第15話 誰ガ為ノ旅路

 イージスがアルタナヴィア家に戻り玄関扉を開くと、そこには、腕を組みながら廊下に佇むジョーカーの姿があった。


「ただいま。まだ起きていたの?」

「おう、おかえり。お前を待っていたんだよ」

「先に寝ていても良かったのに。新婚夫婦じゃないんだから」

「うるせぇ、違うわ。話したいことがあったんだよ」

「……やだなぁ、母さん。ただの飲み会だよ」

「茶化すなや」

「疲れているから、明日にしてくれないか」

「茶化……いや、それは茶番なのか本心なのかどっちだ?」


へらへらと笑いながらジョーカーをかわしていくイージスに「立ち直ったか」と安心しつつも、なんとかイージスと話すため、逃げようとする彼の腕を咄嗟に強く引っ張る。


「……ぃ、ったいなぁ。なに、突然どうした」


ふとジョーカーの顔を見れば、その表情がいつになく真剣だったから。思わず、息を呑む。


「重要な話だ。場所を変える」


 ジョーカーに手を引かれ、会議室のような、広い部屋に連れて行かれる。壁には銃や刀剣、絵画・陶芸品などが飾られており、座り心地の良いソファが備わっている。扉も壁も厚いことから、防音室でもあるようだ。


「随分と周囲に警戒しているようだな」

「親父さんが提供してくれたんだよ」

「そこまで重要な話か。それで? どんな話を聞かせてくれるんだ?」

「……もしトロワに録音機能があるなら、今のうちに切っておいてくれ」


イージスはトロワの目を見ると、トロワは球の姿になり、スリープモードに移行した。それを確認してから、ジョーカーは本題に入る。


「お前がいない間、お前に関してに辿り着いた」


微かに、イージスが反応する。が、


「……続けて」


冷静に、続きを促す。


「結論から言う。お前がその『可能性』に気がついた時が、お前の最後だ」

「僕の、最後……?」

「死ぬってことだよ」


突然の不穏な予言に、イージスは硬直する。


「つまり、何が言いたいか、というとだな……お前は『鍵』というより『スイッチ』だ。もしお前が誰かの手に渡り、その身を暴かれ、利用されたら……いや、利用できないだろうが……お前は世界を壊しながら、しかし世界を変えることはできないまま、死ぬ。そうならないように、選べ。二択だ」


まず、ジョーカーは人差し指を立てながら言う。


「一つ、親父さんと妹に守られながら、家族とウェスティーニで平穏に暮らす」


立てられた人差し指に続き、中指も立てて


「一つ、俺とヴィオラに守られながら今までのように旅を続ける。ただし、お前はキングだ。前線に出すことはないし、緊急時は身をていしてお前を守らせてもらう」


そんなことを言った。


「……それが、お前の推察に対する答えか」

「そうだ」

「ならば答えはどちらも『NO』だ。根拠がない限り、信じられない」

「根拠? そんなものは一つ。勘だよ」

「具体的な根拠じゃないな。お前らしくて嫌いじゃないが……今まで通り、行かせてもらう」

「お前がそのつもりなら、俺は、お前を置いていくしかないな」

「そもそも、お前一人で何ができる。力だけのお前に、世界が変えられるとでも?」

「一人じゃない。俺と、ヴィオラ。二人だ」


いつか自分が言った言葉。その片方が、自分の席が、ヴィオラに変わっている。


「間違いなく、お前たち二人じゃ目的を果たすことなく死ぬぞ」

「お前がいたところで死ぬ時は死ぬ。それこそお前に俺たちを生かす保証はあるのか? 何を根拠に?」


返す言葉はなかった。イージスもまた、自分にならば世界を変える力があると、勘で行動していたからである。根拠はない。


「別に、お前を置いて行きたいわけじゃない。そもそもお前が俺を誘ったんだからな。問題はお前がその俺たちの死を乗り越えていけるか、それだけだ。……俺たちは、死ぬ覚悟ができている。もしかしたらお前のために俺たちが死ぬ時が来るかもしれない。もし、俺たちが死んだとして、それを乗り越えられる自信がないならここに残れ。家族と平和に暮らすのも良い選択だと、俺は思うぞ」


この時のジョーカーは随分と大人びて見えた。実際、イージスよりも年上なのだから当たり前ではあるが、それでも、こんな彼は見たことがなかった。


「僕、は……」


 ふと、姉の死に際が頭を過った。イージスを守ったことで、死んだ姉・アグネスのことが。

 あの時、イージスは何もできなかった。妹を守って欲しいと言われたにも関わらず、結局は、サラを父に託した。姉の仇を討つこともなく、今も、のうのうと生きている。

 無力だった。怒り、悲しみ、憎しみも、何もなかった。己の無力さがただ虚しかった。

 それを繰り返さないように力をつけた。戦闘経験こそなかったが、護身術と銃の撃ち方は心得た。何より、知識という最大の武器を得た。


 また繰り返してしまうのか。自分を守って、誰かが死ぬ。何もできず、守られるばかり。


「……僕は」


どちらを選んだところで守られることに変わりはない。ならば


「僕は、より自分が力になれる可能性のある方に賭ける」


しっかりとジョーカーの目を見ると、強く言い放った。


「……わかった。やむを得ん。キングの役割、引き受けよう。だが一つ、言っておく。僕は、お前たちを殺すつもりはない。絶対に誰一人として欠かさず、天下を取る」


イージスの答えに、ジョーカーは苦笑する。


(ほらな。やっぱりこいつは、『戦争を止める戦い』を選んだぞ、親父さん)


それが彼の意思なのか、或いは、宿命なのかはわからない。だがジョーカーは確信していた。イージスは、必ず『戦い』を選ぶと。


(お前も、戦争に囚われているんだな)


哀れな男たちである。「争いなんか!」と思いながらも、戦場から逃げ出せない。


「わかった。共に、先に進もう」


ジョーカーは彼に微笑むと、彼の頭を撫でる。そして「おやすみ」と欠伸をしつつ、部屋へと戻って行った。


 彼に撫でられた頭に触れながら、イージスは呆然と立ち尽くす。


「……僕に秘められた、可能性、か」


彼ほどの頭でも、自分のことには盲目になるのだろうか、皆目見当がつかない。


「姉さんなら、わかったのかな」


イージスが呟けば、トロワは首を傾げるように彼の足元を転がった。

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