15. 勉強します

 翌朝の朝食中のこと。

 王家の方々の予定の共有が終わると、私に視線が集まってきた。


 何が起こるのかと身構えると、メアリ様がこんなことを口にした。


「急だけれど、エリーさんには令嬢として最低限の勉強をしてもらうことになったわ」


「勉強、ですか……?」


「まずはマナーからね。使用人の所作だと社交界には出られないから、貴族令嬢らしい所作を身に着けてもらうわ」


 ずっと使用人と同じように扱われていて、使用人らしく振舞わないといけなかったから、私は令嬢らしい所作が出来ない。

 このまま他所の貴族に養子に行くなんて出来ないことくらい私も分かっているから、マナーも学問もしっかり身に着けたい。


「分かりました!」


「先生役は私になるけれど、大丈夫かしら?」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 メアリ様は王妃様という立場らしく、本当に綺麗な所作をされているから、教わるのは少しだけ怖いのよね……。

 優しい方だけれど、勉強になると厳しいと思うから。


「心配しなくても大丈夫よ。いきなり厳しくはしないから」


「ありがとうございます」


 不安は残っているけれど、お義母様達を見返すためにはメアリ様以上の先生は居ないのよね。

 だから、覚悟を決めて勉強を頑張ろうと思う。


「私はお母様から教わりましたけれど、辛いと思ったことは無いから大丈夫ですわ」


「そうだったのですね。勉強、頑張ります」


 そんなお話しをしている間にお皿の上が空になって、ごちそうさまの挨拶をしてから私達はダイニングを後にした。




 部屋に戻るとすぐ、私は侍女さん達に囲まれて衣装部屋に連れて行かれた。

 一体何が始まるのかと身構えていると、パーティーに行くようなドレスが差し出される。


 今着ている簡素なドレスと違ってフリルが沢山あしらわれていて、一目でお高いと分かる作りをしている。

 高いというだけでも怖いのに、飾り気が沢山だから動きにくいと思う。


「マナーの勉強は余所行きの装いでとのことでしたので、こちらにお着替えください」


「分かりました……」


 礼儀作法を使うのは社交に出る時だから、このドレスに慣れた方が良いのは分かるけれど……最初から難易度が高い気がするのよね。

 まだ始まっていないのに、今から不安になってしまう。


 そうしている間にもあっと言う間にドレスを着せられる。


「重くないですか?」


「大丈夫です」


「エリシア様はすごいですね。

 このドレス、フィリア様は五分も耐えられなかったのですよ」


「そんなに重いのですか……?」


「普通のご令嬢はほとんど運動なんてしないので、力が無いのです。

 だから、これくらいのドレスでも辛いと感じられる方が多いと聞きます」


 私は栄養が足りなくて腕はすごく細いから、筋肉も全然無いと思っていた。

けれど、フィリア様よりも力があるらしい。よく分からないけれど、ちゃんと身体は動かした方が良いのかもしれない。


「私、腕こんなに細いですけど……」


「少し触っても宜しいでしょうか?」


「大丈夫です」


 イリヤさんの問いかけに頷くと、腕を揉むように触られる。

 人に触られることなんて無かったから、不思議な感じだ。


「エリシア様のお肉はほとんどが筋肉ですから、見た目に反して力があるのだと思います。

 フィリア様の方が太いように見えますが、あれはほとんど脂肪なので、力にはならないのです」


「そうだったのですね。

 イリヤさんも筋肉の方が多いのですか?」


「もちろんでございます。私の場合はライアス様の護衛も兼ねているので、日頃から鍛えているのです」


 そんな言葉を聞いている間に首飾りに髪飾りまで付けられて、髪も綺麗に整えられていた。

 最後にはメイクまで。鏡の向こうに映っているのは私のはずなのに、この数分の間に別人のようになっていた。


「お待たせしました。

 早速ですが、お勉強の場所へ参りましょう」


 練習のためにここまでする必要があるのかは分からないけれど、きっと雰囲気も大事なのよね。

 そう思いながら足を踏み出すと、ドレスの裾が引っ張られて私は前に転びそうになってしまった。


「大丈夫ですか?」


「はい。ドレスって歩だけでも大変ですね……」


 イリヤさんは支えようとしてくれていたけれど、なんとか踏みとどまる私。

 けれど、踏んでしまった裾の事が心配になってしまう。


「破れたりはしていないので大丈夫です。

 歩くときは歩幅を小さくすると転ばないで済みます」


「分かりました!」


 言われた通りに歩いて、イリヤさんの後を追う私。

 そうして辿り着いた部屋に入ると、メアリ様とフィリア様が笑顔で出迎えてくれた。

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