7. 旅に出ます

 翌朝。

 私はイリヤさんに外行きの準備を手伝ってもらっている。


 今は簡素なドレスを着終えて、髪を整えてもらっている最中だ。

 ライアス様は女性の支度を見るわけにはいかないと、ずっと玄関で待ってくれている。


「手入れ出来ていなかったので、あまり綺麗には出来ませんでしたが、こんな感じでいかがでしょうか?」


「すごく綺麗で別人みたいです! まるでお嬢様みたいです!

 ありがとうございます!」


 姿見を覗くと別人のようになっている私と目が合った。

 髪はハーフアップに纏められていて、あまり目立たないけれど三つ編みも交じっている。


 こうして見ていると、どこかのお嬢様みたいだ。


 華やかなドレスとお飾りがあれば、もう完璧だと思う。

 どれもお高いから私から求めるつもりは無いけれど。


「エリシア様は正真正銘のお嬢様ですから、本来のお姿に近付いただけですよ?

 髪飾りがあれば完璧ですが……生憎持ち合わせておりませんので、途中でライアス様に買わせましょう」


「そこまでしなくても大丈夫です。これだけで十分ですから」


「畏まりました。

 それでは、軽くお化粧も致しましょう」


 この家に来てからというもの、ボロボロだった髪も肌も日に日に綺麗になっているから、お化粧なんて必要無いと思う。

 でも、イリヤさんはやる気に満ちているから、断り切れなかった。


「こんな感じでいかがでしょうか?」


「本当に別人になったみたいです。

 ありがとうございます!」


「お気に召されて良かったです。このお化粧、かなり薄くしているので殆どはエリシア様の素ですけれど。

 素が良いので、羨ましい限りです」


「ありがとうございます。

 イリヤさんも可愛らしいですよ?」


「そろそろ迎えが来る頃ですから、行きましょう」


 照れ隠しのように口にするイリヤさんに促されて部屋を出ると、すぐにライアス様と目が合った。

 彼は凄く驚いた様子で、こんなことを呟く。


「誰だ……?

 いや、エリシアなのは分かるが、かなり見違えたな」


「やっぱり別人に見えますよね!」


「ああ。こんなに可愛らしくなるとは思わなかった。

 ……可愛いというよりも、綺麗になったと言うべきだったな」


「可愛いは誉め言葉ですから、どちらでも嬉しいです。

 ライアス様も普段よりイケメンになった気がします! 服と髪を整えるだけでもこんなに雰囲気が変わるのですね!」


 ライアス様でもここまで雰囲気が変わるのだから、化粧が加わった私は誰が見ても別人に見えると思う。

 正直、自分でも別人に見えてしまったのだから。お化粧の力って恐ろしい。


 でも、これならお義母様達に遭遇してしまっても気付かれないと思う。

 王城に行くということは、パーティーに参加している人達と会う可能性が高いから、これは好都合。


 お義母様達はほぼ全てのパーティーに参加しているから、会わない方が難しいよね。

「ありがとう。

 迎えが来たから、そろそろ行こう」


 照れくさそうにしているライアス様の後を追って、玄関を出る私。

 すると、すぐに六頭立ての馬車が目に入って、私は腰を抜かしそうになった。


 馬車に掲げられている紋章は王家のもので、護衛達は王室親衛隊の制服を纏っている。

 ライアス様は貴族だと思っていたけれど、私の勘違いだったみたい。


 今の状況、そしてライアス様の所作。ここから考えられるのは、ライアス様が王子様だということだけ。

 私のような弱小伯爵家の令嬢は本来なら気軽にお話出来ないような存在なのに、こんなに親しくしてくださっていたなんて……。


「ライアス様って王族の方だったのですね……」


「まだ言っていなかったか?

 それなら、悪いことをしたな。すまなかった」


「驚いただけですから、私なんかに頭を下げないでください!」


「いや、悪いと思ったことはしっかり謝る。

 それと、王子だからって畏まらなくて良い。こうして打ち解けてくれる令嬢はエリシアだけだから、このままの関係で居たいのだ」


「分かりました。そう言ってくださるのなら、今まで通りにしますね」


「ありがとう。助かるよ」


 そんな言葉を交わしてから、馬車に乗ろうと足を上げる私。

 けれど最初の踏み台が高すぎて、足は届かなかった。


「失礼するよ?」


「はい、お願いします」


 私一人では乗れなくて困っていると、ライアス様が私を抱えて馬車に乗せてくれる。

 この高さまで人を持ち上げるのは力持ちの人でも大変だと思うけれど、ライアス様は笑顔を崩していない。


 筋肉猛々しいようには見えないから、どこからこの力が出ているのか不思議になってしまう。

 私が奥の方の椅子に座ると、ライアス様は斜め向かいの椅子に腰を下ろして、イリヤさんが私の隣に座った。


 それから間もなく、馬車が動き出す。

 これから二日の旅になるけれど、馬車の中はライアス様でも足を伸ばせるくらい広々としていて退屈しなくて済みそうだ。


 この辺りの道は一切整備されていないけれど、椅子がふかふかだから、ガタガタと馬車が音を立てていても乗り心地は悪くない。

 ちょっとうるさくて、会話は声を大きくしないと出来ないけれど……それも街道に出たら落ち着いた。


 これなら丸一日乗りっぱなしでも、足やお尻が痛くなったりはしないと思う。

 だから、今日からの旅がすごく楽しみになった。

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