第4話 誰ガ為ノ家族

 ぜぇぜぇと息を荒げながら、ジョーカーは、落ちるようにして部屋に転がり込んだ。


「ようこそ、我が家へ」

「死ぬ、かと……思った……」


その様子をケラケラと笑いながら、イージスは彼に手を差し伸べる。


「だが、ここは一番安全な場所だ。僕の他に、ここを知る人はいない。死んだ姉さんくらい、かな。ここに呼んだことがある人は」

「おい、不吉なこと言うなよ……」

「あはは、大丈夫だよ。呪いとかはないから」

「嘘くせぇ……」


ジョーカーは文句を言いつつ、差し伸べられた手を取ると、体をゆっくりと起こした。


「この短剣が鍵になっているんだ。鍵穴に刺すことで道が開かれる。で、この短剣を鍵穴から抜くと、五分以内に道が閉ざされる。その前に鍵をかけたい場合は、この鍵穴に差し込むと、ロックされる」


「ちなみに構造は企業秘密だ」と悪戯に笑って見せれば、ジョーカーは呆れたように「聞いたところでわからん」とため息を溢した。


「長い囚人生活で疲れも溜まっているだろう。さほど悪い扱いはしていなかったと思うが……窮屈だっただろうからな。お前はもう僕の家族同然だ。自由に過ごしてくれ。遠慮は無用だ。家事も僕がやる」


家族、という言葉にジョーカーはズキリと胸を痛める。が、嫌な感じはしなかった。むしろ、あたたかいような気さえしている。


「おう、サンキュ」


借りてきた猫のようなジョーカーに、イージスは失笑する。


「なんだ、気を遣っているのか」

「んなわけねぇだろ」

「レクリエーションでもするか? お前の本名聞いてないしな。まずは自己紹介から……」

「要らねぇよ。ってか本名とか思い出したくもねぇ」

「それは……ごめん……」

「っ、だぁぁぁっ! いきなりそんな叱られた子犬みてぇにしゅんとするな! クソッ、調子狂うなぁ、お前!」

「あはははは!」


笑い声が部屋に満ちる。まるで、昔からそこにいるような。そんな二人だった。


 太陽のない世界は暗いと思っていた。静かで寂しい毎日。それに耐えられなくて、一度は、捨ててしまった秘密基地。一人だけの世界に、仲間が加わった。


 イージスは、ジョーカーに風呂に入るように言うと、ご機嫌な様子でキッチンに向かい料理を始めた。意外と食材は揃っているようで、何を作ろうかと、食材を見繕えば


「どこから仕入れているんだ?」


早々に風呂から上がったジョーカーが彼の背後から顔を出し、ぼたぼた雫を滴らしながら疑問を口にする。全身、随分とフリーダムである。そしてそのおかげで浮き彫りになる、痛々しい傷の数々。


「……まず髪を乾かせ。あと服を着ろ」

「お前は俺の母さんか」

「まったく、ぶらぶらぶらぶら……変なものを見せるんじゃないよ」

「お前にも付いてるだろうがよ」


ジョーカーは面倒くさそうにタオルを髪に巻くと、一応、パンツだけは履いてからソファーに寝転がった。


「で? どこから仕入れているんだ?」

「市場から。ロボットで」

「ロボットで?」


聞き返せば、イージスの横で何か黒い影が飛び跳ねた。ぎょっとして目を見開くと、それが、こちらに近づいてくるではないか。


「うおっ!?」


彼が謎の物体から逃げようとした時には、もう遅かった。物体は彼の胸部に着地すると、形をみるみるうちに変えていく。ガチャガチャと、細かなパーツが複雑に動き始め、遂に、それは人の形を成し、声を放つ。


「はじめまして。雑用ロボット・トロワです」

「雑用、ロボット……?」


呆気に取られたジョーカーに、トロワは話す。


「はい。主に雑用を任されています。詳細を説明しますか?」

「え、あ、あぁ……頼む……?」

「かしこまりました。詳細を説明します。私は、イージス=アルタナヴィア様、及びアグネス=アルタナヴィア様により共同制作された、人工知能を持つ圧縮人型ロボットです。通常時は球体となり、御用がない限りは眠ります。仕事の際は直ちに起動し、人型を形成、任務を果たします。主に買い物や賞味期限チェック、害虫の駆除を行っております。その他、設定に変更・ご要望があればプログラムの設定をお願いします。何か、質問はありますか?」


ジョーカーは言葉を失った。今は感嘆のため息を吐くばかりである。


「可愛いでしょう? 真っ白な肌に、水色の瞳、桃色の長髪。見た目年齢は十二。姉さんの趣味だ。あんな小さな球体になるのに線がつかないって凄いよね。物理法則無視したの? と思うくらいのハイレベルな見た目。姉さんの、この細部に渡る拘りには脱帽だよ」

「いや、このレベルのロボットを姉さんと共同制作って……姉さんもバケモノだがお前も大概バケモノだからな? ってか、こんな技術……世界が黙っちゃいないだろ。そもそも何年前の話だよ。お前、俺が捕まった時には既に王城にいたんだから、おおよそ三年はセントラシルドにいただろ」

