第16話 料理

「ち、違うよ!? ぼ、ボクはただ……」



 必死に言い訳をするマーシャ。

 ただ俺は思わずマーシャの肩に手を置いて言う。



「いつかやると思っていたぞ」

「えっ!? ぼ、ボクがいつかやると思ってたの!?」



 驚くマーシャだったが、勇者パーティーの一員である以上、その最終目的は魔王を倒すことにあるはず。

 そこで黒幕の存在を知り、黒幕討伐へと向かうのが本筋なのだ。


 もちろん黒幕はいない以上、魔王討伐がゲームのクリア条件には違いないはず。



 魔王とはここ数日一緒に暮らしてきて、そこまで悪い奴じゃないかもしれない、とは思っていたが、それでも俺が平和に暮らす上で魔王討伐は為してくれないと困るものでもあった。



「ぼ、ボクは別に毒とか飲ませたわけじゃ無いからね!? ただ今日はボクの領地担当だから……」



 よく見るとマーシャが持っているのはいたって普通の料理だった。

 てっきり毒でも入れて暗殺をしたのかと思ったが……。



「まぁ、魔族と人は違うもんな。何か体に合わないものでもあったんじゃないか?」

「そ、そうだよね!? うん、やっぱりそうだよね!?」



 マーシャは嬉しそうに何度も頷いている。


 魔王ルシフェルもよくよく見るとしっかり呼吸はしているので、本当に嫌いなものを食べてしまっただけなのだろう。

 ゲームクリアによる俺の平和まではまだまだ遠いようだ。



「魔王も大丈夫みたいだし、俺の分の料理も貰っても良いか?」

「すぐ準備するよ」



 そういうとマーシャはすぐさま料理を準備してくれる。

 見た目は確かにやや焦げてる部分とかもあって、ミリアと比べると見劣りするものの、特に変わった様子の無い普通の料理だった。


 変な臭いがするわけでもなく、玉葱でも使っているのかやや涙が浮かぶがその程度。


 早速味を確かめようとマーシャの料理を口に運ぶ。

 すると次の瞬間に視界は暗転していた。




◇◇◇◇◇◇




――いたたっ。何が起きたんだ?



 酷い頭痛がして俺は目を覚ます。

 どうやら夢を見ていたようだった。



――そうだよな。ただのモブがメインキャラに付きまとわれるなんてないよな?



