第3話 誰ガ為ノ拠点

 まず、イージスが向かった先は、自分の故郷であった。


「こりゃあ酷いな。普通ここまで廃れるか?」


ジョーカーの言う通り、街の様子は酷い有様であった。焼けて黒く焦げた地面と、崩れ落ちた建物、散乱するガラスの破片、千切れた布と、何より目に入るのは墓。しかも、随分簡易的なものだ。


「仕方ないだろう。十五年前、ここが激戦区になったんだから」

「激戦区ゥ?」

「あぁ。それで母さんは死んだ。それからその十年後に、兄さんに姉さんを殺された。家族もバラバラになるし、僕は何もできなかったし、散々だったよ」

「……そうかい」


ジョーカーはイージスの話を聞くと、そのまま口を閉ざした。


「妙に大人しいな。茶化されるかと思ったが」

「馬鹿だな。傷心中の奴に追い打ちかけても、面白くないだろう。俺は調子に乗っている奴の顔が歪む瞬間が好きなんだよ」

「優しいんだな」

「さぁ? どうだか」


 そうこうしていると、イージスはと足を止める。


「ん? どうし……」

「来る」


何が? その言葉の意味はすぐにわかった。


「おいおい〜。お前ら、こんなところに何しに来たんだぁ?」


見るからにチンピラである。数は三。イージスは開始早々に絡まれたことに対し、はぁー、と深いため息が漏れた。先は長そうである。


「どうする? 相棒」

「お好きにどうぞ」


イージスの言葉に、ジョーカーの口角がニィッと上げられる。


「なんだぁ? 舐めてると殺すぞ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」


三人の男を前にしても、動じないジョーカー。余裕の笑みは崩れない。


「やってやらぁ!」


男たちは大人げもなく三人がかりでジョーカーを襲った。火の玉が、氷の槍が、雷の剣が彼に向けられる。が、


「ダッサ……」


ジョーカーは暖簾を退けるようにして、攻撃を払った。いや、払ったというより


「消えた、だと!?」


困惑する男たちにジョーカーはくすくす笑う。


「弱いねぇ! お遊びにもならねぇや! もう終わらせて良いか!? ほ〜ら、よっ!」


彼が、腕を左から右へと虚空を切れば。三人の男は一瞬にして肉塊と化した。転がり崩れる、彼らだったもの。イージスは目を大きく見開き呆然とそれを見つめる。


「……なんだよ」

「いや、初めてお前の能力を見た」

「あぁ、そういう」


「てっきりビビったのかと思ったぜ〜」と彼を茶化せば、「まさか。見慣れたものだ」と返すものだから、ジョーカーは再び「そうかい」と小さく溢すと、わしゃわしゃっと彼の頭を撫で回した。


「俺の能力は、所謂、空間操作系だ。俺のいる場所から半径五十メートル以内のものならば、移動・切断・修復など、基本なんでもできる」

「なるほど、今回は空間を『切断』することで彼らを殺したと」

「空間を切られたら、当然その場にあるものも切られるからな」

「人間を切ることができるなら、修復もできるのか?」

「死んだ人間は無理だぞ。だが」


彼は自分の指を小刀で切ると、イージスの目の前でそれを治してみせた。


「まず、血を移動させ、体内に戻す。それから、開いた皮膚を引き付け、留める。後は治るまでこれを持続させれば、修復完了」


便利だな、と感心するイージス。あまりにも、彼が真剣に見てくるものだから、ジョーカーは彼の額を指で弾いた。


「視線がうるさい」


「すまない」と笑うイージスは、どこか子どもらしさを感じるものを持っていた。その笑顔がジョーカーの記憶の中の誰かと重なり、思わず視線を逸らす。


「どうした?」

「……なんでもない。それで? お前の能力は何なんだよ」

「使えない、と言ったら?」

「は?」


ジョーカーはあからさまに怒りを露わにした。それもそのはず。イージスの雰囲気は、猛者そのもの。『能力がない』わけがなかった。そう、彼の野生の勘が告げていた。


「使えない。そのままの意味だ」

「ない、というわけではなく、ってか?」

「あぁ」


イージスはジョーカーの目を見ることなく話を続ける。


「僕は、闇族の父と光族の母の間に生まれた。父の能力を受け継いでいるなら、血や体の一部など、代償を払えば何でもできるはずなんだ。闇族は、共通でこの能力だから。でも、僕には使えなかった」

「光族の母親の能力はなんだったんだ。闇族の能力が使えないなら、光族の能力かもしれないだろう」


闇族は後払いの代償ありきで多種多様な能力が使える、オールマイティな能力。対する光族は代償なしに特定の能力が使える、特化型。もし多くの能力が使えない、つまり前者ではないのなら、必然的に後者である可能性が高い。だが


「……号令、の、はずなんだが」

「はずなんだが?」

「使えないんだ」

「はぁ」


イージスは落ち着きなく視線をあちこちさせた後、改めて歩を進めながら、言いにくそうに、事情を語り始めた。


「父さんの訓練を受けたけど、なかなか能力が発動しなかったから。もしかしたら、光族ならではの、遺伝する能力……母さんの号令能力を継いだのかもなって。兄さんに手伝ってもらいながら号令の能力の発動を試した。でも、できなかった。発動条件も徹底的に調べたが、何をやってもダメ。闇でもない、光でもない。でも家族は口を揃えて『無能力じゃないことは確かなんだ』って言うんだ。しかし、コントロールどころか発動すらできない。これを『能力者』と果たして呼べるのか。僕はわからない。ただわかるのは、今の僕は無能な落ちこぼれであること。だから」


イージスはある場所まで来ると、足を止めた。特に建物があるわけでもない、何もない場所である。


「代わりに、頭を使うことにしたよ」


彼は懐から短剣を取り出すと、思い切り地面にそれを突き刺した。

 途端、ゴウゴウと唸り声を上げながら地面が動き出す。瞬く間に開かれた大地。その下には、階段らしきものが見える。


「少し狭いが、すまない、我慢してくれ」


イージスはそう言うと短剣を抜き、スタスタと階段を降りて行く。


「いや、これ無理じゃね?」


イージスの身長は一七二センチ。ジョーカーの身長は一八五センチ。確かに十三センチの壁は大きい。だが、別の安全地帯を得る宛ては彼にない。つまり、無理にでもここを通る他ない。

 ジョーカーは覚悟を決めて、その身を階段に投げた。

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