34. 反撃します

「大人しく歩け」


 どこに向かわされているのかは分からないけれど、少し歩くと扉の閉まる音が聞こえたから、空いている部屋に入れられたのだと思う。

 縛られている縄は緩いから、見えなくても抜け出せそうだけれど……今動いても失敗すると思う。

 だから隙を作るために、こんな問いかけをしてみた。


「これから何をするつもりなの……?」


「私が殿下と婚約するためよ。お前は邪魔だから、ここでエルウィンと既成事実を作ってもらうわ。そうすればお前と殿下は婚約破棄になるわ。

 知ってた? 私もエルウィンも、お前の父親とは血がつながって無いの。だから結婚しても問題無いの。エルウィンとお幸せに!」


「は? そんな話聞いてないぞ!」


「可愛くなった今のエリシアなら抱けるって言ってたじゃない!

 男なら誰かを抱いても結婚出来るから大丈夫よ!」


 一言問いかけただけなのに、ここまで語ってくれるなんて。

 まさか何分も喧嘩が続くとは思っていなかったけれど、これだけ時間が経てばレティが心配して探してくれると思う。だから私にとっては都合の良い事。


 それに、コリンナとエルウィンが義理の弟妹ですらない他人なら、私は手加減せずに抵抗出来る。

 少しでも血が繋がっていたら傷付けたくないけれど、お母様を奪った側の人を許したりは出来ないもの。

 エルウィンが私を抱き締めるだけでライアス様との婚約が解消されるとは思わないけれど、私が襲われたことを知ったライアス様は激怒するに違いない。


「こんなガキみたいな女と結婚なんて御免だね。

 まあ、仕方ないから抱くだけ抱くけど、報酬は出せよ?」


 そんな声が聞こえると、視界を覆っていた布が外される。

 ここは使われていない小さな部屋のようで、クッションの無いベッドしか置かれていない。


 コリンナはそのベッドを移動させて、ドアが開けられないように塞いでしまった。

 すると、今度はコリンナとエルウィン二人がかりで私の身体を床に押さえつけてきて、身動きが取れなくなってしまう。

 でも、縄から腕を抜くことは出来た。


「おいおい、こんなところからナイフが出てきたぞ。

 これでドレスを切ればいいのか?」


 他人にドレスの中を見られるのは恥ずかしいけれど、ナイフは私の手の近くに置かれたから、あと少しの我慢だ。


「そのドレスは私が着るから、大事に扱って。下着は切っても構わないわ」


「コリンナ、こいつの腰を浮かせてくれ。これじゃあ何も出来ねぇよ」


「はいはい」


 面倒そうな声に続けて、コリンナが私の腰を浮かせる。

 そしてエルウィンの手がドレスの中に伸びてきた。


 二人とも手が塞がっている状況だから、まずはエルウィンの股を蹴り上げる。


「うっ……」


「大人しくしなさい!」


 エルウィンは短く呻くと、私の足が直撃した場所を押えて蹲る。

 コリンナは私を抑え込もうと手を伸ばしてきているけれど、私の拳の方が先に鼻に当たった。


 ライアス様から教えてもらった指輪攻撃をするのは初めてだったけれど、上手くできたみたいでコリンナは気を失って倒れた。

 でもまだ油断は出来ない。


 エルウィンは痛みが引いたら暴れると思うから、今のうちに私の手を縛っていた縄でエルウィンが動けないように足とベッドの足を縛り付ける。

 これでもう大丈夫だよね……?


「よくも俺の大事なところを……!」


 パニエは取られてしまったけれど、他は無事。本当に見られてはいけないところは隠せていて良かったわ。

 ドレスのスカートの膨らみが無くなって歩きにくいけれど、ベッドを移動してドアを開ける隙間は作ることが出来た。


 それからエルウィンが持っていたナイフと私の護身用の短剣を持って出ようとしていると、複数の足音が聞こえてきて激しくドアがノックされた。


「開けろ!」


 そんな声に続けて勢いよく扉が開けられ、ドアの淵から木屑が舞う。


「武器を下ろせ!」


「は、はいっ」


「し、失礼しました。エリシア様は武器を持っていてください。

 お怪我はありませんか?」


「大丈夫ですわ」


「エリシア様はここから離れてください」


 入ってきた護衛さんに言われて部屋を出ると、心配そうな表情を浮かべているレティとライアス様の姿が目に入る。


「エリー、怖い思いをさせて申し訳なかった」


「私も抜け出してしまって申し訳ないですわ」


「事情が事情だったのだから、仕方無い。呼び出された時にエリーと一緒に居なかった俺の失態だ」


「私がジュースを飲み過ぎなければこんなことにはならなかったですから、反省しますわ……」


「問題があるとすれば、この屋敷の警備体制だと思いますわ。

 ここは夜会の参加者が通る場所ですのに、警備が一人も配置されていなかったですもの」


 私とライアス様で謝り合っていると、レティがそんなことを口にする。

 思い返してみると、王宮では廊下にも警備の目が届くようになっていたから、ここの警備体制に疑問を抱くのは当然のことだと思う。


「確かに、ヴァイオレット嬢の言う通りだ。

 グレイル家には警備体制の見直しを指示する」


 そんなやり取りの間も、私はレティとライアス様からすごく心配されていたのだけど、本当に私が無事だと分かると二人とも笑顔を浮かべてくれた。

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