第13話 無謀な計略①
陸海空軍の合同演習は順調に進み、空軍は半分ほど予定していた演習項目を消化していた。
リアンは燕の中で空軍の兵卒と士官達に指示を出しながら、ある程度皆の動きがまとまってきたところで連絡役にローレンを残し、空中艦艇の中の居住区エリアに足を向けた。叔父は今日陸軍との調整があるため地上に下りているが、大将である祖父は自室にいる。合同演習には大将が参加するような訓練はないが、念のため順調に進行していることと、最後の講評の場には出てきてもらわなければならない。
様子を見にグラディウス一族の居住区に入り、広い通路を進んだ。飛竜は皆今日の合同演習に参加しているからか、人気はなかった。
祖父の部屋に着き、ノックをして待つと「入れ」と声が返ってきたので扉を開いた。
王都にある貴族の邸宅に引けを取らない豪華な造りの広い部屋の中に、足を踏み入れる。晴れた空が見渡せる大きな窓の向こうにはテラスがある。高度が高いため竜でないと風に吹き飛ばされるだろうが、日当たりがよく外に出たら気持ちよさそうだった。
窓の前を通り、部屋の奥にある執務机に座っている祖父の前に立った。
竜印を持つ祖父は老化が遅いため、海軍大将と同じように実年齢を感じさせない。リアンと同じ銀色の髪に黄色の瞳を持つ祖父は、普段笑うことはなく人にも自分にも厳しい神経質な性格だが、グラディウス家の家長として空軍を束ねている剛健な飛竜である。
「大将閣下、合同演習は予定通り進行しています。このままいけば終了時刻も想定した通りかと」
「そうか。海蛇は計画された航路を進んでいるな」
リアンの話を聞きながら、祖父は手に持っていたものを机の中にしまった。
「はい。空軍の戦闘機が領界の上を飛行していますので、海蛇も同じ方向に沿って進んでいるものと思われます」
「わかった。ご苦労」
机の上に今日の演習の資料を広げた祖父を見て、リアンは違和感を抱いた。
何か、おかしかった。
今祖父の手には、何かがなかっただろうか。机の引き出しにしまわれたものの形を思い出してみる。多分、石だった。どこかで見た覚えのある、木枠の台座についた水晶のような石。石の方ではなく、台座の方が記憶の隅に引っかかった。
木枠の端についた、三本の線。赤い塗料で引かれた。
三本の線、というところを思い出したとき、口から思わず声が出ていた。
「大将閣下、それはどうしたのです」
「それ?」
「今手に持っていたのは、グートランドの魔道具でしょう」
そう指摘すると、祖父は無言でリアンを見た。
この前の打ち合わせのとき、アドルが言っていたことを思い出す。赤い三本の線が入っているのは、グートランドの魔道具である印のはずだ。
なぜそんなものを祖父が所有しているのか、と違和感を感じながら純粋な疑問で口に出したが、祖父の表情は昏かった。リアンの顔をじっと見つめてきた空軍大将は、しばらく沈黙してから何かに納得するように頷いた。
「そうか、お前はこれを知っていたか。ならば仕方がない。それなら、お前も作戦に加わりなさい」
「作戦……?」
意味深な単語を聞いて眉を顰めた。
何故だろう。得体の知れない、嫌な予感がする。
普段の冷静な表情が変わらない祖父は、静かな目でリアンを見つめ、書類の下から先ほどの魔道具を出して机の上に置いた。
「今、ホーフブルクの領海のすぐ外にグートランドの軍艦が待機している」
「……は?」
「近頃の大陸の兵器はなかなか発達しているらしい。海蛇がどこにいるか位置を特定できれば、領海の外からでも魚雷を発射できる。簡単には探知できないような妨害音波を出した魚雷を」
言われた言葉を理解できずに、数秒固まった。
祖父は今、なんと言ったのだろう。魚雷と言ったか。領海の外から発射できる大陸の兵器だと。
衝撃が大きすぎて頭の中が真っ白になった。顔色を変えずにそう言い放った祖父を見て、時間差で目を見開いた。どくんと心臓が大きく震える。
「ま、待ってください、それは、海蛇を沈めるということですか……?」
うわずって掠れるような声が漏れた。
驚愕で立ったまま硬直したリアンを、祖父はただじっと見上げてくる。
「そうだ。あれは王国の海洋を牛耳っていて、色々と都合が悪い。あの蛸壺がなくなれば海竜の奴らも少しは大人しくなるだろう。今日は合同演習で海蛇がどの航路を進むのか把握している。これはグートランドと通信するための魔道具だ。こちらが合図を出したら、定められた方角に向けて魚雷を発射するように手はずを整えてある」
「本気ですか!?」
叫ぶような大声を上げて、リアンは祖父を凝視する。
全身から血の気が引いた。
一体何を考えているのだろう。沈めると言ったのか。海蛇を?
