21. 嫌な夢と記憶




   ◇




「こんな不味いお茶、飲めるわけないわ!

 淹れ直して!」


 義妹のコリンナの声に続けて、淹れたばかりのお茶が飛んでくる。

 それは全て私が着ている侍女服にかかって、染み込んでいく。


 でも、熱い感覚は無かった。

 きっとこれは夢。でも、この出来事は本当にあったことだから、あの時の痛みを思い出してしまう。


「お待たせしました」


「今度のも不味いわ」


 淹れ直して出し直しても、また怒られてしまう。

 さっきは服だったけれど、今度は頭からお茶をかけられてしまった。


 痛みは無い。でも、あの時の頭から顔までを襲った激痛を思い出して、つい目を閉じようとする。

 でも、目の前の光景が消えことは無かった。


 夢だから、逃げられないみたい。

 でも、あの時の私は痛みに耐えかねてコリンナの前から逃げ出した。


「待ちなさい! エリシアなんかの分際で自由に動いて良いとでも思ってるの!?」


 早く冷やさなきゃ。

 その一心で洗い場に向かっていると、誰かに足を出されて転んでしまう私。


 足を出してきたのは義弟のエルウィン。私より四つ年下の彼の背丈は私を越していて、おまけに体格も良いから私に抵抗することなんて出来なかった。


「顔真っ赤にして何怒ってるんだ? 俺に反抗しようって?

 そんなこと許すわけないだろ!」


 その言葉に続けて飛んできた拳は、私の口の辺りを強かに打った。

 この時私の前歯が抜けてしまって、口の中も切れてしまって、中々血が止まらなくて大変だったのよね……。


 私が気絶したことに焦ったのか、エルウィンもコリンナもこれ以来は暴力を振るうことは無かったけれど、酷い言葉で罵られたことは数えきれないほどだ。

 不細工。乞食。枝。どれも私の容姿を嘲笑うものばかりで、耳にするたびに辛かった。


 ライアス様や王族の方々は私の容姿を誉めてくれているから、エルウィンとコリンナの目は節穴かガラス玉だったのだと思うけれど。


 場面が変わって、今度は水面が目の前に迫ってくるところで、私は飛び起きた。




「酷い夢」


 辛くなってしまうから思い出さないようにしていたけれど、こんな夢で思い出してしまうなんて……。

でも、今日はお義母様の裁判がある日だから、準備をしなくちゃ。

 

 だから頭が冴えるようにと冷たい水で顔を洗いに向かう。


「……本当に綺麗になってる」


 姿見に映る私の肌が一目見て分かるほど綺麗になっていて、つい声を漏らしてしまった。

 昨夜のエステのフルコースは本当に効果があったみたい。


 本当に火傷の跡も殴られた時の跡も残らなくてよかったと思う。

 前歯は無いままだけれど、この前少し触ってみたら生えかけの歯が歯茎を押し上げていることに気付いたのよね。


 成長が遅れた事に嘆いていたけれど、悪い事ばかりでは無かったみたい。




 それにしても、たった一回のエステでここまで変わるなんて思わなかったから、すごく驚いてしまった。

 お陰で目が覚めたような気もするけれど、顔は洗わないといけないから、蛇口を捻って水を出す。


 バードナ邸では井戸から水を汲んでいたけれど、王都には水道が整備されているから、井戸は使わなくても大丈夫なのよね。

 だから侍女さん達の仕事はバードナ邸よりも楽だと思う。求められる仕事のレベルが王宮の方が高いから、気苦労は大きそうだけれど。


 なんて思っていたら、私が起きたことに気付いたみたいで部屋の扉がノックされた。

 侍女さん達には許可を取らずに入って良いと言ってあるから、そのまま扉が開けられる音が聞こえくる。


「おはようございます、エリシア様。

 今日はお早いのですね」


「おはようございます、イリヤさん。

 早く起きようとは思っていなかったのですけど、自然と目が覚めてしまいましたの」


「そうでしたか。

 まだお時間には余裕がありますので、今日はゆっくり準備致しましょう」


 それから社交用のドレスに着替えて、髪を整えてもらったりメイクをしてもらったり。

 私は何もせず椅子に座っているだけなのだけど、侍女さんがやりやすいように何度も体勢を変えていたから、少しだけ疲れてしまった。


「これで完成でございます」


「ありがとうございます。今日はいつもよりも綺麗に見えますわ」


「エリシア様が少しでも自信を持てるようにと、今日は気合を入れましたので」


「そうだったのですね。

 確かに、これなら胸を張って戦えそうです!」


 侍女さんに言葉を返してから、イリヤさんに促されて玄関に向かう私。


 玄関に差し掛かると、先に待っていたライアス様の姿が見える。

 彼は私の護衛ということになっているらしく、初めて見る礼服を身に纏っている。


「ライアス様、お待たせしました」


「俺もさっき来たところだ。

 エリー、今日も綺麗だよ」


「それを言ったら、ライアス様は私が霞むくらいお美しいですわ」


「いやいや、霞は俺だよ。

 美しく見えるなら、この副団長の制服のお陰だろう」


 よく見ると、ライアス様の胸元には王国騎士団の紋章が煌めいているから、彼は騎士団の副団長ということになる。

 騎士団は実力主義だから……ライアス様はかなりお強いらしい。


「騎士団の副団長様だったのですね……!」


「一応、そういうことになっている。

だから親衛隊よりもエリーを守り通す自信はあるよ」


「頼りにしていますわ」


「ああ、いくらでも頼ってくれ」


 ライアス様の言葉に頷いてから、彼と並んで王宮の外に足を踏み出す私。

朝の澄んだ空を見ながら、こんなことを思った。


 ――今日のお義母様との対決、絶対に負けないわ!

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