第23話 誰ガ為ノ刺客

 後日、四人は王城へとやってきた。否、王城と言うにはあまりにも質素である。しかし家と言うにはあまりにも豪華。どちらかと言うと、これは


「え、反社会的組織の本拠地?」


ヴィオラの呟きに、アリアは「なにそれ?」と首を傾げる。


「まぁ、こっちの方が実用的だよな」

「単純そうに見えるが、内部構造は複雑。よく考えたね」


一方で、感心するジョーカーとイージス。

 呑気なことに、そんなやり取りをしていると


「おい、何者だ」


背後から、門番と思われる男からスッと銃口を向けられた。イージスは両手をゆっくりとあげながら、


「……イージス=アルタナヴィア、と申します。トーマス=ディールさんとの面会をお許しいただきたいのですが」


丁寧に名乗りあげると、ゴッ、と鈍い音が後ろで鳴る。恐る恐る見てみれば


「いや〜、若いのが申し訳ない! 何分、彼、無知でして。ご無礼をお許しください」


ヴァンと同い年くらいだろうか。スキンヘッドの男性が、爽やかな笑顔で言う。下には、頭を押さえて縮こまる門番の男性がいる。


「あの、大丈夫ですか?」

「教育が行き届いていないのは大丈夫ではないですねぇ。後で折檻です」

「別に撃たれていませんし、無傷ですので……そこまでしなくても……」


イージスは言うが、無言の笑みが向けられる。これは何を言っても、どうしようもなさそうである。


「……えっと、トーマスさんに会うことって、可能でしょうか? 突然の訪問で申し訳ないのですが、お話ししたいことがありまして」


話を戻す。すると、スキンヘッドの男は少しだけ考え込んでから


「面会は可能ですが、オススメはしません」


そう言って、煙草を咥えながら銃口をアリアの方へと向ける。咄嗟にイージスがその前に立ちはだかるが、容赦なく、銃弾が放たれた。


「……っ、またこのパターンですか」


ドサッ、パラパラパラ……と背後から不思議な音がする。


「こういうことなんでね。いや〜、実に申し訳ない!」


振り返れば、十メートルほど後ろで一人の女性が倒れていた。その周囲には鋭利な氷の破片が散りばめられている。その無数の氷で何をしたかったのかは、容易に想像できる。とにかく、アリアとヴィオラが無事で本当に良かった。


「これがイーシストールの刺客です。まぁ、ほぼ力だけの低脳ですから、こうして、返り討ちにしているわけですが。数が多いんですよねぇ。実に煩わしい。おかげで、この通り銃声が鳴り響いても誰一人気にしなくなりましたし、駆けつけることもなくなりました。いやはや、慣れとは恐ろしい」


これを毎日捌いているのか。イージスは、息を呑む。だが


「……ヴィオラ。君の力を、かなり借りるかもしれない。覚悟だけしておいてくれ」


進むしかないのだから、仕方ない。ヴィオラが頷いたことを確認すると、イージスは


「では、面会させていただきます」


堂々と、その門を潜った。



 イージスとアリアを先頭に、四人は警戒して進んでいく。

 屋敷には、あたたかみがない。鉄をベースに作られているのか、硬く冷たい印象を受ける。

 しばらく歩いていると、


「イージスお兄ちゃん、ジョーカーお兄ちゃんとヴィオラお姉ちゃんが危ないかも」


未来予知を使ったのか、ふと、アリアはそんなことを言う。


「ジョーカー」

「わかってらぁ」


それから数秒後、予測通り、ジョーカーへと、何者かが接近する。これを、ジョーカーは迎え撃つ。が、しかし、


「……チッ。避けられたか」


空間操作による反撃を避けられ、刺客は、姿を見せることなく、再び闇に溶け込む。


「ジョーカーの攻撃を避けたか。なかなか強いじゃないか、お前」


イージスは、姿の見えない刺客に話しかける。


「アイツ、ちょうど攻撃できない位置にいるんだよな。……読心の能力者か?」


ジョーカーの考察に、刺客はハッと息を漏らす。


「それだけの力があって、これ以上、何を望むと言うんだい? 


イージスの言葉に、その場にいた全員が大きく目を見開いた。

 と、その数秒後。ゆっくりと拍手をしながら男が姿を現す。深海を思わせる青い髪。そして、ミステリアスな紫の瞳。そう、いつかの男性と同じ。


「君から会いに来てくれたかと思えば、邪魔者二人も一緒とはね。流石に大人しくは捕まってくれないか」

「あぁ、もちろん。僕が忠誠を誓うのは、ただ一人、セントラシルド国王だけだ。彼以外の下につくつもりはない。それより、僕は、お前のお父さんと話がしたくてここに来たんだ。悪いが、お前はお呼びじゃない。退いてくれ」


