第24話 誰ガ為ノ救済

 イージスに駆け寄ろうとする、ジョーカー・ヴィオラ・アリアを、イージスはハンドサインを使って止める。まだ微かに意識は残っているようだ。


「アーサー」


イージスは震えている彼の名を呼んだ。優しい声だった。


「お前は、トーマスさんじゃない」


ビクッと体を跳ねるアーサー。ゆらゆらと紫の瞳が揺らいでいる。


「僕も、ジグルドではない」


イージスの言葉に、は、と息が漏れる。


「僕ら、似たもの同士だ。オリジナルにはなれない、父の劣化版二次創作。不完全な未熟者」


イージスから、体温が奪われていく。頭に回された手が、氷のように冷たい。


「でも、それでいいじゃないか」


イージスは笑う。弱々しい、力のない笑顔で。


「お前がお前であることを、どうして躊躇う」


時々、声が掠れる。


「トーマスさんに、ならなくていいよ」


再び、両腕に力が込められる。しかし、上手く力が入らずに、愛撫の程度に収まる。


「お前はお前のままでも、ちゃんと、素敵な人だよ。お前のやり方でいい。お前の人生だろ。お前らしく生きればいい」


ふとイージスは、顔を彼の胸の中に埋める。


「大丈夫。期待に応えるため、頑張りすぎたんだよな、お前は」


先ほどとは代わり、子どもらしさを感じるその仕草。


「もう、頑張らなくて良いよ。疲れただろう。休もう」


本当に眠そうな声で言うものだから、ヴィオラたちは焦る。しかし、アーサーは静かに、彼の言葉を聞いていた。


「休んだら、一緒に歩こう」


渇いた心に、一つ、また一つと、救いの言葉が落とされていく。恵みの雨のように、ぽつりと心に落ちては、じんわりと沁みていく。


「一緒に、本当の自分を探しに行こう」


イージスのこの言葉に、ようやく、アーサーは閉ざしていた口を開く。


「……僕は、許されないことをした」


イージスに縋り付くようにして、アーサーは、強く彼を抱きしめる。


「君の友人を手にかけようとして、挙句、君を刺した。僕に、君の隣を歩く資格なんて……」

「僕が許すよ」


言葉を遮り、即答するイージスに、アーサーは目を大きく見開く。


「僕が、君の全てを許してあげる」


─────────────────────


 ずっと、父の背中を追いかけてきた。

 届くはずもない、父の背中を。

 ずっと、周りから言われてきた。

 父のようになれ。父のようになれ、と。


 少しでも失敗すれば、苦い顔をされた。

 所詮、トーマスの二次創作だと。

 オリジナルには勝てない、劣化版だと。

 あいつはトーマスじゃないから仕方ないと。

 期待しないでおこうと。

 言い返すことのできない事実が、中途半端な優しさが、自分を見る多くの目が、痛かった。


 完璧にできたとしても、それは当たり前で。

 誰も褒めてくれない。誰も認めてくれない。

 完璧が普通だった。それ以上を求められた。

 父を超えない限り、自分は認められないのだと、嫌というほど思い知らされた。


 本当は、ずっと苦しかった。

 父と比べられ、勝手に失望されていくのが。


 否定して欲しかった。

 お前はトーマスにはなれないと。父を目指すことは間違っていると。


 認めて欲しかった。

 自分の努力を。本当の自分を。


 完璧でなくても良いと。間違えても良いと。不完全な自分を許してくれる人が、自分のことを認めて愛してくれる人が、欲しかったんだ。


─────────────────────


 アーサーは、グッと息を呑み、イージスの腹に刺さっている刀へと手をかける。そして、目を瞑り、深呼吸をして


「……ジョーカー、だっけ。治癒、頼んだよ」


刺さっている刀を、思い切り引き抜いた。このアーサーの合図に合わせて、ジョーカーも能力を発動する。

 本来なら刀を抜いたことで出血死するだろうが、なんとかそれは防いだ。しかし


「回復が間に合わねぇ! クソッ、血を止めるだけで精一杯だ!」


珍しく焦るジョーカー。本当に、間に合わないらしい。

 すると、ここでヴィオラが動き出した。


「ジョーカー、アンタの能力が強化されるのと私が直接回復するのだったら、どっちの方が、イージスの生存率が上がる?」

「俺が止血するから、直に治癒してもらっ……いや、それだとお前が……」

「イージスが死ぬよりはマシじゃない? ね、アリア?」


ヴィオラの言葉を受けて、見えた未来。確かにイージスは助かっていた。しかし、代わりに


「わ、わかんない。わかんないっ」


ヴィオラが倒れている未来が見える。アリアは正しい答えを出すことはできなかった。


「……貧血か。焦って時間操作まで使うと死ぬみたい。焦らず、地道に回復していけば、誰一人死ぬことなく救命できるよ。そうだね……回復している間は、僕が護衛に回ろう。ゆっくりで良い。焦らず、着実に、彼を回復してくれ」