正気とは考えられないことを告げた祖父の顔から目を離せないまま、動揺で心臓がどくどくと激しく震えた。
「海軍は、王国の領海を守る軍部の要です。それを攻撃すれば国の防衛に支障がでます。いくら奴らが気に入らなくとも、そんな強攻を侵したら空軍は逆賊になり下がります。それをおわかりですか」
あえぐような声で言うと、祖父は躊躇いなく頷いた。
「当然わかっている。しかし、いいのだ。もし私達が手を出したことが明るみになるなら、グートランドに王宮を爆撃させ、脅しをかけてもいい。どちらにしろ、そのうち王宮には一度空軍の力を見せつけねばならないと思っていた」
支離滅裂すぎて、言葉が出なかった。
祖父は、空軍の大将であるグラディウス一族の家長は、平然と王国に反旗を翻し、こんな暴挙に出るような人間だっただろうか。ありえない。目の前に座る飛竜は、リアンが知る祖父ではなかった。
「閣下、冷静になってください。それでは、まるで叛逆を起こそうとしているように聞こえます」
慎重な声で指摘するリアンに、祖父はまた拘りもなく頷いた。
「そう捉えられても構わない。飛竜を絶滅させようとしている王家などいらない。陰では雌がいないと飛竜を侮っている王家に一族の威信を見せつけ、グラディウスの覇権を取り戻す」
「侮るなど……陛下も王太子殿下も、そんなことをお考えではありません」
「それでは何故、雌が生まれない。飛竜に守られておいて、何故王家は王族の女をグラディウスによこさない」
「それは、竜印に耐えられる方が皇族にはおられないからでしょう。以前私も見合いをしましたが、皇族の女性は皆不適合だと」
「お前は無理でも、傍系の飛竜になら問題ないだろう。お前に強力な竜印を継ぐ子どもができる可能性が少ない以上、少しでもグラディウスの威光を国に知らしめなければならない。多少脅しをかければ王家も王族をこちらによこすだろう」
祖父の言葉は要領を得ないようでいて、グラディウス家で生まれ育ったリアンには漠然とその意図がわかった。祖父はグラディウスの矜持を保つために、血が薄くなってしまうならそこに王家の血を混ぜるべきだと考えている。リアンがいつまでも人間の番を見つけられないから、このままでは強い竜の血を残すことは不可能だと判断したのだろう。リアンはまだ子どもを諦めるような年齢ではないが、見合いの相手が見つからなくなってきた現状に見切りをつけようとしているのかもしれない。
しかしそれでも、戦艦を攻撃するという強行に踏み切ろうとするなんて信じられない。グートランドから何か吹き込まれたのかもしれないが、これは明らかに冷静な振る舞いではない。
「リアン、飛竜は本来王に飼い慣らされるような種族ではないと思わないか。飛竜こそ、この島を守護する一族として、国の頂点に君臨するべきだ。飛竜が滅びるなら、それは王族の責任だろう。それならば滅ぼされる前に王族の血を取り込むしかない。グラディウスが民から侮られる前に、基盤を盤石にしておかなければ」
その言葉に戦慄して手が震えた。
昏い目をした祖父は、本気だと思った。本気で、強行に出ようとしている。
いまだに目の前の状況が信じられず、リアンは顔が強張ったままだった。しかし、止めなければならないということだけははっきりしていた。祖父が暴挙を起こそうとしているのが、リアンが子どもを作れないせいなのであれば、その矛先は王宮ではなく自分に向けられるべきだった。
「閣下、考え直してください。どうか冷静に。それならば、私が地竜のように他の竜の雌と番います。私は構いません。海竜でも、地竜でも、それで飛竜の子どもが生まれるのであれば」
そう説得しようとしたが、祖父の顔は逆に険しく歪んだ。苛立たしげに椅子から立ち上がり、リアンを強く睨み付けてくる。
「海竜と番うなど、おぞましい……。ありえない。リアン、まさかお前、飛竜でない竜に懸想しているのではあるまいな。許さんぞ。また一族から海竜と番おうとする裏切り者が現れるならば、生かしてはおかない」
祖父の剣幕とその言葉の強さに驚き、目を見開いた。
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