何度目かの春②
「志乃はしっかりしてるようで、どっか抜けてるからなあ」
昼間にあった自動販売機での話をすると、彌は本当に可笑しそうにケラケラと笑った。
仕事終わりに会って食事をして、自然な流れで入ったラブホテルの一室。
上着を脱いだ彌はベッドの上に座り、彌の上着をハンガーに掛けてるわたしに視線を向ける。
その顔には「笑い」が残ってて、まだ笑い足りないのが嫌でも分かった。
「それで、間違って買ったおしるこ飲んだのか?」
「わたしが間違ったかどうかは分からないじゃない。もしかしたら業者が間違って炭酸飲料の所におしるこ入れてたのかもしれない」
「それはないだろ。そのおしるこ温かかったんだろ? 炭酸飲料は温かくない」
「…………」
「で、飲んだのか?」
「ううん。キッコちゃんにあげた」
その返答に「キッコちゃんもいい迷惑だよな」と笑った彌は、徐に立ち上がってバスルームに向かう。
特にそうしようとふたりで決めた訳じゃないけど、いつの頃からかバスタブにお湯を溜めるのは彌の役割になってる。
何年も付き合ってるとふたりの間に自然と色んなルールが出来ていて、それがとても楽。
何も言わなくても物事がスムーズに進んでいくのが心地いい。
「そう言えば、この間志乃が行きたいって言ってた買い物、今週末にでも行く?」
バスルームからの問い掛けに、「行かない」と返事をすると、彌がタオルで手を拭きながら、バスルームから出てきた。
彌はわたしの返事が聞こえなかったらしく、「どうする?」ともう一度聞きながらハンガーに掛けてある上着に行き、内ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。
「行かない。っていうか、今週末は無理かな」
「無理って、何か他に予定あるのか?」
「ううん。そうじゃなくて、金欠気味だから」
「金欠? 何で?」
「今月二回も友達の結婚式あったから、ご祝儀で金欠気味」
「あー、そっか。そういえば、月初めと先週と行ってたな」
「うん」
「俺も再来月行かなきゃだ。しかもタナキと一緒に二次会の幹事してくれって頼まれててさ。来月になったら店探したりしなきゃならない」
「タナキ君のお店ですれば?」
「タナキの店でしたら会費がバカみたいに高くなるだろ。あっ、そうだ。二次会は志乃も来いよ?」
「何でわたし?」
「何でって、俺の彼女だからって以外に理由いるか?」
「でもその結婚する人、わたしが知ってる人じゃないでしょ?」
「会った事あるはず。……多分」
「会った事があるかどうかも分からないくらいの相手なのに、わたしが行くのって変じゃない?」
「二次会だから気にしなくていいよ。他の奴らも二次会には彼女呼ぶって言ってたし」
「……そっか」
「どうした?」
「え?」
「何か急に声のトーンが変わったから。そんなに行きたくない? 行きたくないなら無理には誘わないけど――」
「ううん。そうじゃなくて、何か急にモヤモヤって」
「モヤモヤ?」
「うん。何か――」
――気分が悪い。
「モヤモヤって何がモヤモヤ?」
「ううん。何でもない」
そう答えながら、ヤバいと思ってた。
こういう時の勘は高確率で当たるって聞いた事があるからヤバいって思ってた。
気の所為である事を求めるように、過去を振り返って考えれば考えるほど、勘が当たってる事を示してくる。
最近、時々気分が悪くなる。
やたらと気怠い。
食べ物の好みが微妙に変わった。
ここ二年ほど避妊具なしでヤる時がある。
先月も今月も生理がきてない。
――多分、妊娠してる。
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