第21話 飛竜の運命①
朝、久しぶりに軍服に袖を通したリアンは部屋から出て、通路を抜けて食堂に向かった。この時間、船員たちは大体朝食を食べに食堂に集まっている。
扉を開けて中に入ると、予想した通り皆朝食をかき込んでいて賑やかだった。しかしよく見ると、何人かは忙しく食糧を容器に移して保冷箱にしまっている。
陸に買い付けにでも行くのだろうか、と思いながらガウスを探すと、彼は食堂の隅で船長と話していた。
「ガウス」
「ああ、リアンおはよう」
近寄ってきたリアンが軍服を着ているのを見ると、ガウスは顔を引き締めた。
「行くのか」
「ああ。長らくありがとう。世話になった」
頭を下げて、次にリアンに顔を向けている船長を見た。
「お世話になりました。助けていただいたこと、感謝します」
そう言うと、黒い眼鏡の奥でじっとリアンを見つめるような気配を見せてから、朽ち葉は穏やかな低い声を出した。
「燕がどこにいるのかわかっているのか」
リアンが燕に戻ろうとしていることは見通しているらしい。リアンは首を横に振ったが、迷いはなかった。
「わかりませんが、王宮に向かうのでしょうから、検討はつきます。飛びながら探します」
そう答えると、船長はガウスと目を合わせるようにしてからリアンの方に顔を戻して頷いた。
「そうか。では案内しよう」
「え?」
「君の祖父が考えることは大体わかる。航路も、進路もな」
ぽかんとして、瞬きをした。
話の流れに混乱しているリアンを見て船長は口端を上げる。
「だてに長く海賊をやってないんだよ。見つかったらまずい相手の動向は常に把握している」
そういうものなのだろうか。
確かに軍の無線を傍受しているくらいだから、海蛇や燕がどこにいるのかは把握しているのかもしれない。しかし、本当にそれは海賊として普通のことなのか。
納得しようとしながらも困惑していると、船長はもうガウスに「彼を送るから皆を帆船に乗せろ」と指示を出して話を進めている。
朽ち葉船長がリアンを送り届けてくれるということだろうか。
本当に? という気持ちで首を捻り、皆を帆船に乗せるという彼の言葉を聞いて更に疑問が湧いた。
「どうやって行くのです? 私は飛べますが、船長は無理でしょう」
「もちろん、ウミガラスで行く」
「え? どうやって」
当然のように告げられたことに仰天すると、船長は悪戯が見つかった子供のように笑った。
「この船は水空両用なんだよ。飛ぶのは久々だが。なんだ、船を見て気づかなかったのか」
こともなく説明されて度肝を抜かれた。
水空両用? つまり、飛ぶということか。この船が。そんなことが本当に可能なのか。
呆気に取られているリアンを尻目に、船長はガウスと共に船員達に指示を出して素早く準備を進めている。まだ状況について来られないリアンを見て、ガウスがぽんと肩に手を置いた。
「つまり、俺たちは海賊であると同時に空賊でもあるってことだな」
にやりと笑った男の顔を見ながら自問した。そんなおかしな集団がホーフブルクの海を根城にしているなんて、王国としては由々しき事態なのではないのか、と。
あえてウミガラスを見逃しているヴァルハルトに心の中で文句を言う。ちゃんと仕事をしろ。
「リアンさん、お気をつけて」
「トマも。色々ありがとう。また改めて礼をさせてほしい」
どこからか出てきた帆船に、船長とガウスと船員二人以外が食糧と武器を持って皆乗り込んだ。
トマが別れ際にリアンと握手してにっこり笑ってくれる。彼には本当に世話になったので、感謝と共に少し寂しいような気持ちになったが、また飛んで会いに来ればいいと自分に言い聞かせた。
「今日中には戻るから、大人しくこの辺りを航海してろよ。緊急事態のときは通信機で連絡しろ」
「了解。頭も気張ってな」
船員達が帆船からリアンに手を振って見送ってくれる。
甲板にいたリアンは、そのとき船の中から爆発するようなエンジン音が鳴るのを聞いた。船の中に残った船長が動力を切り替えたのか、いつもなら波の揺れに身を任せていたウミガラスが、足に響くような振動を起こしながら自らの巨大な躯体を海の上から持ち上げた。
