第29話 飛竜と海竜は番い合う①
結局、宮殿で事態の報告をして、軍部の緊急会議や諸々の後始末をつけるのに、数日を要した。
それまでの間、空軍大将と中将が不在という状況を切り抜けるためにリアンは朝も夜もなく方々と調整し、足の怪我を治すのにさらに一週間かかった。
ようやく軍部と貴族議会が落ち着き、一時乱れていた空軍の編成も整ってきた。グラディウス家は空軍からは追放されるだろうと思っていたが、リアンと傍系の二人はそのまま残された。グートランドとの計略を、祖父はほとんど一人で独断しており、グラディウスの傍系には情報が漏れることを警戒していたのか知らされていなかった。
昔から懇意にしていた陛下と王太子殿下がリアンだけは信頼していて、別の者に任せて混乱を招くよりはと、光栄すぎる意向が働いたことも大きい。
祖父と叔父は裁かれることになるが、しでかしたことを考えれば破格の温情でリアンは空軍に残れることになった。
ヴァルハルトもしばらくは領海を警戒して海蛇を離れられなかったし、撃墜した敵機の回収などでも忙しかったらしい。お互い少しは連絡を取り合っていたが、足が治るまでは燕から離れて海まで飛ぶのは控えていたから顔を合わせるのはあの騒動のとき以来だった。
だから、久しぶりに王宮を訪れた定例会議が終わった瞬間、襲いかかるような勢いで向かってきたヴァルハルトに腕を掴まれて会議室から連れ出された。
「ちょっ、待て」
まだ陸海空軍の将官と佐官たちが部屋にいた。不機嫌そうな顔の海竜に攫われるようにしてリアンが引き摺られて行くのを皆唖然とした顔で見ている。
リアンとヴァルハルトが番になるということは、まだ海軍の中将と大将くらいしか知らない。アドルにもちゃんと言っていなかったから、彼は呆気に取られたような顔でこっちを見ていた。多分次に会ったときに問い詰められるだろう。
引っ張られるように廊下を進み、まさかあの侍従の控え室に連れて行かれるのかと思いきや、ヴァルハルトはまっすぐに宮殿の出口に向かう。
「何だ。どこに行くつもりだ」
「決まってんだろ。海蛇に帰んだよ。今すぐに」
「は」
呆気に取られて男の顔を見上げる。
リアンの腕を離さずに停車場の方に突き進んでいくヴァルハルトを引き止めた。
「ちょっと待て。海蛇に行くのか。今から?」
「俺はもう待てない。今すぐあんたを抱きたい。だから帰る」
赤裸々すぎる発言に思わず咽せた。
「バカ。お前宮殿の前で何言ってる。口を慎め。殴るぞ」
「殴りたきゃ殴れよ。俺は本気だ。もう十分待った。これ以上焦らすなら今すぐ襲う」
「だから口を慎めと」
「港に行くまでカーセックスか。燃えんな」
「勝手に燃えるな!!」
この愚か者をどうすればいいのか。
少しの間会わないうちにだいぶ頭がおかしくなっているような気がするが、顔を見ると本当に余裕がない目をしている。
番になる、と言っておいてあれから一度も会っていないから妙にやきもきしているらしい。どうしてそう感情が下半身に直結しているのかと呆れて苦言を呈したいが、穏やかな顔でまずは手を繋ぎたいです、なんて言われたら鳥肌が立つのでこれはこれでこの男らしい。
ため息を吐いて、自分から遠目に見える軍用車に向かって足を進めた。
リアンを見て意外そうな顔になったヴァルハルトが聞いてくる。
「海蛇に来てくれんの」
「行かない」
そう答えたら怒りの唸り声が聞こえたので、奴の顔を真顔で見上げた。
「王都でいいだろう。その方が早い」
リアンの台詞を聞いて、ぽかんとしたヴァルハルトが、次の瞬間焦ったように足を早め、リアンの腕をひいた。
その様子を見て苦笑する。
会いたいと思っていたのは自分だけだと思うなよ。
心の中でそう言って、押し込まれるようにして車に乗りこんだ。
◆
相変わらず荒々しく性急な男は、宿の部屋に入るなり濃厚な口づけを仕掛けてきた。
「んっ」
身構えていたものの、思ったより勢いが強くてダンッと壁に押し付けられると身動きが取れなくなる。
