小話① とある陸軍少尉の遭逢
王宮の中庭から騒々しい喧騒がして、通りかかった沿道から中を覗いてみると、空軍と海軍の少将同士が喧嘩していた。
五ヶ月ほど前にグラディウス少将の死亡説が流れてからその後のグートランドの襲撃に至るまで、軍部はかなり混乱と多忙を極めていた。
この二人の乱闘もしばらくの間目にすることはなかったが、最近空軍の再編もようやく落ち着いたのかと思っていたら、二人の諍いもしっかり再燃したらしい。
そういえば今日は月に一度の上官達の定例会議か、と思い出して納得した。上官達に付き添って来た空軍と海軍の士官達と、王宮と隣にある基地に詰めている陸軍の士官や尉官達が、盛大に斬り合っている二人を遠巻きに見て歓声を上げている。わざわざ二人を見に文官達も集まってきているから、皆も久しく見なかった光景を見られて楽しそうだ。憧れの少将達が闘う様を見て目が輝いている。
オーベル少将とグラディウス少将は、軍部の中でも若くして将官の椅子に上り詰めている精鋭であり国民が等しく憧れる竜なので、兵卒や士官達から人気が高い。
オーベル少将の方は男らしい野生的な相貌と大柄な体格を持つ軍人らしい見た目で、荒々しい性格すらもそれでこそ海竜と海兵達からは崇拝されているらしいが、グラディウス少将の方はそれとはまた少し違う。彼のバランスよく鍛えられた身体は筋肉質というよりはしなやかで、不思議と軽やかな印象を人に与える。空を飛ぶ飛竜に相応しい身体つきだが、少将の場合は身体というよりもその神秘的な美貌の方に注目が集まっているように思う。
絹の糸のように繊細に輝く銀色の髪と、落ち着いた知性を感じさせる黄色の瞳。顔のパーツは軍人には見えないほど整っていて鼻筋も高い。常に表情が変わらない面立ちは彫刻のように清澄とした凄みがあって、おいそれと話しかけられない神々しい雰囲気がある。それでいて眼光が鋭いから目を合わせると竜に睨まれているような気分になる、と知り合いの空軍少尉が話していた。
けれども少将の空軍への想いは見た目にそぐわずかなり熱いらしく、そこに痺れる、と頬を染めていた少尉は多分他の兵卒と同じで少将のファンなんだろう。
ともあれ、二人の少将は昔からかなり仲が悪い。
定例会議のたびに乱闘になるほど拗れている。
性格が真逆の二人だから反りが合わないのは当然だろうが、いつも怜悧なグラディウス少将が本気で殴り合うほどに険悪だ。
そう、犬猿の仲だったはずの二人について、最近信じられないような噂を聞いて自分は耳を疑ったほどだ。
以前と変わらず剣を抜いて斬り合っている二人を遠目に見ながら、中庭の隅で様子をうかがっている兵士達の中から見知った尉官の顔を見つけて近づいた。
「何やら懐かしい光景だな」
「だろう。平和が戻ってきたってかんじがする」
「今日は何が原因でやり合ってるんだ?」
「なんでも、海軍少将が空軍との通信機を破壊しまくってるみたいで」
「ああ、最近空軍と海軍の間で導入されたっていう小型通信機か。少将が持ったまま海に飛び込んで壊しがちってやつ」
数ヶ月前に、突然空軍の大将と中将が引退した。その後空軍の幹部は再編成されたが、そこでそれまで仲の悪かった海軍と空軍は協調路線に舵を切ることになったらしい。何があったのかは一尉官の自分ごときにはわからないし、軍人である以上は上の意向に従うだけなのだが、グートランドの件もあって今後は協力していこうという流れになったようだ。軍部としては、海竜と飛竜のその変化はおそらく喜ばしい。
