22. 矛盾だらけの嘘

 絶対に負けないと決意してからは不思議と体が軽くなったような気がして、重々しい雰囲気の法廷でも落ち込んだりはしなかった。

 流石にこの雰囲気の中でライアス様とお話は出来ないから、私は証言する時が来るのを静かに待っている。


「それでは、被告人が入廷します」


 裁判長の声に続けて、灰色のワンピースと拘束用の縄だけを纏ったお義母様が真っ直ぐ前を見据えたまま入ってくる。

 まるで「自分は何も悪い事をしていない」と言っているような、自信に満ちた表情を浮かべている。


 でも、私と一瞬だけ目線があっても何も思わなかったみたいで、表情は一切変えなかった。


「被告人キャロルよ。お前はバードナ伯爵令嬢のエリシア様を川に投げ落とし、殺害しようとした罪がかけられている。

 ほかにも日頃から鞭で打つ、食事を抜くなどの虐待を行っていたことも分かっている。

 これについて、何か弁明はあるか?」


「ありますわ」


 裁判長が問いかけると、お義母様は法廷内に響き渡る声で言い放つ。

 一体どんな言い訳を用意してきたのか分からないけれど、もう証拠は集まっているから言い逃れなんて出来ない。


「申してみよ」


「わたくし、エリシアを殺そうなんて思ったことはありませんわ!

 虐待もしていません! あの子は不出来だから、教育していただけですもの。その教育に耐えきれなくなって川に身投げをしたのもあの子がやったことですわ」


「お前が解雇した元バードナ家の使用人達の証言とは異なるようだ。

 キャロルは証拠を集めた王家の事を疑っているようだから、ここでもう一度証言してもらおう」


 そうして侍女さん達が順に証言していき、最後に私も証言をする。

 証言をする時は名乗らなくても良いことになっているから、名前は明かさずにお義母様にされたことだけを説明した。

 そこでようやく私の正体に気付いたみたいで、お義母様は怒りの籠った視線で私を睨みつけている。


「……以上ですわ」


「被害者本人の証言と目撃者の証言は一致している。

 唯一違異なっているのは、キャロルお前の証言だけだ」


「あの女がエリシアだって言うの!?

 あの娘はもっと不細工でみすぼらしくて、とても表に出て良いような容姿はしていなかったわ! 鞭で叩いても言うことが聞けないような子が大人しく証言するとも思えない! 仕方無いから物置小屋に閉じ込めたけれど、そうでもしなかったら私は今頃殺されていたわ!

別人を連れて来て演技させるなんて、王家も最低ね!」


 どうやら目の前の私がエリシアだとは認めたくないみたいで、王家の批判までするお義母様。

 王家への批判はある程度許されているから、陛下は眉をひそめただけで一切動かない。


 けれど、お義母様に向けられる視線は厳しいものばかりだ。


「キャロルよ。お前はエリシア嬢への虐待をしていたことは認めるのだな?」


「虐待!? 私は教育をしただけですわ!」


「鞭で打つことは教育とは言わぬ! 多大な苦痛を伴う拷問と同じことだ!

 それを罪の無い伯爵家の令嬢にしていたなど、許されることでは無い!」


「へ、陛下……!?」


 陛下の言葉を聞いて自らの過ちに気付いたのか、間抜けな声を出すお義母様。

 必死に取り繕うとしている様子だけれど、過ちが大きすぎて次の言葉は出せない様子。


 それでも私を睨みつけることは止めていないから、まだ余裕があるみたい。

 私を殺めようとしたことも一切反省していない様子だから、こんな問いかけをすることにした。


「お義母様。私は物置小屋に閉じ込められて一歩も外に出れない状態でしたけれど、どうすれば川に身投げなんて出来るのでしょうか?」


「……嘘を言わないで頂戴!」


「私を物置小屋に閉じ込めていたと言ったのは、お義母様ですわ。

 これが嘘なら、お義母様が嘘を言っていたことになりますけれど……」


 ここで閉じ込めていたことが嘘だと口にすれば、今までの言葉も嘘だったと自らを追い詰めることになる。

 逆に閉じ込めていたことを認めれば、お義母様が虐待を認めることになる。


 だから言葉に詰まっている様子だったけれど、今度は吹っ切れたみたいで、こんな言葉が飛び出してきた。


「もういいわ。お前殺そうとしたのも、お前の母親を殺したのも全部私よ!

 私が大好きだったあの人を政略と言って奪ったあの女が許せなかった! あの女の子のお前も許せなかった!

 だから毒を盛ってやったわ。あの女は簡単に死んでくれたけれど、お前だけは中々死ななかった! 毒をいくら盛られても体調すら崩さないなんて、お前は化け物だわ!」

 今すぐ死ね! 化け物でごめんなさいって謝れ!」


 汚い言葉で捲くし立てられているけれど、お母様が病ではなく毒殺されていたことがショックで言葉が出ない。

 嘘であって欲しいけれど、この状況でお義母様が嘘を言っていない事くらい目を見ていれば分かる。


「お母様を殺したですって……?」


「そうよ! あの泥棒女が悪いのよ!」


「まさか余罪が出てくるとは思いませんでした。

 これ以上の弁明の余地はない。よって、これより判決を言い渡す」


 喚き声を上げ続けるお義母様を他所に、裁判長がそう前置きをする。

 同時に衛兵さんがお義母様を押さえつけ、喚けないようにと口に何かを突っ込んだところで、裁判長が再び口を開いた。


「罪人キャロルは鞭打ち千回の後、極刑に処す。

 なお、鞭打ち中は余罪についての取り調べを行うこととする。

 以上」


 続けて陛下が承認のための木槌を二回叩くと、張り詰めていた空気が少しだけ和らいで、お義母様は法廷の外に引き摺り出される。

 それから私達も法廷を後にすることになって、ようやく肩の力を抜くことが出来た。


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