第4話 竜の本能①

「リアン、お見合いどうだったの?」


 王太子殿下に聞かれて、リアンは一瞬言葉につまったが、肩をすくめて本音を打ち明けた。


「難しいですね。やはり、人間の女性というのは」


 そう答えると、若い王子は気遣うような顔で微かに小首を傾げた。

 ダイアン王太子は現国王の長男で、今年二十五になる。輝くような金髪と緑の瞳を持ち、多少童顔に見えるが爽やかな相貌の好青年だ。叔父や祖父に連れられてよく王宮に来ていたリアンとは昔から懇意にしていた。人付き合いが苦手なリアンにも懐いてくれた王子のことは弟のように思っているし、ダイアンもまたリアンを兄のように慕ってくれている。リアンは十五年前に叙任式で国王に忠誠を捧げたが、心の中では当時まだ幼かったこの未来の王に対して忠誠を誓っていた。


「リアンはなまじ竜印が強いせいで余計に難しいでしょうね」


 王子の執務室にいたアドルが椅子に座っている王子の後ろに立って相づちを打った。アドルは陸軍の中将のはずだが、昔からダイアンの側近のような役割も果たしていて、王宮では王子に付き従って彼を警護している。将官に階級があがったときに、さすがに警護の士官を新しくつけるようにと言ったのだが、本人にはその気がない。飄々としながらもアドルはダイアンの側を離れない。地竜は地に根ざして王を守っていた本能が働くのか、彼も王子に愛着を感じているらしい。


「やっぱりそうなんだ。でも、それならなおのこと私はリアンに無理に結婚はしてほしくないな。番にするなら、やっぱり好きな人とじゃなきゃ」


 そう言って唇を尖らせたダイアン王子を、執務机の前に立ったリアンは微笑ましい思いで見つめた。

 純真なことを口にする王子は王族のわりにすれていない。彼の美点でもあり、若さでもあるその優しさをリアンに分けてくれるのが素直に嬉しいと思う。


「ありがとうございます。殿下のそのお気持ちだけで嬉しいですよ」

「リアンは軍人で竜なのにむさ苦しくないし、綺麗だし、飛んでるところなんか風の精霊かと思うくらい美しいのに、どうしていい相手が見つからないんだろう。リアンに怯える人間の女性の気持ちがわからないよ。ああ、でもリアンの方も人間の女性は苦手だもんね。本当にままならないな。竜が配偶者を得るっていうのはそんなに難しいことなのか」


 腕を組んで考え込んでしまった王子を見て苦笑した。


「竜印を持つ子どもを作る以前の問題ですね。なんとか私を受け入れてくれる人間の女性が現れることを祈るばかりです」

「でもさ、グラディウス中将も大将も、一度考えてみたらいいと思うんだ、人間じゃなくて」

「殿下、申し訳ありません。そろそろ時間です」


 ダイアン王子が言いかけたとき、アドルが後ろから申し訳なさそうな顔で口を挟んだ。リアンが王宮に来た時間は少し遅かった。時間がおしてしまったから、次の予定に食い込んでしまったらしい。


「すみません。私が遅くなってしまったので」

「全然。今からは退屈なお茶会なんだ。大叔母さまのティーパーティーなんて、来賓として呼ばれたところで何も楽しくない。結局私の見合いみたいなものだし」


 王子も王子で、早く婚約者を決めて身を固めろと促してくる周囲からの圧に辟易しているらしい。


「お互い苦労しますね」

「本当にね。でも、私はリアンの幸せを願っているよ。リアンは私の大事な飛竜のお兄さんだからね。さあでも、私も人のことは言えないからなあ。先に婚約者が決まるのはどっちか、私とリアンで競争だね」

「殿下に勝とうなんて思いませんよ」


 両手を上げておどけた王子に目元を緩めて微笑んだ。先ほどの見合いでささくれていた気持ちが和らいだのを感じて、リアンは彼の前向きな明るさに感謝した。


 王太子殿下が茶会に向かった後、リアンはアドルに誘われて王宮の中庭を二人で歩きながら話をした。軍服を着た男が茶会の席にいるのは無粋なので、こういうときは席を外すようにしているらしい。


「実際のところ、本当にどうなの? 君の結婚相手を探すのは順調? グラディウス家の悲願だろう」


 彼の土色の瞳をちらりと見上げて、リアンは短く息を吐いた。


「叔父は人間の女性をと探しているようだが……」


 そう答えると、アドルは「君のところは厳格だからな」と呟いて肩をすくめた。


「少し前まで、同じように断絶一歩手前までいってた我が一族の意見を言わせてもらえば、人間に拘らなくてもいいのにと思うけどね」


 そう言われて、さきほどダイアン王子が言いかけたことも、おそらく同じだっただろうと思う。

 眉間に皺を寄せて、リアンは以前聞いた話を頭の中に思い浮かべた。


「ヒースレイは海竜に助力を求めたんだったな」

「そうだよ。オーベル一族は肉食系で子だくさんだからさ。そのおかげと言ってはなんだけど、うちは今空前のベビーブーム」


 大袈裟なくらい大きく頷いたアドルを何ともいえない顔で見つめた。

 地竜の血をひくヒースレイ一族は、リアン達とは逆で、一時期雄が激減していた。陸軍将校に空席が生じてはまずいと焦った地竜の一族は、海竜であるオーベル一族に助力を請うたのだ。つまり、あのいけすかない野郎の一族に。

