 俺は慌てて周りを見る。

 当然ながら誰も見ていない。


 そもそも今の時刻は日が昇り始めたばかりの早朝。

 こんな時間に出歩いているのは……、この田舎村だとたくさんいるけど、俺の畑へやってくる人はいない。



 誰も居ないことを何度も確認した上で俺はステータス画面を開く。


 黒幕を倒したのだから当然俺の能力もとんでもないことになってるよな……?



――――――――――――――――――――

【リック】

『レベル』:1 『職業』:なし

『称号』:真なる勇者


『能力』

攻撃:1

防御:1

速度:1

魔力:0


『スキル』

[自己鑑定]

――――――――――――――――――――



 それを見た瞬間に俺は二度目のがっくりと肩を落としていた。



「あー……、そういえば『ドラゴンの秘宝』の裏ボスは経験値、くれなかったな……」



 倒したらそのままエンディングを迎える裏ボスは、なぜか経験値をくれない。そこでゲームが終わるのだから当然と言えるかもしれないが。


 それ故に俺のレベルは1、能力値も最低のままだった。唯一変わった点は……。



「真なる勇者……か」



 それは黒幕を倒した勇者が貰える称号である。

 効果は特になく、ただのお飾り称号。

 ゲーム中だと変更可能だったので『そういえばこんな称号もあったな』くらいにしか思ってなかった。


 ただ今の俺には称号を変えることはできない。

 おそらく称号を付け替えられるのは主人公の特権なのだろう。


 そもそも称号なんてそう簡単につくようなものじゃないのだから……。



 流石に俺みたいなモブが勇者を名乗るなんておこがましい。

 最低能力しか持たないのに、無理やり勇者に仕立て上げられでもしたら即死ぬ自信がある。


 そもそもまだ表のボスである魔王ルシフェルが倒されたという情報は伝わっていない。


 田舎に情報が伝わるまで下手をすると数年の誤差があるとはいえ、さすがに黒幕がこんなところを歩いているほどなのだから、まだ魔王は倒されていないと見るべきだろう。


 そうなったら主人公と共に俺も戦いに参加してくれ、と言われることは十二分にありえる。


 それを回避するには……。



「……よし、見なかったことにしよう」



 俺は速攻で落とし穴を埋めてしまう。

 全ては俺の日常のために。


 更に立て看板を全く別の所に設置し、そこに新しい落とし穴を作る。さすがに木の槍の予備はなかったので、それはまたいずれ作る事にして……。


 オズワルドを埋めたところはしっかりと踏み固めて、最初から何もなかったかのようにしておく。



「よし、これで安心だな」



 一仕事し終えた俺は額の汗を拭うと今日の畑仕事を始めるのだった。

 奇しくも“真なる勇者が現れた”という情報は神託という形で様々な国や人物に伝わっているとは知らずに――。




◇◆◇◆◇◆




 リックが住んでいるアルトワイド王国の王都。

 その大神殿にメインキャラの一人、いずれ主人公のパーティーに加わる聖女ミリアが暮らしていた。


 いつもと同じように朝早くに神への祈りを捧げていると突然神託を授かることに。



『アルトワイド王国の外れの田舎村に“真なる勇者”が誕生した』



 その神託を受けた聖女ミリアは困惑していた。


 それもそのはずでアルトワイド王国にはすでに勇者がいるのだ。本来の物語の主人公である勇者が。


 聖女であるミリアにもそのパーティーに加入してほしいと国からの要望が来ており、聖女として皆のためになるなら、と引き受けるつもりでいたのだ。

 そんな矢先での今回の神託。



――いえ、今回は違いますね。



 今の勇者様はただの・・・勇者。

 神託の勇者様は“真なる勇者”。



 世界を救うためにどちらの方の力になるべきかは考えるまでもない。



「待っていてください、勇者様。共にこの世界を救いましょう!」



 聖女ミリアはすぐに旅支度をして、田舎村へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る