2. 見慣れない部屋

 目を開けると、見慣れない天井が目に入る。

 蜘蛛の巣なんて張っていない、すごく綺麗な天井。


 いつの間にか知らないところに居るから、あの声を聞いた後の私は気を失っていたらしい。


 死を覚悟していたけれど生きている。

 夢かと思って腕を抓ってみたけれど、痛みが返ってきた。


 冬の冷たい川に入っていたはずなのに服は乾いているから、着替えさせてくれたみたい。

 周囲を見回してみると、部屋はいたるところに装飾が施されていて、このベッドは天蓋まで付いている。

 この服だって今まで着ていたボロボロの布切れと違って着心地はすごく良いから、上質なものだと思う。


 だから私を助けてくれた人は貴族に違いないよね……。

 対価を要求されたらどうしよう……。


 そんな事を考えながら身体を起こそうと力を入れてみると、捨てられる前は出来なかったのに……今は起き上がることが出来た。

 空腹感も少し和らいでいる気がするから、気を失っている間に何かを食べさせてくれたのかもしれない。


 ずっと気を失っていたのに、どうやって食べたのか想像もつかないけれど。


「無理するな。まだ横になっていた方が良い」


「だ、誰ですか……?」


 さっき見回した時は誰も居なかったから、恐る恐る声の聞こえてきた方を見てみる。

 すると、床から起き上がってきた男性と目が合った。


 このお方は整った容姿をしているから、お義母様が会ったら黄色い悲鳴を上げそうだ。

 あの人、大のイケメン好きだから。


「俺はライアスだ。貴女の名前を聞いても良いだろうか?」


「私はエリシアって言います。その……ライアス様はどうして床で寝ていたのですか……?」


 ライアスと名乗ったこの男性は茶髪に金色の瞳をしている。

 髪は貴族の証の明るい色ではないから、それだけ見れば地位の高い平民と思ってしまうけれど、瞳は貴族に多い明るい色をしている。

 貴族の血縁者に違いないから、言葉遣いには気を付けないと大変なことになってしまいそうだ。


 令嬢としての教育はお義母様が来るまでの二年ほどしか受けられていないから、自信は無いけれど……。


「ここにはベッドが一つしか無いからな。死にかけの令嬢を硬い床に寝させるのは、人でなしだ。

 俺は身体が丈夫だから気にするな。しかし、何があってこんな寒い日に川で泳いでいたのだ?」


「泳いでません! 私、川に捨てられて流されていたんです」


「そうだったのか。落ち着いて浮いていたから、泳いでいるものと思ったよ」


「腕も動かせないくらいに弱っていたから、泳ぐなんて無理です!」


 とんでもない勘違いに、つい声が大きくなってしまう。

 捨てられる直前は声を出しても掠れていたから、何があったのか不思議だ。


 この家……というよりお屋敷には使用人さんの気配も無いから、ライアス様が治療してくれたとしか思えないけれど、このガッシリとした体つきからは想像出来ないよね。

 それに、使用人さんの気配がしないということは、着替えもライアス様がしてくれたという意味で……。


 恥ずかしくて、もう顔向けなんて出来そうにない。


「それは不幸中の幸いだ。

溺れそうな時は、無理に動くと確実に溺れるから、動かずにじっとして助けを求めるのが正解なのだ。

もし弱っていなかったら、エリシアは俺が見つけるまでに死んでいただろう」


「そうだったのですね……。助けて頂いて本当にありがとうございます。

 でも、私は捨てられた身だから、何もお礼なんて……」


 お礼だけは視線を合わせたけれど、それ以外は無理。

 裸なんてお母様と侍女にしか見られたことが無いから、本当にはずかしくてどうにかなってしまいそう。


「礼は不要だ。助けたのは、俺がそうしたかったからだ。

 だから目を合わせてくれないか?」


「答えにくいかもしれないですけど……着替えさせてくれたのはライアス様ですよね?」


「着替えなら侍女にさせたから安心しろ」


「良かったぁ」


 お金を払わなくても良くて、裸も見られていない。

 それを知ったら嬉しくて、つい間抜けな声を漏らしてしまった。


「食事もしっかり用意するし、洗濯は侍女がしっかりする。昼寝も自由にしてもらっていい。

だから、早く元気になれ。いつまでも居られると困るが、それは元気になってから考えてくれれば大丈夫だ」


「ありがとうございます……! 早く元気になれるように頑張ります。

 それと、ご迷惑をおかけして申し訳ないです……。動けるようになったら、色々とお手伝いしますね!」


「それは助かる。だが、無理だけはしないように。

 倒れられては困るからな」


初めて会う私の心配をここまでしてくれているライアス様の近くは安心して過ごせるに違いない。

 五年以上も気が休まらない日々を送っていたから、ここが天国に思えた。

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