既にギラギラした眼でリアンを捉えるヴァルハルトが深く唇を合わせて舌で歯列をこじ開けてきた。
ちょっと待て、という一言すら言えないまま嵐のような熱情に呑み込まれそうになり、舌を吸われながら必死に背中の服を引っ張った。
「何」
「……せめてベッドに行け、バカ」
余裕のなさそうな顔をしているヴァルハルトに唇が触れるくらいの近さでそう言うと、眉間に皺を寄せた竜は黙ってリアンを担ぎ上げて部屋の通路を進んだ。王都の中でもかなりランクの高い宿の部屋は広くて品がいい。寝台もかなり大きかった。
部屋を眺め回す間も無くベッドに押し倒されて、服に手をかけられる。
「シャワーは」
「そんな余裕ねぇ」
素気無く返されて顔を顰めた。
「……最後に会ってから確かに十日以上は経っているが、お前はそれまでそれなりに遊んでいただろう。男の私にそれほどがっつく要素はないぞ」
「あんたとあの夜やってから、人間の女とも竜とも寝てない」
リアンの服を脱がせながら眉間に皺を寄せて言ったヴァルハルトの顔を、まじまじと見上げた。
寝ていない?
あれから少なくとも三ヶ月は経っている。
「……それはさすがに嘘だろう」
この精力旺盛な海竜が?
そんなことありうるのか?
絶対嘘だろう。信じない。という眼で見たら、ヴァルハルトが顰めっ面をした。
「いやこれはマジで。あんたになかったことにするって言われてムカついたから女とやろうとしたけど、直前で冷めた。まぁ、あの夜のあんたを思い出して死ぬほど抜いたけどな」
「は?」
唖然として固まっているリアンの上着とシャツのボタンを開けさらしたヴァルハルトは、舌なめずりしながらリアンの軍人らしく引き締まった腹から胸を撫で上げた。
「あんたにがっつく要素ないとか、本気で言ってんのか? いい加減自分の色気を自覚しろよ。俺しか知らねぇあんたの未開発な身体抱けるなんて考えただけでめちゃくちゃ興奮すんだろ。想像だけで抜きまくった。そういうことだから、すげぇ溜まってんの。あんた覚悟しろよ」
最後のセリフは抜きまくったという脈絡と合っていない。
相変わらずこの男の言うことは整合性が少しおかしい。
するすると肌をなぞってくる指に胸の先を擦られながらぐっと押し潰されて「んっ」と思わず声が漏れた。
「……だとしても、シャワーくらい先に」
「嫌だね。俺はあの夜の後からずっとあんたに会うたびに押し倒してひん剥きたいと思ってたんだから、今更我慢なんかできるか。シャワーに行くなら風呂の床でやる」
「……」
野蛮すぎる。
呆れて物も言えないという心境になったが、ギラつくヴァルハルトの眼を見ていると自分はこのまま無体を働かれるという予感しかしない。あの夜の勢いで挑まれたら明日の仕事に支障が出る。ダメ元で牽制しておくことにした。
「言っておくが、あの夜のお前の抱き方は相手が私でなかったらただではすんでいない。お前は自分が人より乱暴だということを自覚しろ」
そう言うと、器用に片眉を上げた男は自分の上着とシャツを脱ぎ捨てて、リアンのベルトに指をかけながら頷いた。
「そうか。わかった。つまり俺は今後あんた以外抱くつもりはねぇから、多少無茶しても問題ねぇってことだな」
「私の話を聞いていたか? 今の話の中のどこに好きにやれという言葉があった?」
「そういうことだろ。任せろ、毎回死ぬほどイかせてやる」
「おい……噛み合わないぞ。さてはお前、既に理性がないな」
いよいよ危機的状況が身に迫っているのを感じ、一旦落ち着けと言うつもりで身を起こそうとしたら肩を掴まれてシーツの上に戻された。
ヴァルハルトの眼は完全に獰猛な獣のそれで、リアンと目が合うと情欲を剥き出しにして口端を上げた。
「ベッドにいる番の前で理性なんて保てるわけねぇだろ。あんたもう黙ってろ」
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