14. 天国みたいです
心配をかけてしまうから、涙は流せない。
だから必死に涙を堪えていると、ライアス様がこんなことを口にする。
「エリー、泣きたかったら泣いても良い。
ここは社交の場では無いから、いくらでも感情は表に出して良い」
ライアス様には私が涙を堪えていると分かっていたみたい。
でも、もう目頭の熱は引いていったから、我慢しなくても大丈夫そうだ。
「ありがとうございます。
もう大丈夫です」
「そうか。無理はしないように」
「気を付けます」
頷いてから、お皿に手を伸ばす私。
そんな時、フィリア様がこんなことを口にした。
「お父様。バードナ家について分かったことがありますわ」
「思っていたよりも早かったな。
どこまで分かった?」
「夫人のキャロルですけれど、エリシアさんの遺体が見つからないことから生存を確信したようです。
今は領地の中を血眼になって探しています」
予想はしていたけれど、やっぱり王家はお義母様達の様子を探っているらしい。
使用人に紛れているのか、それとも他の方法を使っているのかは確信が持てないけれど、お義母様に密偵を見破る力は無いと思うから、きっと調査は順調に進むと思う。
「そうか。ライアスから探していることは聞いていたが、やはりか。
しかし目の前にエリシア嬢が居ても気付かなかったらしい。名前を呼ばなければ大丈夫だろう」
「父上、それについて提案があります。
エリシアさえ良ければ、愛称のエリーと呼ぶのはいかがでしょう? エリーという名前の方も居るので、別人と思わせることが出来るかと。
万が一にも、うっかり本当の名前を口にしないよう、日頃から愛称で呼ぶと良いでしょう」
「なるほど、それでライアスはエリシア嬢をエリーと呼んでいたのか。
ようやく婚約する気になったのかと喜んでいたが、勘違いだったようだな。
「余計なことを言わないで下さい」
普通は婚約者同士か家族でないと愛称で呼ぶことは無いから、陛下の勘違いは仕方の無いことだと思う。
だから私は気にしていないけれど、ライアス様は気恥ずかしそうにしている。
「エリシア嬢、私達もエリーと呼んでも大丈夫だろうか?」
「大丈夫です!」
断る理由なんて無いから、陛下の問いかけに頷く私。
もし私の居場所が分かれば、お義母様はどこまでも追いかけてくると思う。
今の私は王家が味方になってくれているから、連れ戻されることは無いと思うけれど……あんな生活には二度と戻りたくないから、絶対に見つからないようにしなくちゃ。
「ありがとう。
では、エリーを受け入れ先は慎重に探すことにしよう」
「お願いします」
深々と頭を下げる私。
それからは、色々なことをお話ししながら夕食を進めた。
◇
夕食後。与えられた部屋に戻っている時のこと。
両足にズキズキとした痛みを感じて、足を止めてしまった。
「エリー、大丈夫か?」
「足が痛くなってしまって……」
「旅の疲れではなさそうだな。
どんな痛みだ?」
「よく分からないですけど、ズキズキとする感じがします」
「まだ確かなことは言えないが、成長痛の類だと思う。後で医者に見せよう。
歩くのが辛かったら、部屋まで運ぶよ」
「我慢するので大丈夫です!」
これくらいは鞭で打たれた時よりも全然痛くないから、我慢すれば普通に歩ける。
けれどこんな風に何もしていなくても痛むのは初めてだから、少し怖くなってしまった。
成長痛なら嬉しいけれど、何かの病気だったらと思うと恐ろしい。
だから部屋に戻ってすぐにお医者様に診てもらうことになったのだけど……。
「成長痛でしょう。栄養不足が解消して、遅めの成長期が来たものと思われます。
本来の身長にするためにも、しばらくは早寝を心掛けた方が良いかと」
「分かりました。ありがとうございます」
「痛み止めをお出ししますので、あまり酷いようならお使いください。
それでは、失礼致します」
お医者様が部屋を出るのを見送ってから、急いで寝るための準備を始める私。
これから成長できると分かっただけで嬉しいけれど、早寝しないと成長出来なくなってしまうみたいだから、はやる気持ちを抑えてお風呂に向かう。
「今から湯浴みをされますか?」
「はい。早く寝たいので」
「畏まりました。
お着替えは扉の前にご用意いたします」
「ありがとう」
侍女さんにお礼を言ってから、衣装部屋の奥にあるお風呂に入る私。
湯船には既にお湯が一杯に張られていたから、先に身体を洗ってからお湯の中に入った。
お義母様達がバードナ邸に来てからはお風呂なんて入れていなくて、身体は冷たい水で洗うことしか許されていなかった。
今は秋だから水でも耐えられたけれど、冬に水で身体を洗うことなんて出来ないから、料理の時にお湯を沸かしてこっそり身体を拭いていたのよね……。
その時と比べると、お湯に浸れる今は本当に天国みたい。
足の痛みもお風呂に入ってからは少し和らいでいるから、ずっとこうしていたいと思った。
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