13. 伯爵家の未来

「ここがダイニングだ。

 まだ誰も来ていないから、軽く説明するよ」


 ライアス様に連れられて扉をくぐると、大きなテーブルと沢山の椅子が目に入った。

 椅子は全部で十六脚。中は落ち着いた雰囲気になっていて、装飾の類も控えめになっているけれど、あまりの広さに緊張してしまう。


「席は早い者勝ちにしているから、自由に座って良い」


「分かりました。では、私はここで」


 ライアス様は自由だと言っていたけれど、私なんかが上座に座るなんて畏れ多い事は出来ない。

 だから一番入口に近いところに座ったのだけど……。


「いや、こっちにしよう。待たせている人が偉そうにする権利は無いからね」


「上座に座っても本当に大丈夫なのですか……?」


「ああ。父上と母上が下座側になることもよくあるから、気にしなくて良い。

 これが俺の家族のルールなのだ」


「エリシアさんの隣に男が来ないように、私はここにするわ」


 そう言われてしまったら、ライアス様の言葉を受け入れることしか出来なくて、私はライアス様の向かい側に腰を下ろす。

 私が想像していた王家とは全然違うから、本当に大丈夫なのか心配になってしまう。


「待たせてすまない」


「父上、今日は早かったですね」


「エリシア嬢を待たせるわけにはいかぬからな。今日は本気で頑張った」


「普段から本気を出さないと、大臣から見下されますよ」


 けれど、陛下は本当に席のことを気にしていないみたいで、ライアス様の隣に腰を下ろした。

 この広いテーブルのお陰で、椅子同士の間隔は離れているけれど、目の前に陛下が座っていて、隣には王妃様が座っている状況に、緊張が収まる気配は全くない。


 心臓に毛が生えていれば、きっとこんなに苦しくはならないのに……。


「陛下、挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。

 エリシア・バードナと申します。よろしくお願いします」


「クリフォード・ノールダムだ。

 エリシア嬢と会うのは十年ぶりだろうか? 元気になったようで何よりだ。

 ここでは自分の家のように過ごしてもらって構わない。

必要な物があれば、すぐに用意しよう」


「ありがとうございます。今は大丈夫です」


 まさかの陛下も優しくて、感動で目頭が熱くなってしまう。

 私はお邪魔している身だから、我が物顔で過ごすつもりは無いけれど、今の言葉のお陰で緊張が和らいだ気がする。


 そんな時、第二王子殿下と第三王子殿下も姿を見せて、入ってきてすぐに私を見定めるような視線を送ってきていた。

 少し怖いけれど、失礼にならないようにと挨拶をすると、すぐに笑顔で挨拶が返ってきた。


「虐げられていた令嬢と聞いていたが、元気そうで何よりだよ。

 これからよろしく! 俺のことはお兄ちゃんと呼んでも良いからな!」


「イーサン、エリーはお前より一つ年上だ。失礼にも程がある」


「冗談ですよね?」


「冗談に聞こえるか?」


「エリシア嬢、本当に申し訳ない。俺のことは気軽にイーサンと呼んで欲しい」


「気にしていないので大丈夫です。呼び捨ては難しいので、イーサン様とお呼びしますね」


「エリシアさん、姉様より優しそうで安心しました。僕のことはフレッドとお呼びください。

 姉様は本当に怖いから……」


「誰が怖いですって?」


 フレッド様の言葉の直後、扉の方から王女様の声が響く。

 王女様は満面の笑顔を浮かべているけれど、イーサン様は視線を一瞬で逸らしていた。


「げっ、姉様!? いつからそこに……」


「ずっと聞いていたわよ?」


「気のせいです! 姉様を怖いと思ったことは百回くらいしかありません!」


「十分すぎるわ!

 人前で同じこと言ったら、ただでは済まさないわよ!」


 王家の家族仲は本当に良いみたいで、このやり取りでも緊張感は全く無かった。

 ちなみに、王女様――フィリア様は私と同い年なのだけど、背丈は頭一つ分も離れている。


 私はいまだに子供みたいな体型だから、比べると悲しくなってしまった。

 成長期、来ると良いな……。


「エリシアさん、見苦しいところを見せてしまってごめんなさい。

 フィリアと申します。よろしくお願いしますわ」


「初めまして、フィリア様。

 エリシア・バードナと申します。よろしくお願いします」


 フィリア様は柔らかな笑顔を浮かべて挨拶をしてくれたから、私も笑顔を浮かべて挨拶を返す。

 上手く出来ているかは分からないけれど、何も言われなかったから大丈夫だと信じたい。


 そうしていると食事が運ばれてきて、夕食が始まった。


「エリシア嬢について、少し話しておこうと思う。

 まず、エリシア嬢を川に落としたバードナ夫人は、使用人達の証言が集まり次第拘束することに決まった。

 バードナ伯爵は罪こそ犯していないが、虐待を見過ごしているから共犯に等しい。よって爵位剥奪にする。しかし、そうすればエリシア嬢の立場が無くなる故、信頼出来る家の養子にと考えている」


「養子、ですか……?」


「そうだ。エリシア嬢の実母は友人が多かったから、断る家は少ないと思う。

 マナーは叩き込まれることになるが、普通の貴族らしい生活を送れるはずだ」


 お父様の爵位剥奪が決まっているなら、養子になった方が私にとっては良いと思う。

 けれど、血の繋がっていない私を快く思わない家の養子になってしまったら……きっと同じことの繰り返しだ。


 そうなってしまったら、私はもう耐えられない。だから、優しくしてくれている王家の養子になれたら、なんて思ってしまった。


「エリー、何か不安があるのかな?」


「また酷い扱いを受けないか心配で……」


「なるほど。それなら、定期的に王家の誰かが会いに行くよ。

 何か酷い事をされたら、その時に教えてくれれば大丈夫だ」


 王家の誰かと会えるなら、きっと大丈夫だと思う。

 どの家も王家の意志に反することなんて出来ないのだから。


「分かりました。陛下の提案を受け入れます」


「そうと決まれば、信頼出来る家に手紙を出そう。

 いや、バードナ家に勘付かれて先回りされると厄介だ。私が直接、話に行こう」


「あなたは王の仕事をしてください。根回しは私がしますわ」


「俺も動きますよ、母上」


「私も手伝いますわ」


 私のために王妃様とフィリア様、それにライアス様も動いてくれるみたい。

 まだ出会って間もないのに、こんなに良くしてもらえるなんて……嬉しくて目頭が熱くなってしまった。

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