小さく舌打ちが聞こえる。イージスの挑発的な態度に、相当、苛立っている様子である。


「……そいつらを消せば、君の心は折れてくれるかい?」

「僕の相棒が、簡単に殺されるとでも?」

「やってみなきゃ、わからないだろう」


アーサーは真っ先にヴィオラを狙いに行く。が、咄嗟にそれをジョーカーが防ぐ。


「クソがッ」

「お口もお行儀も悪いねぇ〜。女から狙うとかカスすぎるだろ。あ、もしかして。俺の相手は怖い?」

「殺すッ!」


アーサーの斬撃を軽い身のこなしで避けては、翻弄していくジョーカー。長身でありながら、ここまで柔軟に動けるのだから、やはり、彼も実力者なのだろう。


「イージス、今のうちに」


ヴィオラは言うが、イージスは首を振る。


「せっかくのチャンスだ。アーサーは、味方につけたい」


彼の発言に、ヴィオラもアリアも、開いた口が塞がらない。


「正気? どう考えても無理でしょうよ」

「私もそう思う。イージスお兄ちゃんと違って悪い人だよ、あの人」


二人はアーサーを批判するが、イージスは


「悪い人なら、まず、アリアを殺すと思うんだ」


アーサーの方を見つめながら、静かに言った。


「心が読めるなら、アリアの能力もバレたはず。僕なら、一番厄介で、なおかつ、片付けやすいアリアから殺す。でも彼は、始めから、アリアを排除対象に入れなかった。何故だと思う?」

「……子どもだから、とかかしら?」

「正解。彼の良心がそこに滲み出ている」


ヴィオラは腑に落ちない様子であったが、彼は続ける。


「一度、試したいことがあるんだ。先に謝る。ごめん」


軽く体を動かしながら、イージスは言う。


「ヴィオラ、アリアを頼む。アリア、ヴィオラを頼むね」


アーサーとジョーカーの戦闘が激化していく。刃と刃がぶつかり合う音が、幾度となく響く。


 その中に向かって、イージスは走り出した。


 その場にいた全員が、彼の、突然の無謀とも言える行動に驚く。


「お前、今来たら……!」


ジョーカーの静止を無視し、イージスは二人の間に割って入る。


「戦闘力のないお前に……っい?!」


戦闘力のないお前に何ができる。言おうとして言えなかった。イージスはアーサーの胸ぐらを掴むと、そのまま床に叩きつける。アーサーはなんとか受け身を取り、立て直そうとするが


(な、んだ、これ……)


イージスの瞳が鋭く彼を捕える。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのこと。アーサーはその目を見た瞬間、動けなくなった。


「……ぅぐっ、クソッ!」


あまりイージスを傷つけたくなかったが、本気でやらなければ殺される。そう考えたアーサーは、遂に、イージスにも刃を向ける。突き上げられた刀を避けるようにしてアーサーからサッと離れれば、今度は、ジョーカーがアーサーを襲う。


「邪魔なんだよ、君ィッ!」


アーサーの剣がジョーカーの頬を掠る。つぅ、と赤い線が左頬に入れられる。


「さっきから空っぽの頭で!」


薙ぎ払い、からの突き三発。


「なんで君が! 君なんかがッ!」


躱した剣が、そのまま、再び横に払われる。


「イージスの隣にいるんだぁぁぁぁぁーっ!」


悲痛な叫びが、ジョーカーの右腕に切れ込みを入れる。


「い゛っ……てぇなぁ、クソッ……」


傷を押さえるその手から、ぼたぼた血が垂れている。なんとか能力を使って治癒を試みるが、すぐに次の一手が襲いかかり、なかなか回復に専念できない。


「僕は完璧でなくてはならない……僕は父さんみたいに偉業を成し遂げる存在でなくては……父さんがジグルドさんとできなかったことを、僕が、僕らが、成し遂げないと……じゃないと僕は……」


アーサーの様子があからさまにおかしくなる。マズイ、と本能が告げる。


「僕は一生、父さんの二次創作だ。オリジナルには、なれない」


乾いた笑みと、微かに、瞳に滲む涙。脱力したその状態からは、次にどんな攻撃が来るのか、皆目見当がつかない。


「ジョーカー、刀だけ切断できないか?」

「お前は動き回る蚊を銃殺できるのか?」

「そんな器用なことできるわけないだろう」

「そうだな、それが答えだ。下手にそんなことしたら、あいつごと真っ二つだぜ」


どうやら彼の器用さは、対象物が静止している場合にのみ発動するらしい。空間操作の仕組みはよくわからないが、強すぎるが故に、加減が難しいようだ。確かに、無差別に人を鏖殺おうさつするための能力としてならば、非常に優秀である。しかし、相手を殺さずに動きを止めたい今は、むしろ扱いづらく、枷になっている。


「僕が僕であるために、死んでくれ」


アーサーが動き始めるよりも前に、イージスが動き出した。ジョーカーに向けて、再び突きが繰り出される。意外にも、早く、鋭い一撃。


(やられる……!)


ジョーカーは覚悟を決めた。来るはずの痛みに備えて歯を食いしばる。が、しかし、


「……っ、アーサー」


その痛みを受けたのはイージスだった。ガクリと膝を折り、アーサーの背中へと手を回す。彼を抱き締めるようにして崩れ落ちる。イージスの左腹に刺さったままの刀。じわりと広がる血。


 刺すはずでなかった人を刺したアーサーも、庇われたジョーカーも、それを不思議なことに予知できなかったアリアも、見つめることしかできなかったヴィオラも、皆が言葉を失う。


 遠のいていく意識に身を委ね、目を閉ざす。


 その表情は、まるで大切な息子を抱きしめる母親のように、安らかであった。

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