早速燕と海蛇で定時連絡を取るようになったらしいが、緊急事態を通告するための手段として小型の通信機も導入された。将官と佐官の数人で持っているらしいが、どうやらオーベル少将はその通信機を持ち前の粗雑さで破壊しまくっているらしい。なんでも、海に落としたり踏み潰したり、服に入れたまま洗濯したりしているとか。その噂を聞いたときは、あの大柄な少将が家事をしているのはちょっとかわいいなと思った。
相変わらず中庭の芝を一面剥がす勢いでやり合っている二人を眺めながら、あの噂はやはり嘘だったのかと思ったとき、オーベル少将の剣戟をサーベルで受け止めた空軍少将の身体がぐらついた。
珍しく体勢を崩したグラディウス少将の右肩にオーベル少将の蹴りが入ってしまい、空軍の軍服を着た少将が噴水の方に文字通り吹き飛ぶ。天使の像の翼に背中から衝突しそうになった瞬間、その像が横殴りに合ったように粉々に砕けた。一瞬後に噴水に落ちそうになった少将の身体が何かに受け止められたようにして止まる。
「え?」
空中に浮いているように見える少将をまじまじと見ていたら、彼の身体は何かに引き寄せられるようにしてオーベル少将の方へ移動した。
尾か。
時間差でそれが何なのか思い至った。
翼で飛んでいるグラディウス少将とは違って、オーベル少将が今まで尾で攻撃をするのを見たことがなかったから失念していた。
見えない尾に巻き取られるようにしてグラディウス少将がオーベル少将に引き寄せられ、両手でそっと抱き上げられている。
周りの兵士と一緒に呆気に取られて見ていたら、顔を顰めながら何か言ったグラディウス少将が芝生の上に下ろされて立ち、軽く腰をさすっていた。
「『悪い、加減ミスった』『馬鹿力。だから翌日に響くような抱き方をするなと言っている』って、言ってるな」
唇の動きを読める知り合いの尉官がご丁寧に教えてくれた。
え? 抱き……?
思わず目が点になったとき、喧嘩は終わったのか少将達が並んで歩いてくるので皆てんでバラバラに解散していく。
聞こえた話が衝撃すぎたので尉官と一緒に思わず立ち止まっていると、少将達は話しながら近づいてきた。
「気をつけろと言っているだろう。お前はいくつ壊せば気が済むんだ?」
「煩ぇな。通信機くらいいくらでも買えばいいだろ。何なら俺が金出してもいい」
「そういう問題ではない。緊急時の連絡手段としての機能を失っていることが問題だ」
「仕方ねぇだろ。あれ小せぇし、突発的に海に潜るとき服から出すの忘れんだよ。あんたの方こそ燕に通信しても出ねぇとき多いけど、あれなんなんだよ。俺だと思って後回しにしてんじゃねぇよ」
「それを言うなら用もないのに一日に何回もかけてくるのをやめろ」
「なんで。声聞きたい」
「……っ」
顔が真っ赤になった。
あのグラディウス少将が。
ぽかんとして突っ立っていると、口をきゅっと引き結んだ少将が眉間に皺を寄せて目の前を通り過ぎていく。
その横をのんびりと歩いているオーベル少将の背中を見送りながら、口からぽろりと声が漏れた。
「あの二人、実は番になったってマジだったんだな……」
「いやそれよ。俺も今初めてその噂信じたわ」
横から同じように呟かれる声を聞いて、知人の驚いた顔を振り向いて頷いた。
「そういや、グラディウス少将の色気すごいもんな……。なんつーか、久しぶりに見たけど以前に増して神々しいっつーか、艶かしいっつーか……」
「おい、口に出して言うのやめとけ。オーベル少将がお前を殺すって目で振り返ってる」
「ひっ」
口は災いの元。
海竜の番への執着心の強さは噂で聞いて知っている。
知人の顔を見たままそろりと足を動かして、宮殿の方へ歩いていった少将達とは逆方向に向かって尉官と一緒に一目散に逃げた。
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