第5話 誰ガ為ノ開幕
「さて、始めようか」
翌日、イージスとジョーカーは地図を机に広げながら、遂に戦いの幕開けに向けて作戦会議を開いた。
チク、タク、チク、タク……。
時計の音だけが、延々と響いている。そんな中、イージスが地図を指差しながら再びそっと口を開く。
「知っているとは思うがこの世界は五つの国に分かれている。僕らがいるのはここ、中立国・セントラシルド。現在地はこの辺り。父さんが言うには『いざという時、すぐに家族を自分の管轄内に匿えるように』という背景らしく……闇族の支配地であるウェスティーニに近い場所に位置する。そのウェスティーニが、僕の父と妹のいる国。とりあえず、まずはここを目指そうと思っているが……どうだろうか」
ジョーカーは地図を眺めながら、
「そうだな。何はともあれ始めは情報収集だ。兄か妹のいる場所に行くべきだろう。だが兄の方じゃなくて良いのか?」
そんな質問を投げかけた。
「兄さんのいる場所はここ、イーシストール。東だ。ここからの距離的を考えると始めの地に選ぶには遠い。それに、激戦区だ。始まりの地に選ぶにはリスクが大きすぎる。あと、兄さんより妹の方がより冷静に状況把握はできていると思う。兄さんは強いから、戦力として欲しい時は最適だけど……情報収集を目的としている今はいいかな。あと、シンプルに、始めに会うべき人じゃない」
イージスは苦笑しながら答える。「兄にも会いたい」という気持ちを押し殺し、目的のために強がっているのだと、ジョーカーは解釈する。実際、それは正しかった。だからこそ
「わかった。まずは様子見で、ウェスティーニだな」
素直に納得した様子を見せた。
「ウェスティーニは見ての通り、標高が高い。まず辿り着くまでに体力が奪われる。それからウェスティーニの国境は、異能力を無効化する壁に覆われているため陸からの侵入は不可能。では空から侵入は? というとこれも不可能。例え小鳥でも侵入は許されない。二十四時間、年中無休で侵入者を撃ち落とす防犯システムが作動している」
「つまり、壁を物理的にぶっ壊して全面戦争をするか、関係者から招待されない限りは、侵入できないのか」
「あぁ。だから今回はサラ……妹の手を借りることにする」
「位の高い親父じゃなくて、か?」
「父さんとは……」
「会いにくいか?」
イージスは苦笑を浮かべる。肯定である。
「だが、親父と妹は仲が良いんだろう? 妹に会うなら、必然的に会うことになると思うが」
覚悟はできているのか、と言わんばかりに彼はイージスに問いを重ねる。イージスは少し俯きながら
「一度でも父さんを疑ってしまった僕を、あの人は許してくれるだろうか」
小さく、そんなことを呟いた。
「許しを乞う必要があるのか?」
ジョーカーは問う。
「少しでも息子を不安にさせた親が悪いだろ。それで謝られたところで、親父さんは困るだけだと思うがな」
彼は続けてそう言うと、改めて地図へと目線を戻した。長いまつ毛が伏せられた、その真剣な表情は、絵になるものだった。耳にかけられていた髪が、左側だけ、首の傾きでさらりと流れ落ちる。
「それにしても、交通の便が悪いな。交通機関一つもないのか」
「外部から誰か来ることを想定していないから仕方ないさ。この戦いが始まってから、闇族は闇族の領地内で生き、死ぬことが普通だから。わざわざ僕らのために父さんはセントラシルドに移住してくれたみたいだけど。……母さんは死んで、兄さんは父さんを裏切って、僕は誰も選ばなかった。闇族である父さんとサラの二人なら、セントラシルドにいる必要ないからね」
あんなに愛情を込めて育ててくれた父を、彼は選ばなかった。父にとって、もはや自分は家族ですらないのかもしれない。もし裏切り者だと言われればそこでお終いだ。そう自嘲的に話すイージスに、ジョーカーは怒り気味に言う。
「お前には、闇族の血も混ざっているだろう」
「それを言ったら、光族の血も混ざっている」
「妹だって混血だろうが」
「彼女は、能力が闇族のものだからさ」
「……チッ。結局は能力かよ」
彼の怒りは、まるで自分が言われたかのようなものだった。なんとか宥めるイージスだったが彼が機嫌を直すことはない。
「どうしてそこまで怒るんだ」
「不快。ただそれだけ」
「お前が怒ることじゃないだろ」
「お前が怒りも泣きもしないからだろうが」
「えっ?」
ジョーカーは頬を膨らませながら、イージスを見つめる。イージスは彼の整った顔をキラキラとその瞳に映しながら
「お前、そんなキャラだっけ?」
通常運転のイージスに、ジョーカーは自分の頭を机に叩きつける。ここに来てから、二回目である。
「……本当に空気読めねぇな、お前は」
不服そうなジョーカーに首を傾げるイージス。前途多難。このコンビ、本当に大丈夫なのか。
「とにかく歩くしかない。早速だが、明日には出発しようと思う。他に聞きたいことは?」
「地図は見たからある程度わかるとして。そうだな、情報収集の他にやることは?」
「あまり戦いたくはないが、邪魔者がいたら、消しておきたいね」
「おっ、俺の出番だな! やってやるぜ!」
「それから」
「それから? それから!?」
「お前を妹に紹介したい、かな」
歓喜の表情がみるみる赤くなっていく。それは照れ臭さから来るものであった。ジョーカーのコロコロと変わる表情に笑みを溢すイージス。
「揶揄うんじゃねぇよ!」
「揶揄っていないさ。僕はいつでも本気だ」
これから歴史に名を残すような、大きな戦いが始まろうとしている。それだというのに、彼ら二人には笑顔が見えた。相棒を隣に、仲良く、笑っている。
二人の旅路・戦いはまだ美しいものである。掲げた正義の旗は穢れを知らない。純白の心が二人に追い風を吹かせていた。
だが。彼らはまだ、本当の戦争を知らない。この先の、耐え難い苦痛も、許し難い真実も、何もかも。
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