31. 失礼な人

「貴女、どういうつもりで私の婚約者様を誘惑しようとしているの?」


「誘惑なんてしていませんわぁ。私はただ殿下と少しでも仲良くなりたいだけですぅ」


 私が問いかけると、コリンナは平然とした様子で言葉を返してきた。

 普段の話し方とは違う、語尾を伸ばした口調にめまいを覚えながらも、私は言葉を続けようとした。


 けれど、それよりも先にコリンナが何かに気付いたみたいで、こんなことを口にする。


「その声、もしかしなくてもエリシアね! 王子様なんてエリシアには見合わないわ。

 私みたいに可憐で美しい令嬢じゃないと。お前は前みたいに床でも拭いていればいいのよ」


「基本的なマナーも守れない人に言われたくありません。

 まずは自分を見つめ直した方が良いですわよ?」


 コリンナはここが社交界なのに、おおよそ令嬢とは思えないような振舞いをしている。

 それでいて自分のことを美しいと言えるなんて、元々神経が図太いとは思っていたけれど、ここまでだとは思わなかった。


 ライアス様は怒りを通り越して呆れてしまっているみたいで、嫌そうな表情を隠していない。


「エリシアの言う通りだ。コリンナ・バードナ、お前のような無礼者とは関わりたくない。

 今すぐ俺とエリシアから離れろ。命令だ」


「そんなっ、嫌ですわぁ」


「売春婦のような装いをしている者と交流を持つことは出来ない。今すぐ俺から離れろ」


「だ、誰が売春婦ですって……!?」


 私は売春婦を知らないけれど、今のコリンナは胸元が大きく開いている真っ赤なドレスを身に纏っている。装飾品もどこから持ってきたのか、ジャラジャラと音を立てるほど着けているから、あまり直視はしたくない。

 ドレスの丈だって他のご令嬢方は地足が見えないくらいのものなのに、コリンナは膝の上まではっきり見えるほど短くしている。


 悪い意味で目を引いているけれど、本人には自覚が無かったみたいで、ライアス様に指摘されると顔に怒りを滲ませていた。


「コリンナ・バードナ、お前のことだ」


「殿下、淑女に売春婦だなんて酷いですわぁ」


「……これは酷いな。

 エリー、この女のことは無視してダンスでもしよう」


「はい、喜んで!」


 ライアス様はコリンナを押しのけると、すぐに笑顔を浮かべて私に視線を合わせてくれた。

 ちょうど会場に流れている音楽がダンスに用いられる曲に変わっていたから、会場の中央近くに移動する私達。


 コリンナは会場の警備も兼ねている給仕さん達によって会場の外に出されているから、私達を邪魔する人は居なさそうだ。


「途中からだけど、大丈夫かな?」


「ええ、沢山練習しましたから大丈夫です」


 ライアス様の問いかけに応えると、優しく手を引かれる。

 彼のリードのお陰で練習の時よりも上手く出来ている気がして、途中からだけれど楽しい。


 ダンスは社交のためのものだから他の方と踊る機会もあると思うけれど、ライアス様とのダンスに慣れてしまったら他の人と踊るなんて出来なくなりそうで少し心配になってしまう。


「次は難しい曲だね。途中で無理だと思ったら、こっそり離れよう」


「分かりましたわ」


 でも、難しい曲でも楽しむ余裕もあったから、厳しい練習を頑張って良かったと思う。

 もし練習をしていなかったら、きっと今頃は恥ずかしいところを会場の方々に見られることになるのだから。


「やっぱり曲は難しいな。

 話していたら間違えそうだ」


「私も……集中しますわ」


 ライアス様は余裕そうな表情を浮かべているけれど、私は彼の足を踏まないように必死だ。

 けれど、無事に終えると、周りから小さく拍手を送られた。


「まさか殿下の婚約者様がこれほどお上手だとは……」


「他のご令嬢方は途中で諦めていましたから、殿下に見合うお方は他に居ないのでしょう」


「ご夫人方は残っている方もいますが……?」


「経験した場数が違いますから、踊れない方が問題でしょう」


 どこからか小声で噂話をしている声が聞こえる。

今のダンスで私はかなり注目されていたみたいで、周りを見てみるといくつもの視線を感じた。


「皆、エリーのことを認めてくれているみたいだね。安心したよ」


「嬉しいですけれど、少し恥ずかしいですわ……」


「次は目立たないようにしよう」


 注目されるのは恥ずかしいけれど、ライアス様とのダンスは楽しくて。

 この後は三曲だけ楽しんでからテーブルのある場所へと戻った。

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