彌の事を「彌」と呼び始めたきっかけは、彌が「志乃」と呼び始めたから。



 彌が「志乃」と呼び始めた時の事は覚えてる。



 あれはわたし達が初めて性行為をした後の事。



「志乃」


 照れ臭そうな表情で、それまで「志乃ちゃん」って呼んでた彌が初めて呼び捨てで呼んだ。



 ただその照れ臭そうな表情は、呼び捨てにしたからって訳じゃなく、初めての行為の後だったからだと思う。



 わたしにとっての初めては、彌にとっても初めてで、彌は念願の童貞卒業を達成した。



 それが男にとってどれほどの価値があるのかは、女のわたしには分からないけど、呼び捨てで呼び合う価値はあったらしい。



「俺の事も呼び捨てでいいから」


 その脳内でどんな距離の縮まり方をしたのかは分からないけど、彌はそう言ってわたしに「彌」と呼ばせた。



「彌君」から「彌」へ。



「志乃ちゃん」から「志乃」へ。



 呼び方は変化したけど、気持ちは変化しない。




 2年目の聖夜間近。



 わたしは彌を好きでも嫌いでもない。

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