「うん。五年前に姉さんが死んだから、その後五年はセントラシルドにいた。作ったのはそれから更に一年前になるから……六年前だね!」

「六年前って、お前、歳は」

「今が二十だから、十四?」

「お前、やっぱおかしいって……」


彼は変態なのだと、ジョーカーは悟った。いい意味で、ではあるが。


「彼女に買い出しを頼んでいるから、食事には困らないし、何よりここがバレる心配もない。うっかり、なんてことがないように、移動時の注意もプログラミングされている」

「この性能ならその心配はなさそうだが、町の奴らが怪しむんじゃないか? あと、金の心配とかも……」

「確かに、昔はその懸念があったね。その時は原始的に狩猟や採取してもらっていたよ。でもセントラシルドでは通用するんだな、これが。僕の家族として、街を一緒に歩いたことがあるから、みんなこれが僕のものだと知っている。金の心配に関しては誰に言っているのかな?」

「……そうだったな。お前、元・国王側近サマだったな。クソエリートがよぉ」


「そうそう」とイージスは彼の前に夕飯を差し出す。なんとも庶民的なラインナップだが品数は多い。二人は早速、それらを口にした。


「……お前、意外と庶民的なんだな」

「生まれは庶民だからね」

「しかもちゃんと美味いし」

「母さんと姉さんから学んだからね」


ジョーカーは彼の母親と姉に興味を持ちつつ、深掘りしたくなる気持ちを、スープと共に飲み込んだ。


「トロワを見ていると、姉さんを思い出すよ」


いつのまにか球の姿に戻っていたトロワを撫でながら、イージスは呟く。


「姉さん、安直な人でさ。トロワだって性能に拘って、しかもわざわざ自分好みの容姿と声にしたのに、名前は試作品三号機だからトロワ」

「おぉっと……本当に安直だな……」

「でも優しい人だった。あの時だって、僕は、何もできなかったのに……姉さんは、兄さんに立ち向かってさ……」


ジョーカーは深掘りしない。


「半端者だよな。姉の死を惜しみながら、姉を殺した兄を未だに慕っていて、その兄を慕っていながら、兄を恨む妹を可愛がっている」


感傷的になるイージスに、トロワがコロコロと転がりながら寄り添っている。と、ここで


「いや、それを半端者とは言わないだろ」

「えっ」


ジョーカーはやっと自分の思いを口にした。


「お前の家の事情は知らねぇし、あんまり深く掘り下げないけど、これは否定させてもらう。それは半端者じゃない」

「でも、僕は……」

「姉貴が好きだった。それは事実だろ」

「うん」

「兄貴も好きだった。今も好きだ。それも事実なんだよな?」

「うん」

「妹も好きだった。今も好き。事実だな?」

「うん」

「どこが半端者だよ。断定しているくせに」

「だが……」

「お前、面倒くせぇ奴だな。家族は所詮、他人だからな? 一緒にするな。その人『個人』を見ているだけだと考えろ。お前の考え方はそう悪いことじゃないとわかるはずだ」


イージスは驚いた。人殺しの囚人であった彼の口から、まさかこんな言葉が出てくるとは想定外だった。


「お前、やっぱり優しいんだな」

「……あのなぁ。殺人鬼に優しいとか、お前、頭良いくせにイカれてんのか?」

「僕は今、お前『個人』を見ているよ。殺人鬼としてではなく、お前『個人』をね」

「お前、そういうところだぞ……」

「何が?」


ジョーカーは深いため息をつく。こいつの方がお人好しというか、なんというか。なにより、調子が狂う。彼の受難は、まだまだ続きそうである。


「ジョーカーって、兄さんみたいなんだよな」


ふとイージスの口から、そんな言葉が漏れる。


「何、皮肉? ヤベェ奴ってこと?」


ジョーカーが知るイージスの兄の情報は「姉を殺した奴」のみ。当然の如く、イージスの思惑通りには伝わらない。


「いや……人は殺すけど、根は優しいみたいなところかな。たぶん人を選んで殺している気がする。殺す理由があるから、的な。愉快犯じゃないところ」

「おぉ、偏見の極み」

「あと雰囲気」

「雰囲気」

「そう。兄さんも綺麗な長髪だったなぁ」

「見た目の話?」

「……見た目は、似てないかも。髪型だけ」

「髪型だけかい」


イージスはジョーカーがご飯を食べ終えたことを確認すると、皿を持って再び台所に向かう。その背中に、さっきから困らせられてばかりの仕返しとして、ジョーカーはこんな言葉を悪戯に投げかけた。


「俺がお前の兄貴になってやろうか?」


ニヤニヤと笑いながら問うジョーカーに、彼は


「もう兄さんみたいなものじゃないの?」


こちらもニヤニヤと笑いながら答えた。


 額で釘でも打つのかという勢いで、ガンッ、と大きな音を立てると、ジョーカーは机に顔を埋めた。


「こいつマジでおかしいって……」


イージスの、ビー玉を転がすような笑い声が、部屋を満たす。


 机に突っ伏していたジョーカーは、「兄貴になってやろうか」と言われた後の、イージスの顔を知らない。耳を真っ赤に染め、嬉しそうにしていた彼の顔を。笑いながら、瞳が少しだけ潤んでいた彼の顔を。ジョーカーは知らない。

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