代わりに、アーサーが答えを出す。アリアの心を読んだのだろう。疑いの目を向けるヴィオラとジョーカーだったが、彼は平然と


「この状況にしたのは、僕だからね。頼む側の立場なのだから、それくらいはするさ。第一、僕の能力だとそれくらいしかできないし」


そんなことを言った。


「そもそも、始めから、僕にそうさせるつもりだったんだろう? ねぇ、イージス?」


微かに、イージスの口元が緩む。どうやらそういうことらしい。これには二人も納得と信用ができたのか、彼の言葉を信じることにする。


 ジョーカーとヴィオラによる共同治療。

 普段はチグハグな二人だが、順調に、治療は進んでいく。

 それぞれの能力を使った救命活動。およそ、一分ほどの出来事だった。


 ヴィオラが貧血でフラリとバランスを崩すと同時に、ゆっくりと閉ざされていたイージスの目が開かれる。アーサーは、サッとヴィオラを支えると、それを見て安堵のため息を溢した。


「……はぁ〜、痛かったぁ」


呑気に腑抜けた声を出すイージスを、ゴッ、とジョーカーが殴る。


「痛っ?! え、何?」

「何?じゃねぇんだわ。早速、俺との約束破りやがってお前は本当に……」


くどくどと説教が始まる。そういえば前線には出るなと言われていたな、なんて今更になって思い出す。


「アリアの前で死にかけるなや。見ろ。チワワみたいに震えていやがる」


ふとアリアの方を見れば、本当に、ぷるぷるとチワワのように震えていた。涙目だ。ちょっと可愛い。


「頼むから大人しくしていてくれ……守りきれねぇだろうが……」

「その点はもう大丈夫だろう。強力な助っ人を手に入れたし」


チラリとイージスがアーサーの方を見れば、


「そうだね。少なくとも、僕はそこの馬鹿より使い物になると思うよ」

「んだとゴルァ!」

「うるさっ。体調が悪い子の前で、大きい声を出すなよ。ヴィオラちゃんが可哀想。そういうところだよ」

「真っ先にヴィオラを殺そうとした奴にだけは言われたくねぇんだわ!」


アーサーがジョーカーを挑発するものだから、口喧嘩に発展する。先程まで、殺し合いをしていたとは思えないほどに平和で、微笑ましい、子どもの喧嘩である。


「イージスお兄ちゃんって、不思議な人だね。あの、怖かったアーサーお兄ちゃんを、一瞬で優しくして、仲間にしちゃった」


アリアは、大人げない大人たちの口喧嘩を眺めながら、イージスの手を握って言う。


「『魅了』の能力者だったりして」


その一言に、一瞬、ハッとしたが


「……それだと、偽りの愛をみんなから受けていることになるから、嫌だなぁ」


可能性を笑って誤魔化した。「アリアは、実は僕のこと嫌いだったりする?」と聞けば、彼女は必死に首を振る。首が飛んでいきそうな勢いである彼女を見て、イージスは苦々しく笑うと小さく「魅了の能力、か」と呟いた。


「あの……一応確認だけど、アーサーは仲間になるってことで良いのね?」


ヴィオラの弱々しい問いに、アーサーは頷く。彼女の顔は青白く、まだ、回復までには時間がかかりそうである。


「イージスさえ良ければ」


イージスは軽いノリでアーサーに対し『OK』のサインを出す。ビシッ、と立てられたイージスの親指と、アーサーのドヤ顔が、妙に息ピッタリで腹立たしい。こいつら、殴りてぇ〜。そうも思った。

 こうして、すんなりと、そして、ちゃっかりと、アーサーが仲間になった。


「……っつーか、俺はイージスが良いなら誰がついて来ようと構わねぇが、お前の親父さんは旅に出ることを許可してくれるのか?」


流石は年長者と言うべきか、ジョーカーは彼の家族のことも心配して問う。すると


「何を言っているんだ? その許可を貰うためにトーマスさんに会いにいくんだろ?」


イージスがそんなことを言うから、アーサーは驚愕する。


「さっき、僕はお呼びじゃない、って……」

「あの時は、ね。本当は、先にトーマスさんに許可をもらっておいて、その後お前を説得するつもりだったんだよ。その方が、お前は仲間になってくれやすいだろ。父の言うことが絶対、って感じだったし」

「じゃあ、君は始めから僕を……」

「お前が言ったんだろ。『方針の違いだ』と。目的は同じなんだ。仲間にできるなら、仲間にしたいと思って」


感心すれば良いのか、呆れたら良いのか。頭が良い割に、考え方が単純である。そして方法が滅茶苦茶である。掴みどころのないイージスにアーサーは頭を抱える。


「でも、お前の願いは叶っただろう? お前は今、僕の隣にいるぞ」

「……君に操られるようにして、ね」


大きなため息が彼の口から漏れ出す。頭を抱えるアーサーの表情は、それでも、初めて会った時よりも柔らかいものだった。


 「さて、そろそろトーマスさんに……」


イージスは言いかけて止まる。代わりに


「……会う前に、これを片付けようか」


アリアとヴィオラを引き寄せ、銃を構えた。


「おいおい、休む暇もねぇのかよ」

「仕方ないだろう。ほら、やるぞ」


ジョーカーとアーサーが、イージスの前に出て戦闘体勢を取る。


「いけるか?」


イージスの問いに、二人は図らずも口を揃えて応える。


「あぁ!」



 新たな刺客が姿を現す。数は男女混合で六人。武器も、銃・刀・弓・鞭・槍と様々である。


 アーサー・ジョーカー、初の共闘。果たしてどこまでできるか。


 しかし、イージスは勝利を見据えたように、敵に薄笑いを送っていた。

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