28. 決めました

 翌日のお昼過ぎ。

 玄関前でライアス様の来訪を待っていると、次第に馬車の音が大きくなってきた。


 門を出て出迎えたい気持ちに駆られてしまうけれど、塀の外は警備の目が届かなくて危険だから、大人しく玄関前に留まる。


「もう間もなく到着されます」


「分かりましたわ」


 今日の私は侍女さん達にひたすら磨かれていて

普段とは別人に見えるほどなのだけど……ライアス様は気付いてくれるかしら?


 そう思っていると門の向こうから馬車が入ってきて、私の目の前で止まった。


「お待たせしました」


「ありがとう」


 馬車の扉が開けられるとライアス様が姿を見せて、すぐに私と目が合う。


「いらっしゃいませ、ライアス様。お会い出来て嬉しいですわ」


「久しぶりだね、エリー。出迎えてくれてありがとう。

 ここでの生活で辛い事は無かっただろうか?」


「皆さんとても良くしてくれていて、毎日幸せですわ。辛い事なんて一つもありません」


「それは良かった。

 立ち話だと疲れるだろうから、中に案内してもらっても良いかな?」


「もちろんですわ」


 頷いてから、応接室に移動する私達。

 先にライアス様にソファーへと促してから、少し遅れて私も腰を下ろした。


 ここ応接室はお客様を迎えるために作られている部屋だから豪奢なのだけど、キラキラしていて少し落ち着かない。

 ライアス様は慣れているみたいで、平然とした様子だ。


「いきなりですまないが、どうか俺と婚約して欲しい。

 エリーと一緒に過ごしている時は本当に楽しかった。エリーとこれからも一緒に居たい」


 けれど、こんなことを言われてしまったから、私は余計に平然を保てなくなってしまった。

 ライアス様の事は嫌いではないけれど、こんな私で王妃が務まるとは思えないし、ライアス様に迷惑をかけるかもしれない。


 だから、すぐに頷くことなんて出来ないのよね……。


「お気持ちは嬉しいですけれど、私なんかではライアス様に見合わないと思いますわ……」


「見合うかどうかは気にしなくて良い。大事なのはエリーの気持ちだ。

 俺との結婚が嫌なら断ってくれればいい。だが、嫌では無いのなら、受け入れて欲しい」


「嫌ではありませんわ。

 でも、まだライアス様のことを殿方として見れなくて……」


「結婚してから仲良くなる夫妻も良く見るから、これから男としても好きになってくれれば良い。

 俺はエリーの全部が好きだから、引き下がるつもりは無い。その代わり、エリーをずっと幸せにすると誓う」


「ぜ、全部ですか!?」


「全部だ。具体的に説明すると……」


「大丈夫です!

 こんな私で良ければ、縁談をお受けしますわ」


 これ以上答えを引き延ばしても良い事が起きない気がしたから、覚悟を決めてそう口にする私。

 するとライアス様は本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、右手を差し出してきた。


「これから婚約者として宜しく」


「はい、よろしくお願いしますわ」


 その手に私の右手を重ねて、笑顔を返す。

 正式な婚約はお義父様と陛下も立ち会っての家同士の約束になるからまだだけれど、ライアス様と婚約者同士の関係になるのよね。


 こんなに一瞬で決めて良いのか分からないけれど、ライアス様が約束を違えるとは思わないから、きっと後悔もしないと思う。

 だから、私もライアス様に後悔させないように頑張らなくちゃ。


「……使用人さんの前だと恥ずかしいな」


「始めたのはライアス様です」


「離してくれなかったのはエリーだ」


 ……そう言われて、重ねたままだった手を放す私。

 侍女さんの方を見てみると苦笑いを浮かべていたから、なんだか居たたまれない気持ちになってしまった。


 それからはライアス様とお茶をしながら色々なことをお話していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 一緒にいるだけでこんなにも幸せなのだから、縁談を受け入れて良かった。そう思えた。

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