 ゆっくりと目を開けると一人ベッドに……ということにはならず、なぜか俺はミリアの膝に寝かされていた。



「あっ、リック様、もう大丈夫なのですか?」

「あ、あぁ……。大丈夫だけど……何があったんだ?」



 ゆっくりと記憶が戻っていく。

 確か俺はマーシャの料理を食べて、そのまま意識を失ってしまったようだ。



「嘘だろ? おかしいところなんて何もなかったのに……」

「え、えへへっ……、ちょっと料理に幻影の魔法を掛けてたから……」



 マーシャが杖を一振りするとそこには料理とはまるでかけ離れた、謎の物体が並んでいた。



「お、俺、あれを食ったのか? 良く無事だったな」

「危なかったんですよ。私が気づくのが遅かったら……」



 どうやら本当に命の危機だったらしい。



「とりあえずマーシャは料理禁止だな。少なくとも命の危険がなくなるまでは」

「うぅぅ……、わ、わかったよ」



 とはいえ、そうなるとミリアにかなり負担を強いることとなってしまう。

 俺が作っても良いけど、所詮男の一人料理だからな。

 他人に食べさせるようなものは作れない。


 この場にいるのがミリアとマーシャだけなら良いのだが、さすがに魔王に食べさせるわけには行かなかったのだ。


 マーシャの後だとハードルは下がっているかもしれないが。



「今日のところは俺があり合わせのもので準備しておいたぞ」



 オーガがどこかから持ってきてくれたのか、色んな料理を出してくれる。



「これは?」

「畑でとれた野菜と捕まえた獣を適当に炒めただけの料理だな」



 どこかから買ってきたのかと思ったが、まさかのオーガお手製の料理だったらしい。



 俺と似た豪快な見た目の料理だが、それでも思わずツバを飲み込んでしまうほど良い匂いが漂っていた。



「そ、それじゃあ早速……」



 先ほどのこともあり、恐る恐る料理に口を付ける。



「……う、うまい」



 豪快な見た面とは裏腹に繊細な味付け。

 今まで食べたことのない美味さで思わず喋るのを忘れて一心不乱に皿に盛り付けられた料理がなくなるまで食べ続けるのだった。



「そ、そんなに美味しいのですか?」



 俺の姿を見てミリアやマーシャ、いつの間にかいたサヴァンも同じ食卓について料理に舌鼓を打つのだった。



 そして、すっかり料理がなくなったあと、ルシフェルが目を覚ましていた。



「くっ……、酷い目に合ったぞ。まさか料理に見せかけて毒を調合しているとは」

「だ、誰が毒かな? それにまだ作っている途中なのに勝手に食べるからそういう目に合うんだよ!?」

「料理が目の前にあったら食うに決まってるだろ?」

「作ってる途中のものは食べないよ!?」



 なんだかルシフェルとマーシャは先ほどの一件以来ずいぶんと仲良くなっているようだった。


 そんな二人を横目に俺は言う。



「この危険物は鍋ごと捨てて置くからな」




◇◆◇◆◇◆




 勇者ラグーンはエリザと共に四天王牛鬼が支配していた領地を再び攻めていた。

 一人だったときには牛鬼の手下にすら苦戦をする有様だったのだが、それがまるで嘘のようにサクサク進んでいた。



「牛鬼ってこの程度の力しか無かったのか? それなら前も撤退する必要がなかったんじゃないか?」

「本当にそうですよね。勇者様のお力があれば何一つ困ることなんてありませんよね」



 エリザがひたすら持ち上げてくれるのでラグーンは有頂天になりつつあった。



「しかし、この辺りの奴らはせっかく俺が解放してやったというのに喜びの一つも言わないんだな」



 勇者は面白くなさそうにその辺にあったボロ小屋を蹴り飛ばす。

 その瞬間にボロ小屋は崩れ落ち、周囲から悲鳴が上がる。



「ちっ……。こんな村だから魔王なんかに支配されるんじゃないか」



 つまらなさそうに歩いていると突然子供に石を投げつけられる。



「痛っ。何するんだ、クソガキ!!」

「お、お前が襲ってきたから僕の父ちゃんと母ちゃんが……」



 どんどんと石を投げ続けられるラグーン。



――どうして俺がこんな目に合うんだ!? 俺は何のためにこの世界を救うために旅立ったんだ? 世界を平和にするために……だ。平和のためにはこんな荒んだ村は……。



「滅ぶべきだな」

「えっ!?」



 ラグーンがその言葉を口ずさんだ瞬間に周囲を火の魔力が襲いかかる。



「さしずめ浄化の炎か。はははっ、初めからこうしておけば良かったじゃないか!」



 笑いながら村が消え去るのを眺めているラグーン。



「た、助け……」

「あぁ、助けてやるよ。俺の炎でな」



 結局、一晩が過ぎ、村が完全に燃え尽きるまで勇者の行動は止まらなかった。


 跡形も無くなった村を見てようやく勇者は我に返る。



「これも魔王を倒すためだ。世界を平和にするためには必要な犠牲なんだ」

「そうですね、勇者様」

「お前だけだ。お前だけが俺のことを信じてくれる……」



 エリザに抱きつくラグーン。

 そんな彼の姿をエリザはほくそ笑んでいた。



「でも、いつまでも嘆いているわけにはいかないな。救わないといけない街はまだまだあるんだからな」

「では、次はこちらを目指してみませんか?」



 エリザが指差したのは田舎村だった。



「ここは王国の領土だろ? 魔王を倒すためには魔族の戦力を少しでも削らないと」

「いえ、最近ここに魔王軍四天王の一人、オーガが向かったという話を聞きました」

「なるほどな。四天王がいるなら多少暴れて村に被害が及んでも仕方ないことだよな」



 勇者ラグーンの口が歪む。



「えぇ、勇者様はみなさんのために頑張っておられるのですから、きっと神も許してくれますよ」

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