 人間を選ぶより、実は竜同士の方がカップルが成立しやすいし、子どもも生まれやすい。竜の血が混ざってどちらの竜印が生まれるかはわからないが、それでも人間と番うよりは竜が生まれる可能性は上がる。

 その結果、海竜と地竜のカップルが何組か成立し、ヒースレイ家では地竜の竜印を持つ男の子がたくさん生まれたのだ。なんというか、さすが気性が荒く精力旺盛な海竜のおかげというべきか。


「あそこは女性も肉食系だからさ、リアンのこと気に入る子も多いと思うよ」

「だとしても、無理だろう。祖父と叔父が許さない」

「……だろうね。グラディウス大将は海竜となんて絶対嫌だろうな。グラディウスの崇高な血が汚れるとか言いそう。君のところ、ちょっと偏った純血主義だよね。人間と番うよりは竜同士の方が自然なのに」

「皆飛竜であることに誇りを抱いているからな。海竜の血が混ざるのは嫌だろう。叔父は私の子どもに海竜が生まれたら卒倒する」

「卒倒する、で終わればいいけど。海竜の子どもなんて見たら空から投げ落としそうだよね」


 沈黙で同意すると、アドルはため息を吐いた。


「一度思い切ってやってみたらいいのに。減るもんじゃないし。気に入る子が見つかって、それで子どももできたらラッキーくらいのつもりでさ」

「ヒースレイ、海竜のような節操のないことを言うな。そんなに軽々しく試したりできるようなものじゃないだろう」


 気ままな海竜ならば、ちょっと試してみて合わなかったらぽいっと捨てることくらい何とも思わないかもしれないが、リアン達は違う。結婚して番になるということは、生涯共に暮らすということだ。竜相手に簡単に番ってみよう、なんてとても言えない。

 リアンの言葉を聞いて、隣を歩く地竜は苦笑する。


「そんなんだから海竜達にお堅い修行僧って言われるんだよ」


 それは知っている。飛竜は理性的で慎重な人間が多い。奔放で野性味溢れる海竜のことを野蛮な獣だと思っている。お互いにそりが合わないのは昔からだ。


「それでも、海竜の奔放さは度を超してる。私達が修行僧ならあいつらは絶倫の好色家だろう」


 そう言い放つと、アドルが声を上げて吹き出した。腹を抱えてひとしきり笑った彼がリアンを見て首を傾げる。


「飛竜の海竜に対する印象って、どうしてそう極端なんだろう。良くも悪くも海竜は気性が荒いし精力旺盛だけど、番ができれば落ち着くよ。どんな竜でもそうじゃない」

「海竜が落ち着く? そんなこと聞いたことがないが」


 うろんな眼差しを向けたら、アドルは少し変な顔をした。


「だって竜はみんなそうだろう。ああそうか。飛竜はそもそも精力があまり強い方じゃないから、番ができてからの変化ってそんなに感じないのかもしれないな。それに今は雌もいないし、竜同士の番を見たことがないんだろ」


 そう指摘されて、確かにそうだなと思った。飛竜の番は幼い頃に見ただけで、それもかなり高齢のカップルだった。最近海竜と番になったという地竜の話は聞いたことはあるが実際に会ったことはないからどんな雰囲気なのかは知らない。何度か海軍の戦艦に下り立ったことはあるが、海竜の住処というだけで歩き回る気にはならなかったから、オーベル家の居住区域で海竜の番を見たことももちろんない。

 グラディウス家で教えられたことと、自分の想像する範囲の中でしか竜の番については知らない、という事実に気づいて少し衝撃を受けていると、アドルは歩きながらまだ喋っていた。


「それにね、彼らは確かに手が早いし奔放だけど、遊びと本気はきっちり線引きしてるらしいよ。海竜の場合は、逆に竜と寝るときはかなり慎重になるって聞いたけど。遊ぶ分には人間相手の方がいいんだって。気負わなくていいらしいよ」


 それを聞いてもなんらフォローにはなっていないと心の中でアドルにダメ出しした。

 確かに以前海軍の竜が仲間内で話しているのを聞いたことがある。人間相手なら遊びで寝れるらしい。飛竜にしてみたら信じられない話だが、奴らは潮の匂いを嗅ぎすぎて多分嗅覚がバカになっているのだろう。

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