ザバっと音がして波が大きく砕け、轟音を立てながら本当にウミガラスが宙に浮く。
目を丸くして甲板の柵を掴んで海を見下ろしたリアンの横で、ガウスが「すげーだろ」と得意げな声を出した。身を乗り出して船底の方を覗き込むと、いつの間にか船の下部にジェットエンジンの排気口が出現していた。
すごいなんて言うものではないのではないか。
本当にこの船は一体何なのだろう。
海の上で見守る船員達を残し、ウミガラスは空に浮かんでしばらくエンジン音を轟かせた。その後排気口の向きが変わり、圧縮した空気が爆発するような轟音を上げて船は上空に向かって飛び出した。
「やべ。振り落とされる。リアン、中に戻るぞ」
ガウスに言われ、どんどんスピードを上げる船の凄まじい風圧を感じながらリアンは言われるがままに船内に戻った。
司令部のある船橋に入ると、船長は窓際に立ち雲の上をじっと眺めていた。操舵輪の前には残っていた船員が立って船長の号令を受けて舵を切っていた。
「船長、窓に近づいて大丈夫か。眩しくねぇのか」
ガウスの声に振り返った朽ち葉は軽く頷いた。
「今日は瞳孔を縮める目薬を入れている。まだ少し眩しいが、眼鏡があれば問題ない」
「目薬? あんたは、またそんなやり方していいのかよ。あの人にバレたら厄介だぞ」
「バレなければいいんだ」
飄々と頷く船長はガウスとよくわからない会話をしていたが、リアンの視線に気づいて口元を緩めた。
「このまま飛べば、一時間後には燕の姿を捉えられるだろう」
「……ありがとうございます。燕の周囲には、偵察機か哨戒機が飛んでいます。不審な飛行艦が発見されたら問題になるかもしれません」
「近くまで行って様子をみよう。さすがにウミガラスで燕に着陸しようなんて思っていないから安心しなさい」
それを聞いてほっとした。
リアンだけならまだしも、ウミガラスは明らかに不審な空中艇だ。空軍に見つかったら狙撃される可能性が高い。そうなる前にリアンはここから発った方がいいだろう。
リアンの心を読んだように朽ち葉が右手をひらひらと振った。
「まぁ、もし攻撃されても大丈夫だ。この船を世話してる奴が用心深い野郎でね。対戦闘機用の武器も一通りそろっている」
「え……?」
本当に、もうどこから指摘したらいいのかわからないほど、この船の正体は混迷を極めている。
半ば呆れ、半ば諦めの気持ちで窓から外を眺めると、既に雲の上に出ているウミガラスはとんでもないスピードで空の上を飛行していた。この大きな船を飛ばす馬力を一体どうやって出しているのか。聞いてみたいが、次々に明るみになる事実の方が恐ろしくて聞くのをやめた。これ以上聞くと、空軍として本気で逮捕しなければならなくなりそうだ。しかし今リアンは空軍では死んだことになっているから、船長を逮捕しようと躍起にならなくていい。
もう何も考えずに受け流そう。
さっき心の中でヴァルハルトに文句を言った自分のことは棚にあげた。
雲を割いて進んでいく船は速い。
先ほどの風圧で乱れた髪を撫でつけていたら、左手首に硬い感触がする。腕輪が嵌まっていることを思い出した。腕時計を見るようにして少し袖をずらして見ると、手首にはぴったり嵌まった金色の腕輪があり、それを見たら昨日の夜にヴァルハルトに会ったことは夢ではないと再確認できる。
一緒に行くと言ってくれた男を海に残してきたが、リアンが今空の中に戻って深く呼吸ができるように、海竜ならばやはり海にいるべきだろう。胸の奥を引っ掻かれたようなぴりっとした痛みを感じたが、それも知らないうちに海に馴染みすぎたせいだと自分を納得させた。
昨夜の別れ際、ヴァルハルトには内密にアドルに連絡を取り、空軍の内情を伝えるように頼んだ。きっと陸軍の方でも燕の動きを警戒してくれている。もしリアンが説得に失敗しても、最悪陸から攻撃して燕を止めてくれるだろう。
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