24. 公爵邸へ

 あの後、お父様が承諾書にサインをして、私は正式にアイシューヴ公爵家の養子になった。

 けれども生気が完全に抜けてしまっている様子だから、このまま自死を選ばないか心配になってしまう。


「このままエリシアに会えないのか……」


「月に一回くらいなら、会っても良いですわよ?」


「良いのか!?」


「はい。このままだと、お父様がお母様の後を追いそうで心配ですもの」


「本当にありがとう……!」


 お父様の事は許していないけれど、死んでほしいわけではないから、これくらいの妥協は必要だよね。

 本音を言うと、お母様が亡くなる原因を作り出したお父様とは二度と顔を合わせたくないけれど。


「抱き着かないでください。

 もう他人になりましたのに……」


「し、失礼した」


「これで手続きは終了です。バードナ伯爵殿は退室して頂いて結構です」


 立会人になって下さっている陛下がそう口にすると、お父様は名残惜しそうに部屋を後にする。

 それから少しして、私はアイシューヴ公爵邸に向かうことになった。


「今までお世話になりました。本当にありがとうございます」


「どういたしまして。また社交界で会える事を楽しみにしていますわ」


「ライアス様、助けて頂いて本当にありがとうございました。

 このご恩は必ずお返しします」


「どういたしまして。

 エリーが元気で居てくれればそれで良い。また必ず会おう」


 私が深々と頭を下げてお礼を言うと、ライアス様からそんな言葉が返ってくる。

 何もお返ししないのは気が引けるけれど、今の私に何かをお返しする力なんて無いから、彼の言葉に頷く。


「本当にありがとうございました……!」


 最後にもう一度お礼をしてから、私はアイシューヴ公爵家の馬車に向かって足を踏み出す。

 馬車の前にはアイシューヴ公爵家の使用人さんが控えていて、乗りやすいようにステップを置いてくれている。


 アイシューヴ公爵夫妻は先に馬車に乗っていて、柔らかな笑顔で私を迎え入れてくれて、お二人の向かい側に座ると馬車の扉が閉められた。

 それから間もなく馬車が動き出して、あっという間にライアス様達の姿は見えなくなってしまった。




 そうして馬車に揺られること十数分。


「間もなく到着致します」


 御者台から声をかけられて窓の外を見ると、真っ白な塀だけが見えていた。

 アイシューヴ公爵家は王家にも屋敷を構えているから、着くのはあっという間だ。


 門をくぐって庭園に入ると、鮮やかな花々が目に入る。

 そして噴水の横を通り抜けて少しすると、ゆっくりと馬車が止まった。


「お待たせいたしました。足元、お気を付けください」


「ありがとう。エリシアちゃん、先に良いわよ」


「ありがとうございます、エレノア様」


「もう親子になったのだから、お母様と呼んでくれて良いのよ?」


「分かりましたわ」


「俺のことはお父様と呼んで欲しい。

 嫌なら大丈夫だが」


「嫌ではありませんわ。これからお父様と呼びますね」


 言葉を交わしてから、お義母様の手を借りて馬車を降りる私。

 視線を玄関の方に向けると大勢の使用人さんが出迎えに来てくれていて、圧倒されそうになってしまう。


 お屋敷は外にも装飾が施されていて、近くだと本当に立派に見える。

 きっと中も立派なのだと思うと、楽しみな気持ちと恐ろしいという気持ちに襲われてしまう。


「「お帰りなさいませ!」」


 お義母様も馬車から降りると、使用人さん達が揃って頭を下げていた。

 流石は公爵家、使用人さん達は優秀な人ばかりみたい。


 そう思っていると、使用人さんの列の中央辺りから執事さんと侍女さんが一歩前に出て来て、こんなことを口にする。


「エリシア様、ようこそいらっしゃいました。

 私はここの執事長を務めております。何かお困りごとがございましたら、お申し付け頂ければと思います」


「エリシア様、初めまして。私は侍女長を務めております。何かご不満がございましたら、遠慮なくお知らせくださいませ」


「ありがとうございますわ。

 これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、宜しくお願い致します。

 早速ですが、エリシア様のお部屋をご案内させて頂きます」


 挨拶を交わしていると、侍女長さんに中に入るように促されたから、その後を追う私。

 このお屋敷の中は想像していた通りに豪華で、玄関ホールの天井からは巨大なシャンデリアが下がっている。

 ここは三階まで弧を描くオシャレなデザインの階段があって、侍女長さんは左側の階段を上がっていく。


「エリシア様、これからお嬢様と呼ばせて頂くこともあるかと存じますが、宜しいでしょうか?」


「ええ、大丈夫ですわ。

 それにしても、ここの玄関は本当に豪華ですのね」


「公爵家としての品位を問われる部分ですので、先代の当主様が他家に見劣りしないようにと、このようなデザインにされたそうです。

 旦那様は落ち着かないとおっしゃられておりましたが、お客様からは好評でございます」


 たまに見る分には良いかもしれないけれど、これだけキラキラしていたら落ち着かないわよね……。


「旦那様と奥様、それにお坊ちゃま方の私室は全て二階にございます。

 お嬢様のお部屋も二階にご用意させて頂きました」


「そうなっていますのね。ありがとうございます」


 階段を登り終えて廊下に進むと、玄関の煌びやかさとは違って落ち着いた雰囲気になっている。

 一階の廊下は奥まで豪奢な明かりが並んでいたから不安だったけれど、ここは落ち着いて過ごせそうで安心した。


「こちらになります」


 お部屋の中も落ち着いた雰囲気で、王宮の部屋よりは小さいけれど、広すぎて落ち着かないなんてことにはならないと思うから、すごく気に入った。


「落ち着いた雰囲気ですのね! 気に入りましたわ」


「それは良かったです。まずはお部屋の中の説明から致しますね」


「お願いしますわ」


 それから私は一通りの説明を受けて、あっという間にお昼の時間になっていた。

 これから昼食なのだけど、お義兄様達と上手くやっていけるか不安だわ……。

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