16. 大変なこと

「まずは私達でお手本を見せるから、真似するところから始めましょう」


 私が部屋に入ってすぐ、メアリ様はそう口にするとフィリア様に向き直る。

 すると、淑女同士の挨拶が目の前で交わされ始めた。


「……という感じだけれど、見るだけでは分からないと思うから、言葉でも説明するわね」


 それから語られたのは、背筋の伸ばし方から手の角度に腰を折る角度、さらには表情まで。

 言葉遣いについても細かく教わった。


 挨拶だけでもこんなに沢山。とても覚えきれない気がするけれど……。


「ここから練習して覚えていきましょう」


「分かりました」


「私は間違っているところを指摘するから、フィリアは相手役をお願い」


 最初はフィリア様を相手に挨拶をすることになって、言われたことを試してみる。

 けれど最初から上手くなんて出来なくて、横からメアリ様に直された。


 二回目は直されるところは減っていたけれど、完璧からは遠いみたいで何回も直されてしまう。

 三回目は五回直されるだけで済んだけれど、まだ足りないみたい。


「あと少しね。エリーさんは身に着けるのが早いから、教えていて楽しいわ」


「エリーさん、本当にすごいですわ。私なんて、十回目でも沢山直されていましたもの。

 社交界の主役はエリーさんになりそうですわ」


「ありがとうございます。主役なんて私には無理だと思いますけれど……」


「私の勘って、結構当たりますのよ?」


 少し出来るようになると褒めてもらえるから、勉強なのに楽しい。

 これがバードナ邸だったら……きっと最後まで小言を言われて終わっていたと思う。


「頑張ってみます……」


「今指摘したところが直れば完璧だから、もう一度試しましょう」


 それから二回目で合格を貰うことが出来て、忘れないようにと何回か同じことを繰り返すことになったけれど、途中でお茶を挟んでも大丈夫だったから、きっと挨拶は身に付いたのだと思う。

 けれど、もう昼食前になっていたから、挨拶の勉強はここまで。


 それからは食事のマナーに表情の作り方、お茶会の時の所作からカーテシの練習。

 最後は歩き方を練習することになったのだけど……。


「歩幅が大きすぎ! 視線はもっと上! 線から曲がらないように!」


「これ難しすぎます……!」


 頭の上に本が置かれた状態のまま、床に引かれている線から外れずに十往復しなくちゃいけないのだけど……。

 一往復終えたところでバサバサと音を立てて本が落ちてしまった。


「少しずつ距離が増えてるから、頑張りましょう!」


「は、はい……!」


 フィリア様の励ましの声に頷いてから、背筋を伸ばす私。

 するとまた頭の上に本が積まれた。


 今までスタスタと早歩きをする事が多くて、その癖がうっかり出てしまうから歩く練習が一番難しい。

 けれど、ここで諦めるのは嫌だから、必死に令嬢らしい歩き方の練習をする。


「最初よりもかなり良くなっているわ。

 あと一息ね」


 マリア様はそう言っているけれど、今日中に出来る気がしない。

 けれど、集中して足を進めていたら、二往復、三往復と回数が重なっていく。

 そしてついに、十往復を終えることが出来て、マリア様の手で頭の上の本が除けられた。


「歩き方も大丈夫そうね。次は何も無い状態で試しましょう!」


「はい!」


 今度は広間を一周するように歩いていくけれど、一度も指摘はされなかった。


「お疲れ様、歩き方も合格ね。まさか一日で終わるとは思わなかったわ。

 本当にエリーさんは優秀ね。才女を使い潰そうとしていたバードナ家が腹立たしいわ」


「ありがとうございます! メアリ様の教え方が上手なお陰です」


 途中まではあまり疲れていなかったけれど、歩き方の練習で一気に疲れてしまった。

 そのことに気付いたのか、フィリア様が椅子を持ってきて座るように促してくれる。


 メアリ様にも視線で許可を求めると頷きが返ってきたから、私は腰を下ろした。


「私はお手伝いをしただけだから、エリーさんの実力よ。

 もっと自信を持って良いわ」


「エリーさん、お疲れ様。貴女の才能に嫉妬してしまいそうですわ」


「私にとってはフィリア様が完璧に見えるので、本当に羨ましいです」


「私もエリーさんが羨ましいですわ。

これから一緒に社交界を盛り上げていきましょう!」


 フィリア様は私を認めてくれたみたいで、そんな言葉をかけてくれる。

 まだマナーを学んだだけで社交界を盛り上げるなんて無理だと思うけれど、認められたことが嬉しくて、身体が軽くなったような気がした。

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